バンドマンのエレジー12
■バンドマン、一人でかまわない■
バンドマンの中でこういう人は決して少なくないと勝手に思っているのだが、筆者は学生時代非常に友達が少なかった。
私の父親はいわゆる団塊の世代で、世はまさにフォークブームの真っ只中。
髪を伸ばしてパーマを当てて、マーチンのギターを手に取りリアルタイムで様々なフォークソングに慣れ親しんできた。
レコードプレーヤーもレコードもたっぷりあったし、車の中ではハイライトの香りが漂う古きよきフォークソングがいつも流れていた。
二人の姉がいるのだが、二人ともピアノを習っていたし歌も上手で二人でよくJ-POPの曲をハモって遊んでいたし、親がきっかけだったのかは知らないが長女はギターを手に取り高校からはバンドを始めて様々なロックミュージックにのめり込んでいて、もう亡くなってしまったが祖母もバカでかい琴を持っていたし音叉も使わずチューニングを施してしまう程に耳が良かった。
音楽一家とまではいかないが、そんな環境にいれば放っておいても勝手に何かしら音楽を始めてもおかしくはないであろう。
末っ子長男である私はそんな環境下にあるにも関わらず楽器などには何の興味も示さずミニ四駆やポケモンやカードゲーム、プレイステーションやハイパーヨーヨーに夢中になるごく普通の少年であったのだが、
X JAPANのギタリストであるhideが亡くなった事をきっかけに、姉が持っていたフェルナンデスというメーカーのZO-3というスピーカー内臓のギターを借りて少しずつ練習を始め、翌年にはお小遣いを貯めたお金で始めて自分のギターを買った。
長女が持っていたアメリカの名だたるロックスター達のCDを無断で借りたり、雑誌のメンバー募集で知り合った人達からダビングして貰ったりしたテープをまるで悪い事をしているかのような気分になって、ヘッドフォンで夜な夜なずっと聴き漁っていた。
その頃の日本のバンド界はまさにビジュアル系バンドの大ブームが起こっていた。オリコンチャートはオーディション番組で華々しくデビューしたアイドルグループやR&Bの男性ユニット、甘酸っぱい青春を歌うフォークデュオや女性ソロシンガーが軒並み流行り始め、
同級生達のほとんどはそういった音楽を聴いていた。
一方で仮にも音楽雑誌を購読しギターを持ち、深夜のインディーズバンド情報番組を見て夜更かしし、バンド界隈に片足を突っ込んでいる私。普通に考えて話が合うはず無いに決まっている。
更にはあろうことかこの当時の私は、音楽に詳しくギターも弾ける自分の方がエライ、知らないお前達が悪いと言わんばかりに同級生達を見下していたし、
こんな自分は学校の中心人物で人気者であるべきだなどと激しく勘違いをしていた。音楽の事もバンドの事もどうせわからないだろうとほとんど話さなかったし、どんどん口先だけの男になりつつあった。簡単に言うと「調子にのっているウザイやつ」であった。
何もしていないくせに自信だけはアホほどあるにも関わらず残念ながらビジュアル面は決して良い方ではなかった。
もちろん同級生から大いに嫌われていた。私は本当にバカだったがさすがに自分を取り囲む空気ぐらいは気付いていた。気付かないふりをしていただけだ。
まともに話した事もない女子から通りすがりに「うわっ、小倉や!気持ち悪っ!」と言われた事は一生忘れられない。アレ傷付くからね?本当にやめた方が良い。
そんなバカでも一人ぼっちは寂しく、学校の中で仮初めの居場所しか作れなかった私が、外の世界に足を運ぼうとするのは至極当然の事だった。
高校の時も同じような感じだったし、専門学校の時も大して変わらなかった。
どんなにその時の仲間達とバカ騒ぎしていてもどこか空虚で、嘘の涙を流しながら感情のこもっていない空っぽの言葉の羅列でその関係性を取り繕っていた。
孤独が怖くてたまらなく、友達でも恋人でも嘘ばかりついて人の心を繋ぎ止めようとして、時には暴力をふるってまで誰かに傍にいてほしいと望んでいたが、そのうちその場にいるのがいたたまれなくなり決別してしまったり疎遠になってしまうというのがほとんどであった。
自業自得ながら、友愛というものが欠如した状態のまま大人になってしまった私は友達の作り方もわからないまま学生という身分を卒業と共に剥奪され、宙ぶらりんのままこの世界をうろうろするしか出来なくなった。
もしかしたら相手は私の事を友達だと思ってくれていたのかもしれない。しかし、まだ未熟で無知な私はそんな誰かの優しさを踏みにじる事しか出来ずに友達の作り方を学ぶ事が出来なくなっていた。
時は経ち、バンドマンとして旅を重ねて様々な場所でたくさんの人々と出会って学んだ。
友達なんて無理矢理作るモノではない。いないならいないで構わないし、何よりも必要だったのは誰かと一緒にいなくても自分という人間でいられる精神性だ。
自分はどう足掻いたって自分以上にはなれないのだし背伸びしたって着飾ったってどうにもならない。
人はそもそも孤独で、自分の全てを誰かに知ってもらって理解してもらうなんて何とも滑稽な話である。
逆に相手の全てを知る必要ももちろんない。私は相手に何でも話して欲しいなんて思っていないし、誰にも言えないような秘密の一つや二つあるに決まっていると思っているし、わざわざ聞き出そうとも思わない。
大人になって、やっとほんの少数の友達が出来てわかった。
私は彼らにずっと傍にいてほしいと思っているわけではない。
ほんのたまにで良い、皆で集まってしこたま酒を呑んでけなし合い、悪態を吐きあい、本当にどうでも良い事ばかり話して終電を逃したい。
誰かの家でスナック菓子をつまみながら朝までテレビゲームをしたりしながら、時にはくだらない理由で本気でケンカをしてコントローラーをぶん投げたい。
どうしても、本当にどうしても心が折れそうになった時にだけ電話をして、その時ですら弱音を吐きたくないと意地を張りアホな話だけして電話を切りたい。
心配すんなよ、との言葉もいらない。私は友達とそういう関係性でありたい。
ただ、そいつらが本当に困って本当に弱っているんだと誰にも言えない秘密を告白してきた時は、
私も同じように誰にも言えなかった秘密を一つ告白して、
ずっと朝までそいつの傍にいてやろうと思っている。
そういう友達が、今の私にはいるのである。