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どうしても習慣が始められないのはシーソーに乗っていないからだと思う:noteを習慣化するためのアイデア

文章が書けない.
下手くそなのは問題じゃない.
書きたいと思っているのに書き出せないことが問題.

今年の新年に立てた目標(↗️)の中に「毎朝文章を書いてnoteに投稿する」というものがあった.最初のころはそこそこ達成できていたのだけど,1か月も続かなかった.

4年前にも「文章を書くのを仕事にするぞ―!」と意気込み何本か文章を書いて投稿したりしていた.最初は楽しく頑張っていたんだけど,いつしか面倒になってやめてしまった.

自分は文章を書くのが好きではないのかもしれない…

よくビジネス書とかには「好きなものは自然とやってしまうので,キツイと思うことは好きではないから」みたいなことが書いてあるけど,僕は文章を書くのがツライし面倒だし不自然だと感じていた.
「自分には文章を書くのは向いていないのかなー…」そんな自己嫌悪に陥っていたんだけど,やっぱり文章を書きたいなと思ったので「なぜ書けないのか?」をじっくり考えてみた.

じっくり考えた結果「シーソーみたいに考える」という結論に至ったのでシェアしようと思う.


そもそもなんで文章を書きたいの?

そもそも文章を書く理由が魅力的じゃないと頑張れないよなーと思い,まずは文章を書く理由を思いつくだけ挙げてみた.

① 自分の考えやアイデアに結論を作りたい

 僕はよく考え事をする.
よくとはどれくらいかというと,

  • 朝起きて1時間紙のノートに永遠に文字を書き出す

  • 常に思いついたことやモヤモヤしたことはスマホにメモを取る

  • 気になったことがあった時にめっちゃ分厚い本とか読む

  • 口癖は「そもそもさ」「改めて考えるとさ」

みたいな感じ.そもそも「なんで文章が書けないんだろう」みたいなことを考えている時点で考え事をするタイプのやつだ.

考えるのは好きだし,自然にできる.
ただ結論を出すのは苦手.

問いを立てることに結構な価値を持っていて,「良質な問い」を立てた時点で8割くらい満足してしまう.

これは結構な問題で,結論(自分のスタンス)がないと伝わるメッセージにならない.安宅さんの「イシューから始めよ」でもスタンスに立つことを重要視していたように,考えることは結論(スタンス)を作ること.

問いは考えるのに重要なツールだし,新しくて刺激的な視点を与えてくれるけど抽象的すぎて具体的な解決や進歩につながりにくい.また,人に話す際も弱くて刺さらないメッセージになりやすい.

せっかく良い問いを立てても,結論やスタンスがないとほかの人には刺さらない
「考える」から「書く」へ移行することで,結論を強制的に作り出す習慣をが付くのではないかと思った

これが書きたい理由の1つ目

② 文章にめちゃくちゃ影響を受けてきた

シンプルに文章に影響を受けまくっている.
文章を書く人にとてもあこがれている.
自分もそうなりたいと思っている.

例えば,落合陽一先生
noteで文章を投稿し,書籍を出版し,論文を書いている.おまけにツイ廃である.めちゃくちゃ文章を書いているし,落合陽一の文章からしか得られない高揚感みたいなものがある.落合先生の「魔法の世紀()」がきっかけでHCI分野への興味を持ち始めたし,今の研究テーマである「身体性の脱構築」は「デジタルネイチャー: 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂()」大きく影響を受けている.

あとは安宅和人さんの「イシューから始めよ」「シンニホン」は擦り切れるほど読んだし,稲見和彦先生らの「自在化身体論」とか伊藤亜紗先生の「体はゆく」もめちゃくちゃに読みまくっている.

文章を書く(作家的な)視点でいうと,ウィリアムジンザーの「誰よりも,うまく書く」は内容としても文章の書き方を解説しているんだけど,その本自体とても面白く読みやすい,背中で語るイケメンな本.
最近読んだしんめいPさんの「自分とかないから」なんかは電車クスクス読めるのに,自分の人生観が変わるような学びのある本だった.

