不妊治療の苦しみ、そして、その後の苦しみ
わたしと同じ時期に結婚した子が何人かいた。職場の人が多かった。式→旅行その後、授かる方がほとんどだった。
だんだん素直に喜べなくなる自分
そんななか、同じ時期に結婚した親戚の子も妊娠を望んでいるもののなかなか…と思っていたら結婚して2年以内に妊娠し出産。
妊娠の報告
親戚の集まりでどんどん大きくなるお腹
そして生まれた赤ちゃん
当時ほんとにほんとに辛くて、素直におめでとうが言えなかった。何とか言葉を絞り出して、ぎこちない笑顔つくって、あまり関わらないように勝手に避けてた。最悪な自分。ほんとに酷い顔してたと思う。
その子、子どもが好きで、子どもを望んでることもすごい伝わってきた。
身体をはって子どもたちと遊ぶ姿も知っている。
子どもを授かり生まれ、すごく幸せそうだった
でも笑顔の裏には何か抱えていた
どんなに子どもを望んでても、子育てってすごくすごく大変
ぼろぼろの体、心の不安定さ、環境の突然変化、周りの協力、ここに書き表せないくらいあるだろうし、
わたしはまだ想像しかできない
母子手帳をもらいに行ったとき
妊娠中の不安なことやこれからの子育てで心配なことなど色々聞いてもらってた
そのときは、赤ちゃんがすくすく育ってくれるかが一番の心配だった
出産後は実家に帰って支援してもらいながらの生活を考え、こっちに戻ってきてからは、旦那のお義母さんがサポートに行くねって、不妊治療中から気にかけてくれてる。
どこかで自分は大丈夫と思ってる。
今のクリニックでは産後の2ヶ月以内は困ったときのデイや入院のサポートがある。3ヶ月以降は要相談。
市からは、産後ケアのことや育児サポートのことなど重点的に説明された。市は産後ケアは12ヶ月以内であれば通所に訪問、宿泊もある。
困ったときの一時預かりや病児保育、その他家族のサポート。
その他にも市への色んな相談窓口を紹介してもらった。
その話を聞いているときも、やっぱり自分は大丈夫と思っていた。
自分やばいな、疲れてるなって思ったときに自分から相談先に連絡できる…?相談先があることを思い出せる…?
旦那にクリニックと市のサポート事業を伝えた。もしものとき。
まだわたしには先のはなし。
不妊治療に苦しんで、やっと授かった我が子、会えるのはもう少し先
すごくすごく望んだことだけど、苦しいよ…ってなるのは誰にでもある話、自分もなりうる
せっかくあるサポートをうまく使っていかなきゃいけないなと思った
赤ちゃんのため、自分のため、家族のため
こどもの訓練をしていると、たまに行政のサポートが必要と感じるお母さんや家族がいる。ここではできないから、話を聞いてサポート先を伝える。自分は無力だなって思う。
改めて自分の地域の支援を見返してみてこんなにもあるんだと知った。
不妊治療の不安はクリニックに吐き出し、まあ今の相談先も基本的にはクリニックだけど、その後のフォローはクリニックから行政へ移行していく感じかな。
サポート事業がすぐわかるように、目につくところに資料をおいておこうと思った日だった。