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映画のこと

映画が好きだ。
映画は、誰かの人生を覗く窓だと思う。

父は映画の好きな人だった。

「旧作5本まで!」

時々父が連れて行ってくれるレンタルショップで、パーにした手を私と姉に見せて父は必ずそう言った。当時そのレンタルショップでは旧作5本で1000円だったので、“それ以上は払えないよ”の意味である。
(子供の頃はやったー!くらいにしか思っていなかったけど、今思えばお小遣い制だった父が私と姉にそれぞれ1000円払うのはかなりの痛手であっただろう)

父のお財布事情などつゆ知らず、子供時代の私は棚にずらりと並ぶ映画達に、とにかくワクワクしていた。

観たかった映画、全く知らない映画、なんだこのタイトル?と思う映画、怖そうな映画、よく分からない映画、知らないけど面白そうな映画。このレンタルショップの棚に全部ある。

この中から5本…この中から5本…!?どうしよー!!という感じで私はいつも悩みに悩んだ。今では配信などでいつでも自由に観ることが出来る映画だけれど、本当に観たい映画はどれだろう?と脳内自分会議を行いながら、色々なDVDのパッケージを見比べて選ぶ時間が子供時代にあったことをとても幸運に思っている。

“映画は誰かの人生を覗く窓だ”と冒頭で話したが、私がそう感じるようになったのは大学生の頃だ。
県外の大学へ進学し、初めての一人暮らし。
大学の授業以外ほとんど外出しなかった当時の私には、時間だけが無限にあった。

今までの人生で(と言ってもまだまだ短いが)1番映画に触れた4年間。
この4年間は貴重で、繊細で、豊かな時間を私にくれた。
映画を通して何度も何度も、その窓から誰かの人生を覗いていた。

映画を観る度に、自分の無知さにハッとする。
どうして今まで気がつかなかったのだという衝撃、他人の痛みや喜びが自分の中に流れてくる感覚。言葉に出来ない感情が、映画の画面いっぱいに描かれている。私の知り得ない感情をいつでも映画は教えてくれた。
映画が無ければ今自分はどんな風になっていただろうと想像するだけで、たまに怖くなる。
きっと抜け殻みたいな空っぽの人間になっていたような気がする。

映画好きの従姉妹が言っていた「映画は友達」という言葉を時々思い出す。友達が少なかった自分にとって、確かに映画は友達だった。感性という名の器に、なみなみと様々な感情を注いでくれたのも映画だった。映画をひとつ観るたびに、自分の器がすこし広くなる。

沢山映画の話をしよう、これからも豊かな自分であり続けるために。

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