あと大声では言えないけど,堀元見さんの「教養悪口本」も爆笑しながらこんな文章書きたいなー!と影響を受けた

振り返ってみると,僕の人生は半分以上が文章でできている.
考え方や口ぐせ,選択肢の選び方,人とのかかわり方…

自分がしてもらったことを今度は自分がしていきたい.
これが書きたい理由2つ目

③ 朝のリズムを作りたいと思ったから

僕は決まった時間に通学や出勤をするわけでもなく,決まった締め切りや毎日のタスクみたいなものがあるわけでもない.一応大学院にはいて研究をしているけど,ほとんどニートみたいな感じ.気を抜くと抜け殻みたいな1日を過ごしてしまう.

抜け殻の1日ミンミン鳴く1日かを決める大きな要因だなーと感じるのが朝の使い方.起きてから3時間くらいをサボっちゃうと1日の締まりがなくなる.

朝やることもなんでもいいわけでもなくて,ちゃんと終わるものがいい.チェックボックスにチェックをできるかどうか?2値(Yes/no, あり/なし, やった/やってない)に分類できるモノがよくて,しかも1時間半くらいで終わるタスクがいい.

これらの条件を満たしつつ,自分のやりたいなーと思うものを習慣にしようと考え,文章を書いてみようと思った.
これが3つ目の理由

つまり,なんで文章を書きたいの?という問いには

  1. 自分の考えやアイデアに結論を作りたい

  2. これまで影響を受けてきた"あの人達"にみたいになりたい

  3. 朝のリズムを作りたい

の3点が答えになる.

書きたいのに書けないワケ

書きたい理由は言語化できた.
これだけでも十分書きたいなーという気持ちにはなっているんだけど,このまま始めると過去の二の舞になってしまう.

基本的に僕は僕を信じていない.

平気で自分にうそをつくし,いい格好しいだし,1人になったらサボりまくるし.

これまで何かの習慣が続いた試しはないし,大変なことや難しいことからは基本逃げて生きてきた.何度も「今度こそはできる!」「次こそはやるんだ!」と決意した数時間後にYoutubeを眺めているのを1番近くで見てきた.

だからこそ,現実的で具体的な解決策,主観的な心に頼らないカイゼンが必要である.

まずは書きたいと思っているのに書けない理由を考えてみた.

書けないのはシーソーが傾いているから

文章を書くのはツラくて面倒.でも書きたい.
「書くのが面倒」という気持ちと「それでも書きたい」という気持ちを比べたときに面倒が勝っているから書き始められないんだと思う.
これをシーソーで表現してみるとこう

シーソーは重い方向へ傾くので,「めんどい!」という気持ちが大きければ大きいほど書く気になれない.僕の場合,書きたいという気持ちはあるにはあるが「何が何でも書きたいんだ!」みたいに強い気持ちでもないのでなおさら.

これは言い換えると書くことで得られる価値よりも書くことにかかる負担のほうが大きいので,書く気が起きない方へ傾くといえる.
この価値と負担のバランスが何かの行動を起こすのには重要なんだと思う.

例えば,書くのに10時間の負担がかかるとしてそれに対して得られる価値が3人からのスキだけだとしたら「うーーーん,次からはやめようかな」となってしまう.

承認欲求のために書いていないとはいえ,世の中に公開するんだから承認された方がうれしいに決まっている.スキが可視化されることで,それが価値の評価指標だと思い込んでしまう.かけた時間と労力とお金に対して得られる評価があまりにも少ないと行動には結びつかない.

得られそうな価値とかかりそうな負担

もう一つ重要なのが,実際に得られる価値はたいして重要ではなくて,これくらいの価値が得られそうだなという未来への期待が行動の決め手になるということ.これが厄介で,もしかしたらやればみんなからスキがもらえるのかもしれないけど,自分への評価が低かったり過去に投稿した文章があまり評価されなかったりすると未来への期待は自然と低くなってしまう.

これは負担についても同じで,これくらいの負担がかかりそうだないう未来への不安が行動に影響する.初めて見たら意外と大変じゃないのかもしれないのに,なかなか始められないことが往々にしてある.

