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伝説の唐揚げを求めて
1月14日火曜日。
三連休明けで心なしかどんよりとした事務所で、私は1人、猛然と仕事をしていた。
猛然と仕事をするのには理由があった。
昼に同僚と唐揚げを食べる約束をしていたのである。
しかもただの唐揚げではない。
「伝説の唐揚げ」なのである!!!
・・・
遡ること半年前。
職場の近くに老舗の小料理屋があるのに気がついて、ランチメニューに「唐揚げ定食」があったので、頼んでみようと思ったのだ。
昼時にもかかわらずすんなりと入店でき、着席して5分ほど。60分の昼休みの1/12が無為に過ぎ去ったことに焦る私をよそに、ようやく現れた店員のお婆ちゃんは、待たせたことを詫びるでもなく、ぶっきらぼうに注文を取って店の奥へと消える。
おそるおそる周りを見回すと、古めかしい店構えからは想像できないような小洒落た内装の店内である。
薄暗い照明が灯り、静かにジャズが流れる。小料理屋というよりは純喫茶のような雰囲気だ。変わった店だなあと思いながらそわそわと待つ。
しかし!!
多少の違和感は何のその。程なくして運ばれてきた唐揚げ定食は素晴らしい出来栄えだった。
その素晴らしさと言ったら、霊験あらたかな観音様から後光の差すが如く、ピカーンと光って見えるほどだった。
こんがりと揚がったサクサクの衣。
程よい量の水分をたたえた質の良い肉。
ちょっと濃い目のご飯が進む味付け………。
うまい!
うますぎるッ!!!!!
唐揚げにはうるさい私である。
学生時代に唐揚げ屋でバイトしていたからこそ分かる。
この唐揚げは完璧だ!
なんたる幸運。なんたる幸せ!!!!!
もう一度メニューに目をやる。すると「唐揚げ定食」の前になにやら形容詞がついているのに気がついた。
「伝説の唐揚げ定食」
「伝説の」唐揚げ!!!!!!!
なーるほどね!!!!!!!!!!
全て合点がいった。ぶっきらぼうなお婆ちゃん店員にも、小料理屋には似つかわしくない小洒落た内装にも、ジャズにも、完璧な唐揚げにも、ぜんぶぜんぶ。
伝説だからだ!!!
すべては伝説のためだったんだ!!!!!!
興奮さめやらぬ私は、コリャすごいもんに出会っちゃったな、と思いながら店をあとにしたのだった。
・・・
あれから半年。
仕事の都合でそのあとすぐにベルギへ飛んだ私は、現地での滞在期間を終え、再びあの小料理屋の前に立っていた。
今回は同僚を誘い合わせての訪問である。
自分の手柄でもなんでも無いのに自慢げに「伝説の唐揚げってのがあってさ〜、今度のお昼行かない!?」と言いふらす私にノリノリでついてきてくれた心優しい同僚たちと一緒に、列に並ぶ。
店から人が出てくるのに合わせて、1人、また1人と客が呼ばれていく。目の前の組も入店し、いよいよ次は私たちの番というそのとき、店の前に置かれたメニュー表が目に入った。
メニューには確かに唐揚げの文字がある。私はふたたび自慢げに語り始めた。
「ここに書いてある、この唐揚げ!これをみんなに食べてほしくてさ〜。
この伝説の………………ア!?!??」
メニュー表にはこう書かれていた。
「伝統の唐揚げ」
「伝統」の唐揚げ!?!??!????
伝説ではなく!?!?????!??????
伝統の!?!??!??!?!?????!!??
目をこすって、見る。
もう一度目をこすって、もう一度見る。
でも何度見ても、どこからどう見てもそれは「伝統」の唐揚げだった。
なんたる失態。なんたる勘違い!!!!!
会社の予定表の12時〜の枠に「Legendary Karaage」とまで書きこんでいたのに。これじゃとんだバカ野郎だ!!!!!!
よくよく考えれば「伝統の」ホニャララを自称はしても、「伝説の」ホニャララを自称する老舗の小料理屋なんて違和感の塊でしかない。ぶっきらぼうな婆さんや小洒落た内装やジャズによって私の感覚が(そして恐らくは視力も)麻痺していただけで。
恥ずかしさにのたうち回る私の肩を同僚がつつく。
「鯖さん、あれ…………」
さっきまで点いていた小料理屋の提灯の灯りが消えていた。
嫌な予感がする。
次の瞬間、困り顔の店員さんが出てきてこう言った。
「ごめんなさ〜い。今日はさっきのお客さんでランチ終わっちゃいました〜」
なにぃーーーーーーーッ!!!!!!!!!!
この際伝説じゃなくていい。なんなら伝統を守らなくてもいい。
なんでもいいからとにかく唐揚げが!!!
食べたかった!!!!!!!!!
しかし近所に唐揚げを出す店は他になく、昼休みの終わりも迫っている。仕方ないので向かいの店の焼き鳥丼でお茶を濁し、しょんぼりと仕事に戻ったのでした。とほほ。
どっかにないかな?伝説の唐揚げ……。