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ピザとえくぼ
湯気さえも閉じ込めるたっぷりのチーズ。トマトソースにバジルが香る。
目の前に出されたピザは、丸ではなく四角だった。
突然「ピザを食べに行こう」と彼女から連絡が来た。
会うのは2ヶ月ぶりだろうか。
喧嘩して、LINEが途切れてから3週間が経ち、不意に来た誘いがこれだった。
喧嘩の原因は些細なことだったのだ。
『仕事どう? 全然連絡くれないよね』から始まって、付き合いたての頃は優しかったのにとか、過去の話を掘り返してはマメさが足りないだの優柔不断だの、小言と文句を行ったり着たりするゴールの見えない会話が続いた。
面倒臭くなって適当な返事をしたのが引き金となり、火種が火柱に成長してしまった。
謝罪のタイミングを失った関係は、気まずいカップルのまま、熱々のピザを出迎えることになる。
「そっち持って」と彼女がピザの端を指差した。反対側は彼女が手を添えている。
「早く。冷めちゃうでしょ」
「えっ、あ……」
戸惑いながら、長方形の端を持つ。柔らかなパン生地がチーズの重みで歪む。
「ここのチーズね、すっごく伸びるので有名なの。せーの、で行くよ?」
そう言って彼女はピザと共に少しずつ離れていく。
生地は中央で切れていたらしい。
チーズだけが二人の間を繋いでいる。
細く、長く。
1メートル近く離れたところで「ソーシャルディスタンス」と彼女が笑った。
特徴的な八重歯とえくぼ。
可愛いな。
と思うのと同時に、チーズが切れた。
彼女との間にぽっかり出来た空白が、急激に別れの匂いを連れてくる。何か言わなければ、本当に終わってしまう気がした。
「そば……に……しよう、今度」
「お蕎麦?」
「食べたい、一緒に」
何も答えずに彼女はピザを口に運んだ。何口か食べ進めてから「冷めちゃうよ」とこちらを指差した。
それからは黙々と食べた。
美味しかった、ような気がする。多分。
「四角いのも売りでね」と、デザートを選んでいた彼女がメニュー表から顔を上げて言う。「『円を切らない』から、縁結びのピザなんだってさ」
ニッと笑った口元から八重歯が覗く。
「お蕎麦、いつ行こっか?」
「やっぱり」と言いかけて、急に気恥ずかしくなった。でも『言うなら今だ』と、脳内のもう一人の自分がゴーサインを出す。
「やっぱり、外じゃなくて家で食べよう。蕎麦。年越し蕎麦、今年から一緒に」
勝算はあるつもりだったのに、彼女が意味を理解するまでの数秒間は永遠に思えた。
瞬きもせず、キョトンとした顔のまま、彼女は小さく頷いた。
それから、ゆっくりとえくぼが現れる。
あぁ、やっぱり可愛いな。
いつもより深く影を作るえくぼ。
恥ずかしそうに俯き加減で、さらに何度か頷いてくれた。
今ならちゃんと「ごめん」も言える気がする。