クッキー
はじめに
この作品は、Twitter企画「コランダ地方で輝く君へ」の交流作品です。
不都合な部分は、パラレル扱いとしてください。時間軸はバレンタインです。
お借りした方
テイさん
ハウンドさん
トニさん
ギセルさん
カキョウさん
こちらの流れもお借りしました🙇
クッキー
「え?ドティスさん帰ってきてるの」
上機嫌でお店の前を掃除しているテイさんが、嬉しそうにニカッと笑った。
「そうなんだよ…しかも!今回は暫く滞在するって言ってたから、一緒に過ごせる時間がいつもより長いんだ!」
アイテムショップ店員のテイさん、パートナーはお医者さんのドティスさん。
ドティスさんはテイさんの幼馴染、そして初恋の人だったみたい。
結婚したら、二人でずっと一緒にいるのかと思ってたけど、ドティスさんは放浪の旅に出てしまって、ダグシティに帰ってくるのは久しぶりのことだった。
「良かったね、テイさん!ねぇ、テイさんはドティスさんの旅について行ったりしないの?」
「帰るべき場所を守るって、決めたからな」
テイさんは少し寂しそうな顔をした後、愛しげに彼が首から下げている指輪を見た。
シンプルなシルバーのリングは、ドティスさんとお揃い。
(絶対帰ってくるって、約束があるんだものね、二人の間には…)
それが、結婚というもの。
私とカキョウの間には、そんな約束は無くて、ずっと隣にいるという保証もどこにも無かった。
私たちだってテイさんたちと同じダグの幼馴染なのに、私たちはこんなにも不安定なんだ。
約束を交わしているテイさんとドティスさんのことが、酷く羨ましかった。
「そっかぁ。…じゃあこのお菓子、ドティスさんと食べて!ハッピーバレンタイン!」
作ってきたチョコチップクッキーが入った袋をテイさんに差し出すと「ありがとよ」と受け取ってくれた。
モルペコのマルちゃんには、モモンのジャムクッキーをあげた。
「ジャムクッキー、ポケモン用に作ったの。他の子たちにも…」
そう言いかけた時、私の胸で甘えていたマルちゃんを、ゴウカザルのユラちゃんが、店の奥へ連れて行った。
「あっ…バイバイマルちゃん、また今度ゆっくり遊ぼうね~!」
お店の奥に聞こえるように叫んで、テイさんの店を後にした。
ずっと隣にいる約束。それか、離れても必ず帰ってくる約束。良いなぁ…そんな約束、私も彼と出来たら良いのに。
世間はこんな気持ちを、恋と呼ぶのかしら。
それなら私の初恋は彼で、それで初失恋も彼なのね。
だってカキョウは私のこと、何とも思っていないって、彼を見ていればわかるもの。
***
そろそろ、ダグシティジムの営業時間が終了するはず。
扉を開くと、ジムトレーナーのハウンドさんが出迎えてくれた。
「ハウンドさんお疲れ様。ほっぺの調子はどう?」
お昼の出来事、ハウンドさんはバレンタインの意味がわからなくて、告白してきた女性を泣かせて平手打ちされてしまったの。
「問題ない。ハート、それは何だ」
「ダグシティジムの皆さんに、チョコチップクッキー持ってきたの。バレンタインだものね。あと、甘いものばかりではしんどいと思うから唐揚げも」
唐揚げという単語が出て、ハウンドさん明らかに喜んでいるのがわかる。
狐のお面で表情が読み取りにくいけど、私もハウンドさんのことが少しわかるようになってきた。
「ハウンドさんの分もクッキー持ってきたけど、無理そうなら唐揚げだけでも食べてね。日頃のお礼よ」
「ハートは、俺が“好き”なのか?」
「!そうよ、昼間ハウンドさんを平手打ちした女性とは違う“好き”だけど」
好きって気持ちも、愛してるって気持ちも、よくわかっていないハウンドさん。
少しずつ、わかっていけたら良いよね。
そんな話をしていたら、奥からジムトレーナーのトニさんとギセルさんが出てきたから、クッキーと唐揚げを渡した。
「ハートさん、ありがとうございます。カキョウ先生はジムリーダーの部屋で作業しておられますよ」
「また脱走してたらキャメルクラッチだな…あっ、いえ。クッキーありがとうございます」
優しい表情で、トニさんがカキョウの居場所を教えてくれる。
その後ギセルさんが不穏なことを呟いたけど、そっと聞かなかったことにした。
「カーくん」
カチャリと扉を開くと、部屋の奥でカキョウは作品を描いていた。
「カーくん、営業時間終わったよ」
「ん?もうそんな時間か」
彼が集中すると、時間を忘れて作業に没頭してしまうのは、昔から変わらない。
ジムリーダーになっても、カキョウは昔とほとんど変わらないの。
私は、少しずつ変わってきてしまっているよ。
少し、ほんの少しね、ずっと一緒にいる約束をあなたとしたいと思っちゃったんだよ。
「はい、バレンタイン。クッキーと唐揚げ」
「おう、サンキュー」
いつもと同じテンションで、バレンタインの贈り物。
チルタリスのトートはいつの間にかヒールボールから出ていて、エンブオーのアグニにラッピングされた木の実を渡していた。
トートとアグニも幼馴染で、とても仲が良いの。微笑ましいな。
「さ、帰るわよトート」
「何だ、もう帰っちまうのか」
「それ渡しに来ただけだもの。じゃあね」
“ずっと一緒にいませんか?”なんて告白の言葉は胸にしまって、私はずっとただの幼馴染でいようと思う。
私たちは、テイさんとドティスさんたちみたいにはなれないよ。
ダグシティジムを出ると、夕焼けが眩しかった。
「スイカちゃんは、ちゃんとお菓子渡せたかしら」
一緒に、バレンタインのお菓子を作ったスイカちゃん。
彼女は、カンザシさんへの想いをきちんと伝えられただろうか。
真っ直ぐな彼女のことだから、きっと心配しなくても大丈夫だと思うけれど。
「ああ~、私はダメダメだわ」
大きく伸びをしてから、背筋をピンと伸ばしてみる。
そうすると、気持ちがスッと落ち着いた。
いつかこの失恋も、私の力になるはずだから、もう考えるのはやめよう。
「よし、切り替えて明日からがんばろう!店まで競争よ、トート!」
「チルゥ!?」
アスファルトを蹴り、ローヒールを打ち鳴らして、家族が待っているドキドキストアまでの道を急いだ。