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結局必要なのって想像力じゃん?

こんばんは。
昨日一昨日の寒さで冬の到来を覚悟したのに、今日の東京はまた暖かい気候でしたね。
晴れて暖かいのは嬉しいですが、こうも気温差が激しいとなんだか体調を崩してしまいそう。
夫の仕事部屋からもくしゃみが聞こえてきます。

そんな夫、何かにつけて口にするのが
「結局必要なのって想像力じゃん?」
という言葉です。

特にわたしが妊娠してからよく耳にするようになりました。

パパ学級なるもので、他のプレパパ達が戸惑う中で初めての沐浴体験をそつなくこなせた時。
電車でわたしが気分が優れない時に席に座れず、何回か途中下車をしたという話に憤った時。
してくれたら助かるなと思った家事を率先してやってくれた時。

わたしが不器用で鈍感で自己中心的なところがあるので、いつも夫の振る舞いに感心するのですが、夫曰く「ちょっと相手の気持ちを考えたらわかる」ことがほとんどなのだそう。

(他にも必要なスキルは色々ありそうだけど)なるほど、想像力ね〜とひとまず納得しておきます。

いやそれにしても、どんなにお腹が大きくなってきても、電車って基本座れないことを覚悟して乗らないといけないですね。
夫と一緒にいる時は比較的譲ってもらえるんですが(夫が圧かけてるんですかね)
1人で電車に乗っている時は、優先席の前に立っていても、5回に1回譲ってもらえればいい方という感じです。

前提として、産休でゆったりさせてもらっている身なので、極力電車には乗らないようにしていますし
電車に乗る用ができたときは、比較的空いていそうな時間帯を狙ったり途中で電車を降りる時間を加味して家を出たりもしています。

しんどい時はリスケもしてもらえるような予定がほとんどなので、譲ってもらえなくても全く問題ないのですが
せっかくの機会なので、優先席に堂々と座っておられる人達の気持ちを考えてみました。

結局のところ、自分が一番苦労しているんだという心持ちなのではないかなと思いました。

そう考えると、たしかにわたしも妊娠するまでは
妊婦がこんなに内臓を圧迫されていることも、こんなに血を持っていかれることも知らず、「普通に太ってる人とどう違うのかな」ぐらいの認識でした。

それと同じように、優先席に座っている人も、見た目的には健康そうであっても、わたしには計り知れない何かつらいものを抱えているのかもしれない。
それは身体的なことかもしれないし、精神的なことかもしれない。
仕事のことかもしれないし、家族のことかもしれない。

「自分が一番かわいそう」「自分が一番しんどい」と思わざるを得ない境遇にいたら、知らない妊婦に席を譲る気持ちの余裕なんて生まれないですもんね。

恨むべくは目の前の席を譲らない人ではなく、その人から席を譲る余裕を奪った社会なのではないか、的な(?)知らんけど(?)。

そんなふうに思いを巡らせてみて、電車で座れない時があっても少し残念な気持ちになることはなくなりました。
……なんてことは全くなく、やっぱり知らない人と同じ空間にいるのってストレスだから、なるべく電車に乗る用事は減らそうと決意したのでした。

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