わがままチョコレート
はじめに
こちらの流れが少し入っています。
*お借りした方
お名前のみ
カンザシさん
ビエラ(マオ)ちゃん
*拙宅
ハート
わがままチョコレート
世間は、バレンタイン一色。
ドキドキストアも、チョコレートやラッピンググッズ等がずらりと棚に並んでいる。
大切な人へ贈るチョコレートのことを考えながら、買い物をするお客さんでいっぱいのこの時期。
店内はどことなく、甘い雰囲気が漂うのであった。
「いらっしゃいませ」
ミルクティー色の髪を揺らしながら、店員のハートは店の中を行ったり来たり。
「ハートさん、こんにちは」
柔らかい声に振り向けば、そこには眼鏡の似合う温和そうな男性が立っていた。
「こんにちはルドさん。メルさんは一緒じゃないの?」
ルドと呼ばれた男性は、苦笑しながら知育菓子コーナーを見た。
「あっちで知育菓子見てます…」
「あら」
ハートが知育菓子コーナーに目をやると、背の高い男性が知育菓子を選んでいた。その彼こそ、ルドの連れのメルだった。
二人はモデルとマネージャー、それからあまり多くの人には知られていないけれども、恋人同士でもある。
共に暮らしているので、一緒に買い物に来ることも多い。
「こんにちは」
知育菓子を選び終えたメルが、ハート達の元へ近付いてきた。
「こんにちは、メルさん。あっ、そうだわ。今チョコレートの試食を配っているんですよ」
ハートは個包装されたチョコレートを、メルとルドに一粒ずつ渡した。
「もうすぐバレンタインだから、良ければ他のチョコレートも是非…」
そう言ったところで、幼馴染の彼が入店するのが目に入った。
***
「それじゃあ、ごゆっくり」
ハートはメルとルドに礼をして、幼馴染のカキョウの元へ駆け寄る。
「いらっしゃい」
「おう、ハート。いつもの頼む」
わかったよと返事をして、カキョウがいつも買っている絵の具やらを用意した。
「チョコレートの試食配ってるから、良かったら食べて」
カキョウにもメルとルドに渡したのと同じチョコレートを一粒手渡すと、間髪を入れず口に消えた。
「はやいはやい」
「うめぇ」
袋に商品を詰めながら「カーくんは、いっぱいチョコレート貰うでしょうね」とハートが笑う。
カキョウは、その言葉に首を傾げた。
あまりバレンタインに興味が無い彼には、バレンタインも普通の日とあまり変わらない。
ただ何かチョコレートを貰えるのはラッキー、くらいにしか考えていないようだ。
「ファンの人たちとか、リーグ関係の人たちから貰うんじゃないの?」
ハートは商品の入った袋をカキョウに手渡し、店を出る彼を見送った。
(カーくん…本命チョコだって貰うかもしれないじゃない。あれ、本命チョコ貰ったらどうするのかな?)
チョコレートを渡すのと同時に、告白されることだってあるかもしれない。
そうしたら、彼は一体どうするんだろうか。
(今は恋愛に興味なさそうだから、断るのかしらね)
それなら来年も、また一緒にクリスマスマーケット行けるかな。
ハートはカキョウに「来年も一緒にクリスマスマーケットに行こう」と言われたことを思い出した。
一瞬、ふんわりと幸せになって、けれどすぐに首を横に振る。
「誰かの幸せは、誰かの不幸せ」とは、こういうことなのかと、ハートの心は少し重たくなった。
***
ダグシティの空が濃紺で包まれる頃、ハートの勤務時間が終了した。
「さて、と…」
仕事を終え食事と入浴を済ませ、ハートは自分の端末を手に取り、誰かへ電話をかけた。
「ハートさん、今晩は!」
ノアトゥンジムのジムトレーナー、スイカだ。
スイカの元気な声を聞いていると、重い心が少し軽くなった気がした。
「スイカちゃん、今晩は。ちょっとお話したいことがあるんだけど…もうすぐ、バレンタインでしょう」
「ああ~そうですね!ノアトゥンジムに届くチョコレートの数…とてつもなく多いだろうなぁ…」
バレンタイン当日のジムに届くであろう膨大な量のチョコレートに、スイカは思いを馳せた。