まとめると,

  • 書けないのは,書くことで得られる価値よりも書くことにかかる負担のほうが大きいから.

  • ここでの価値(負担)とは未来に得られそうな価値(かかりそうな負担)で,実際に経験する量は関係ない

となる.じゃあ,書くためにはどうしたらいいか?

シーソーを動かすには?

具体的な解決策は次で挙げる.
まずは抽象的なアイデアとして,価値よりも負担が大きく傾いたシーソーを動かすにはどうしたらよいかを考えてみる.

シーソーを動かす方法①:重さを変える

シンプルな解決策として自分か相手の重さを変えればいい.
自分の体重を増やす,何か重いものを持ってくる,もう一人連れてきて一緒に乗るとかだ.つまり,価値の大きさを大きくすればいいのだ.得られそうな価値を大きくする,複数の価値を足し合わせる,何か他の価値と組み合わせるなどだ.

または,負担を小さくすることでも同様に自分のほうに傾けることができる.かかる負担を減らす,かかりそうな負担の不安を減らす,負担を小分けにするなど.

図にすると

こうなる

価値を増やして,負担を減らす.シンプルだけど,これでシーソーは動き出す.

シーソーを動かす方法②:支点との距離を変える

もう一つの解決策は自分と相手の座っている距離を変えること.▲の支点から離れれば離れるほど下向きの力は大きくなるし,近づくと小さくなる.これを利用してシーソーを動かす.

具体的には,価値を遠ざけるか負担を近づけるかのいずれかだ.何から近づけたり遠ざけたりするのかというと,自分自身から近づけたり遠ざけたりする.つまり,得られる価値を自分から遠い所へ置く,かかりそうな負担を自分に近づける.

価値を遠ざけるとは,価値を他人ごと化すること.
友人とか恋人とか,社会とか,世界みたいな自分よりも大きな人たちにも届くような価値を考えてみる.できるだけ自分一人で完結せずに,価値を遠くに投げることだとである.

一方で負担を近づけるとは,負担を自分ごと化すること.
自分にとって必要な負担だったり,自分が好んでやりたくなる負担にする.この負担は自分にとって心地の良いものだと考えることである.

価値を遠ざけて,負担を近づける.
価値の大きさや量ではなく,自分との距離を変えてみることでシーソーは動きだす.

書くための具体的なアイデア

とここまで抽象的で本当に意味があるのかわからないことをつらつら考えてきた.ここからは具体的にどんなことをするのかに焦点を当てていく.一旦ここまでの話をまとめておこう.

  • 筆者はこれまで文章を書きたいと思っていたけど,何度も挫折してきた

  • 文章を書きたい理由は以下の3点:
    ①自分の考えに結論をつけるため
    ②文章に影響を受けてきたから自分も書き手になるため
    ③あさイチのリズムをつけるため

  • これまで書けなかったのは書くことで得られる価値よりもかかる負担の予測のほうが大きかったから

  • それに対して
    ①負担を減らし,価値を増やす
    ②負担を近づけ,価値を遠ざける
    という2つの解決策を提案する.

ここからは負担を減らす方法,価値を増やす方法,負担を近づける方法,価値を遠ざける方法の4つに分けてそれぞれ紹介してく.

書くことの負担を減らす

書く負担を減らす方法は以下の通り

  • 普段からメモを残したり,用語の説明をまとめておいたりして,文章を書く際にはパズルみたいに組み合わせればいいだけにする.
    思いついたアイデアはGoogleKeepへ,用語の説明や引用などはScrapbox へ入れておく

  • デスクに座ってPCで書くという固定概念をなくす.
    ⇒ 電車の移動時間にスマホで書く,寝る前に日記みたいに書く…

  • こだわりすぎない
    ⇒ とにかく出すことが重要!校閲は1回のみ

  • 制限時間を決める
    ⇒ 毎朝のルーティンにしたいので90分で終わるくらいに収める

  • テンプレを作る
    ⇒ 起承転結,文章のテンプレを作って毎日その文体で書く

こんな感じ.

