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あと1ヶ月

あと1ヶ月。私の大好きな唯一無二の推しこと茂木忍ちゃんが、私の人生で1番好きになった場所からいなくなるまでのタイムリミットです。
残りがもう数えられるほどになってしまった中で、今思うことを書き留めます。
卒業公演の日は、そこまで長々語るつもりはないので(と言いつつ同じような話をずっと涙腺爆発で書き連ねてそう)、茂木さんへの愛もここでしたためて置いておこうと思います。



茂木さんと出会ったのは、2020年の夏も終わりの頃です。

自粛期間中、動画ばかり見て過ごしていた私が、当時の推しだった山本彩さんから関連してたどり着いたのが、ゆうなぁもぎおんチャンネルでした。ちらっと見るだけのつもりが、金髪のお姉さんに惹かれることになったのはあっという間でした。
推し始めたのは10月1日のことです。私、推し始めると画像を大量に保存し始めるので、推し始めた日がわかりやすいんです。笑


それからもう3年以上が経ちました。

卒業発表の日。
正直、今だからこそ落ち着いているように話していますが、知った瞬間はもう色んな感情が溢れていました。このタイミングかと驚いて、茂木さんがいないAKBを想像して泣いて寂しくなって、もっとたくさん現場に行っておけばよかったと後悔もしたし、でも茂木さんのお話での愛の深さに感動したし、あともう少ししかないのに中々現場に向かえない自分に腹が立ちました。泣いては泣き止んで泣いては泣き止んで…の繰り返しです。推しの卒業発表、やっぱり慣れることなんて一生できないと思います。
SHOWROOMで卒業を決めたときについて話していたときの、「もう夢から覚めるときなのかなと思って」という言葉が、茂木さんらしくて大好きだなと思っています。茂木さんが見せてくれていた幸せな夢たちから、私自身もそろそろ覚めないといけないんだなと、さみしい気持ちがふわっと薫るのが大好きです。


推しがいるという状態は初めてではなかったけれど、茂木さんを推したからできた初めても沢山ありました。すべてが楽しい初めてばかりで、茂木さんと出会えたことに感謝しかありません。
推しと話すのも初めてだったし、うちわも初めて作ったし、初めてインスタのDMを送ったし、初めて家の中に推しコーナーができて、初めて推しにお金を使いすぎだと母に怒られて()、初めて生誕祭に行って、そして推しの選抜入りも初めてでした。(選抜入りに関してはアメブロとかで語った気がするので、ここは惜しくも割愛します)
特に生誕祭は、ずっと素敵だなって思っていて憧れていた生誕委員に入ったりして、人としてすごく成長したなと思います。この間高校の友人と話していたら、なんか昔は自分から発案してみんなを動かそうとするタイプじゃなかったよね、とびっくりされました。人のために楽しいことをしたいと考えている時間で成長できていたなんて、めちゃくちゃ良いやんと思っています。

他にも優しいヲタクの方々に出会えたのも幸運だなと思います。茂木さんのヲタクが推しに似てみなさん優しくて、だからこそのびのびとヲタクしていられたし、だいすきに囲まれた3年間だったなと思っています。別の趣味の話をしたり、ヲタ活関係なく遊びの約束をできるヲタク友達ができたことが、すごく嬉しいなと思っています。
そんな優しくて心強くて楽しいヲタクの方々に出会わせてくれた茂木さんに、再び感謝。


茂木さんから貰った愛は、思い返してみればたくさんあったなと思います。
そんなに現場に行けたわけでもないのに、久しぶりに行ったときに、真っ直ぐ目を見てにっこり話しかけてくれる、愛で溢れた方です。どんなに私が卑屈になっても、そうだよねって寄り添ってくれて、一緒の目線でいてくれる優しい方です。緊張して初の対面のお話し会で何も話さず泣いた私を、笑って見ていてくれた超絶可愛い方です。話し下手な私でも楽しくお話してくれて、SHOWROOM聞いているだけでも面白い言葉がぽんぽん出てくる面白い方です。私とは性格が真反対で、眩しくて太陽みたいに照らしてくれる方です。ほっぺもちもちでふわふわ癒しな方です。
何より、お顔もスタイルも性格もすべてが綺麗で可愛くて素敵な方です。
どんなヲタクでも茂木さんのことが大好きなヲタクを等しく大きな愛で包んでくれる、愛に溢れた方です。