「ふふ、そうね…それで、スイカちゃんもバレンタインチョコ渡すのかな」
スイカちゃんの好きな、あの人に。
ハートが質問をすると、電話の向こうからすっとんきょうな声が聞こえた。
「へぇあ!?あっ、もろたま…驚かしてすみません…」
突然スイカが叫び声を上げたので、彼女のニョロモのもろたまが驚いてひっくり返ってしまったようだ。
「スイカちゃん、大丈夫…?何かごめんね」
「い、いえ…大丈夫です…」
何とか落ち着きを取り戻したスイカに、ハートはある提案を持ち掛ける。
「もし良かったら、バレンタインのチョコレート一緒に作らない?」
「えっ、でもお邪魔では…」
「そんなことないよ。誰かと一緒にお菓子を作るのは楽しいし。スイカちゃんが良ければだけど…」
最後のラッピングまでしっかりサポートするわと、ハートは自信ありげな声で言った。
スイカがカンザシへの好意を自覚したのは、ハートとの会話がきっかけだ。
だからハートは、出来る限りスイカの手助けをしたいと思った。
「ありがとうございます。そういうことでしたら、是非ご一緒させてください!」
スイカの返答を聞いて、ハートは嬉しくなって小さく飛び跳ねた。
「本当?良かった!スイカちゃんからのお菓子、きっとカンザシさんも喜ぶと思うな」
「そうでしょうか?そうだと良いんですが…」
「絶対そうよ」とハートが言ってすぐ、スイカが「そういえば、ハートさんにお聞きしたかったのですが」と言うので、ハートは「なあに?」と問う。
「ハートさんは、好きな方はいるのですか?」
***
「わたし、大切な人は沢山いるけど…スイカちゃんが言うような、好きな人は…」
いないんだよ、と続けようとしたその時、脳裏に何故か幼馴染の顔が浮かんで、ハートは口を閉じる。
「ハートさん?どうしましたか?」
静かになったハートを、不思議に思ったのだろう。スイカの問いかけで、ハートは我に返った。
「…ううん、何でも。好きな人はいないけど、でも素敵な恋をする人は沢山見てきたわ。だからきっと、スイカちゃんの力になるからね」
じゃあ、また連絡するねと言って、通話を終了した。
ベッドに寝転び、近くにあったラジオのスイッチを入れると、ノートシティのジムリーダー、サリアの声が聞こえてきた。
(そういえば、ラジオのパーソナリティーをしている人だったわ)
サリアの話は、カキョウから聞いたことがある。
バトルが強く自由奔放な彼女は、カキョウと波長が合うらしかった。
もしもカキョウが誰かを好きになるなら、サリアのような人じゃないかとハートは思った。
バトルの話が沢山出来て、自由で。
誰かはわからないけれど、恋をするならそういう相手に違いないと強く信じている。
わたしのこの気持ちは、恋じゃない。
ただ「ずっとそばにいても良い」って約束がほしいだけ。
そんなの、ただの我が儘だから我慢しようと思った。
…でも、恋じゃないのに「好きな人」を聞かれた時、どうして頭に彼の顔が浮かんだのだろう。
そういうことも、あるのかな。
ベッドの上でぐるぐるとハートが考えていると、チルタリスのトートが寄ってきた。ラジオが気になるらしい。
「トートも一緒にラジオ聴こう」
「チルゥ」
《もうすぐバレンタインだにゃん。ということで、【ビエラ】の新曲、恋する人への応援ソングをかけるにゃん!》
「ビエラ…って、マオちゃんの曲ね」
彼女がアイドルになる前から、ハートは【ビエラ】こと【マオ】と知り合いだった。
CDを購入したり、ライブに行ったりして、ハートは彼女を応援していた。
パーソナリティーのサリアの声から、ビエラの曲に切り替わる。
華やかな、それでいて優しい曲調。恋をする人の気持ちを後押しする歌詞。
夜空に瞬く明るい星のような歌だと、ハートはしばらく聴き入った。
「マオちゃんの曲は、いつも素敵だね。バレンタインが近いから、こういう曲を歌ったのかな」
わたしのカーくんへの気持ちも、応援してもらえるような素敵なものだったら良かったのに。
きらきらした歌を聴き終えて、ハートはラジオのスイッチをそっとオフにした。