特に心がけるのは文章を書いている時間を極力減らすこと
文章を書く=編集だととらえる.編集だととらえるということは,「切る」「貼る」「つなげる」「並べ替える」「装飾をする」「コンセプトを整える」など.あらかじめ素材はたくさん用意しておくことで,いざ書く際には編集をするだけの状態にしておくことで負担を減らすことができる.

言い換えると,書く負担を減らすためには素材集めが命!となる.
素材には,自分のアイデアや日常で感じたことなどの主張になる素材,自分がした経験,誰かが言っていたフレーズ,面白い語彙やキーワード,実験手法など何でも集めておく.

集めるツールとしてはこれまでFastNotionを使用していたが,Notionは重くて思いついたときにサクッとメモできないのと,若干認知コストが高いのが負担になるのでやめた.代わりにGoogleKeepを使用するようにした.GoogleKeepの良いところは軽くてシンプルなこと,音声や手書き,チェックボックスなどをメモできることなど.これらの理由でGoogleKeepにしてみた.

知識,情報の管理にはScrapbox ()というツールを使用する.手軽にメモを取れることと,メモ同士をリンクで結んで置けることが決め手になった.知識や情報管理にもこれまでNotionを使っていたが,やはり認知コストが高くて重いという負担が大きいのでやめた.

Scrapbox はカードで情報管理ができて気軽にメモが取れる.
リンク機能も充実しており管理しやすい.

あとは僕は完璧主義で書き始めるとこだわりすぎて,いつまでも投稿できなくなってしまうことが多いので,「時間制限を設ける」「投稿することを一番にする」「テンプレを作る」などのTipsで負担を減らそうと考えた.

書くことの価値を増やす

書くことの価値を増やすアイデアは以下の通り

  • 自分が文章を書く理由を言語化する
    ⇒ この文章でやった!

  • お金にする
    ⇒ 最新の文章以外はマガジンへ移動して月額制で読めるようにする

  • 自分が読みたい文章を書く
    ⇒ 必ず自分なりのコピーとかアナロジーを取り入れる

  • 文章を書くのをゲーム化する
    ⇒ 文字数/時間でタイムアタック,連続更新カウンター,投稿したらさいころを振って報酬ゲット

  • 定期的に自分にご褒美をあげる
    ⇒ 投稿本数が増えるごとに報酬がもらえる報酬マップを作る

価値を増やす方法は色々あるけど,できるだけ内発的な価値を増やす方がいいと思う.お金とかスキみたいな外発的なもの=自分ではコントロールできないものを価値にしてしまうと,頑張っても価値が得られなくなる.それだと悲しいので,自分の中に価値の指標を持っておくのが重要.

具体的には「毎日投稿してえらい!」とか「自分いい文章書いたなー!」みたいなのがいいと思う.僕の場合は,自分の人生や毎日にとってどんな意味があるかが結構大切なので文章を書く理由を言語化するのがよかったりする.

あとはよくあるアイデアだけど,ゲーム化するのも文章を書く価値を高める.ゲームじゃないものにゲームの要素を取り入れて楽しくすることをゲーミフィケーションと言う.ゲーミフィケーションには競争,報酬,収集,社会などの要素がある()がシンプルですぐに始められるのがよい.

文章を書くことにおいては,「単位時間ごとに書いた文字数で競う」とか「連続で投稿できた日数に応じて報酬を設計する」みたいなものがシンプルでよいと思う.

書くことの負担を近づける

書くことの負担を近づける=負担を自分ごと化するアイデアには以下のようなものがある.

  • 文章を書くことに必要な労力を自分が得意なものにする
    ⇒ 簡単な図解,アナロジー,コピーを頑張る

  • 文章を書く負担=自分の人生に必要な努力ととらえる
    ⇒ Science is writting business

  • 憧れの人を思い浮かべる
    ⇒ 落合陽一先生もめっちゃnote投稿してるし自分ももっと書くぞ――!

自分ごと化するために3つのアイデアを考えてみた.