茂木さんに出会えて本当に良かったなと思います。
あと1ヶ月後、何を思っているのか全く想像はつきません。あと1ヶ月とか書いてるけど。←
日常に茂木さんがずっといるみたいな感覚で生活をしていたので、茂木さんがいない日常がもし訪れてしまったら、どうやって生きていけばいいかはわかりません。大好きなキラキラAKBを見ても茂木さんがいないことも、想像つきません。

でも何がどう変わっても、茂木さんが大好きなことに変わりはないと確信しています。
茂木さん以上に大切だと思える推しメンは、もういないだろうなとも思っています。
茂木さんから貰ったたくさんの思い出、全部をアルバムに貼って置いておきたいくらいに大事な思い出です。
それくらい、私にとって運命の推しでした。


ずっと幸せでいてほしいなと思っています。茂木さんと茂木さんを取り巻く世界が、ずっと優しくて幸せで溢れていたら良いなと願っています。
私の人生の中で1番に大切な推しメンなので。



後悔のないように沢山噛み締めて楽しみたいと思います。
夢から覚める日まで、あと1ヶ月。



初めましての日。









最後に、少しだけ色んな感情のきっかけになった茂木さんとの思い出話を。
自分語りです。備忘録です。苦手な方はそっと閉じてください。

初めて私が物理的に茂木さんの目に映ったのは、2020年10月18日。私の19歳の誕生日。オンラインですが、茂木さんに祝ってもらってこんなに嬉しい事があって良いんだ、と舞い上がりました。

しばらくオンラインでも会えずに日々が過ぎましたが、フルートの音階の話になったときに、音階がわかるからコメントしていると、フルート片手にりささん頼りにしてる!と言われたのがとても嬉しかったのを覚えています。

ヲタクとしての分際を弁えたのが、同じ月で2本目のタワーをおふざけで建てた際に、年齢制限で課金上限がひっかかり、別垢を作って投げたとき。逆にごめんねって言わせてしまったのが、印象に残っています。推しに見つからないようにする努力や貢献のほうが素敵だなと思い知りました。今でも貢献はそんなできていないので、胸を張っては言えませんが。

茂木さんのイベントでちゃんと参加できたのは、Made in worldのイベントです。京都であって、ヲタク友達と行けて、とても楽しくて仕方がありませんでした。あのときのTシャツは、夏になると大事に出してきて使っています。茂木さんはいないけど、初めてしっかりヲタ活できて、本当に嬉しかった日です。同時に対面のお渡し会に行かせてもらえず、鬼のように病んだ時です。今思えばそれもいい思い出…(?)

初めての対面は、生誕祭でした。
ビンゴのときから既にボロボロ泣き始め、公演中も泣き、打ち上げでは人が多すぎて塞ぎ込み挙句の果てに泣き、散々な初現場でした。夜行バスのために早めに抜けたとき、最後に自己紹介に来てくれたり、改札までお見送りしてくれたり、ごはん買いなさいっていくらか握らせてくれた方たちの優しさは、一生忘れないなと思います。お返ししたいなと思いながらまだ返せていません。

初めての対面でのお話し会。
こちらもボロ泣き。泣いちゃうの〜?🥺と茂木さんに言われつつヤバ泣きし、次の部以降完全に克服してヒロアカの話をしていたという謎な話です。就活応援してくれたの、嬉しかったなぁ。あのときの空気は、言葉にできない感情が沢山で、説明するにも難しいので心のなかに大事にしまっておきます。


実は書き出してみると、茂木さんとの思い出はかなり少ない私です。公演も一度しか行ったことがありません。行きたかった気持ちはたくさんありますが、後悔はないです。私のヲタ活楽しかったなと胸を張って言えます。
これも茂木さんに甘やかされて、それで良いんだよと一緒に立ち止まってくれたお陰ですね。
本当に最高の推しでした。

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