《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第39話
四月二十三日(火)
「うちの会社は技術もなければ、人間も俺を含めて六人しかいない。何もない。それが取り柄だ。ないなら、こだわりもプライドもない方がいい。ってことで、一つ頭を下げてお願いがある。」
何かまた小型のプリンターが動き出すのかと思い、反射でPCの画面を見てしまった。
「あ、これか。前に印刷した250万円ってのは積算と言って、役所の工事でも使えるような相場の金額だ。んで、隣のこのシートがNETと言って実際の工事金額だ。」
エクセルのシートを切り替えてくれた。この前の内訳書よりもっと細かい表が並んでいる。
「月のお小遣いが途中でなくなったら困るだろ。だからお小遣いをもらう前に予想のNETを細かく積み上げるんだ。母ちゃんにはそれより多めにもらうために積算もしないといけない。支出は毎日家計簿であるNETにつける。余った粗利はへそくりだ。自由に使えばいい。」
玉石の件があった。
処分費の金額をまず最初に見てみる。玉石は単価は高額だが、処分量0tで、小計0円となっていた。
これは、新東名の工事も同じようで、トンネル工事で岩盤を掘削して出た砕石を、そのまま処分することはせず、ふるい分けて埋土の材料に使ったらしい。
「しかし、この方法は、うまくやらんといかんがな。」
そのほかにもコンクリートや塀、薪に至るまで単価が全て0円で、ジンベエザメは他の工事で捨てられたものや余ったものを使って、この露天風呂を作ったようだ。そのため、人件費のみが積み上げられたが、無料宿泊割引で相殺されていた。
「おっと、本題だ。あのとき見せた積算の250万円は請求できない。
なぜなら、NETを精査したら無料サービス範囲内だったからだ。
これからお願いしたいのは、お金の請求ではない。
宿泊の予約だ。
これから新東名の工事が完成するまで、俺と社員全員一泊一万円で泊まらせてはくれないか。」
一泊一万円で六人であればざっと180日で1000万円以上。3年で3000万円だ。相続に間に合う。
「民泊は180日しか営業できないんだろう。だから残りの半年ってやつは農家を手伝ったり、露天風呂の管理をしたりする。そこは無料で住まわせて欲しい。」
インバウンドで旅館やホテルの宿泊費は高騰している。
ジンベエザメめ、また色々と考えてるな。
ニヤリとお互い手を差し出し、握手した。