1つ目は負担を自分の得意なものにしてしまう
僕の場合,文章表現や言い回しの美しさなどの文才はあまりないのでそこを頑張っても負担なだけ.代わりに,デザインが好きなので,図解した画像を挿入するようにした.あとは,構造化とアナロジーが得意なので,論理構造を練ることやアイデアの飛躍を頑張ろうと思う.

2つ目は負担を自分に必要なものだと思い込む
僕は研究をして生きていきたいと考えている.以前安宅和人さんが大学院生の教育について書いたブログで「アメリカの大学院では"Science is writting business"といって書くことを重視する」と綴っていた.研究者は書くことが仕事.もしそうだとしたら,文章を書く力や体力は必ず必要になる.毎日文章を書いて,ピアレビューに耐え続けるのは自分の人生にとって必要なことだといえる.「自分は今,自分の人生のために文章を書いているんだ」と思うことで,書くことの負担を自分に必要なものだと思い込むことができる.

3つ目はなりたい自分から逆算する
けんすうさんの「物語思考()」では,過去の自分の直線状に自分がいるのではなく未来のなりたい自分から逆算して今その自分を演じるといった趣旨の内容が書かれていた(めちゃくちゃ意訳).僕もこれに賛同する.文章を書いている人に影響を受けていて,自分もそうなりたいと思っている,それならばその人のまねをしてみる.文章を書ける自分になりきってみる.
すると,「自分のあこがれの人はこんだけやっているんだから自分もこれだけやってみよう!」と思える.

これら3つのアイデアを実践することで書くことの負担を自分ごと化できる

書くことの価値を遠ざける

最後に書くことの価値を遠ざける=他人ごと化するためのアイデアを紹介する

  • 友人やコミュニティメンバーに向けて投稿する
    ⇒ ゼミ&研究室のメンバーに向けて文章を書くようにする

  • 自分と同じ悩みを持った人に向けて文章を書く
    ⇒ 悩みを出発点にしてその人の問題を解決できるような文章を書く

  • 他者を巻き込んで文章を書く
    ⇒ インタビュー記事に参加してもらう,誰か1人への手紙みたいな文章を書く

  • マガジン登録者を増やして社会的な制約を増やす
    ⇒ お金を払って読んでもらうファンを作ることで社会的な責任を大きくする

価値を遠ざけるというと,あまりよくないことのような気がするが,要は社会的な価値を増やすという意味だ.

自分だけで完結するのではなく人を巻き込むことで価値を遠ざける.

例えば,社内やコミュニティ内用に定期的な文章を書くとか,誰かの悩みに対してのアンサーを文章にするとかは他者を巻き込んでいる感があるのでおススメ.加えて,締め切りや投稿日を宣言しておくと社会的な責任がより高まるので書かざるを得なくなる.力づくではあるが習慣化には強力だと思う.

他には,もう少し対象を広げて自分と同じ悩みを持った人たちを助けるために書く!みたいなのもいいと思う.ただ,抽象的すぎると具体的な個人が思い浮かべられなくなるので注意が必要

最後にポジショントークみたいになるが有料マガジン化してファンを増やすのも効果的だと思う.ファンが増えるまではなかなか価値を感じられないが,いったん増えたら強力な社会的装置になる.

ということで,僕の社会的な責任を増やしたいと思う人は以下から追加をお願いします!!!!!!


まとめる

まとめると,

  • 文章を書きたいのに書けないのは,書くのにかかる負担とそこから得られる価値のバランスが傾いているのが原因

  • シーソーを動かすには,
    「書くのにかかる負担を減らして,書くことで得られる価値を増やす」
    「書くのにかかる負担を自分に近づけて,書くことで得られる価値を自分から遠ざける」

といった感じ.
文章を書くだけではなくて,何かを始めたいけど始められない人には良いアイデアだと思うのでぜひ参考にしてみてください!

それでは明日からまた頑張って書きます.では~🖐️

※追記:
シーソーって英語だとteeter-totterともいうらしい!ギッコンバッタンみたいな感じかな?かわいいーー!

あと,ヘッダーの画像生成AIで作ったんですけど,生成AI達シーソーをうまく表現できないっぽい.Dall.Eは結構よかったけどMidjouneyは壊滅的だった…



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