バンドマンのエレジー4
■バンドマン、旅立つのも一苦労■
ライブの本数もそこそこコンスタンツにこなし活動も安定してきてイベントを打てばある程度の集客もある。そろそろCDを作って本格的にこれで食っていける手段を作っていかなければ。
渾身の一曲を書いた、誰が聞いてもすぐ覚えられるようなメロディーとシンガロングマストな分かりやすい歌詞。この曲をタイトルにミニアルバムを作ろう。その後どうするかだって?
そう、バンドの醍醐味は色々あるが、なんと言ってもツアーであろう。
行った事のない土地へ行き、見ず知らずの人々と出会い自分達のCDを手にとって買ってもらって金を稼ぐ。自信のついたバンドマン達は己を試しに旅に出るのだ。
そうと決まればこんなに楽しい毎日はない。今まで以上に熱の入るスタジオ練習、夜遅くまでバイトして稼いだお金でレコーディングをしてCDを作る。
いつものライブハウスでいつものお客。
MCでCDとツアーの事を言いたくてウズウズするがまだ内緒である。どんな旅になるんだろう、どんな景色を見れるのだろう。
そうだ、Tシャツやステッカー等のグッズも作ろう。ツアーの終わりには自分達のTシャツを着たお客で満員のホールで感動のフィナーレを飾るのだ。
バンドマン達は始まる前から有頂天になり輝かしい未来に胸を踊らせていた。
ところがどっこい、そんなに甘いもんじゃないのである。
誤解しないでいただきたいのは、バンドでツアーをまわるというのはとても素晴らしい経験だ。
筆者は長い間ソロで活動してきたので一人ぼっちのツアーだったが、それはそれは未だに忘れられない貴重な経験をたくさんさせていただいた。
貴重過ぎて、今でも夢に見てうなされるぐらいだ。涙なんて何リットルあっても足りないほど泣かされた。
中には初めてのツアーで嬉しい体験ばかりでそのままの勢いでグングン売れていったバンドがいるかもしれない。しかし私はそんなものは信じない。ツアーに出て本当に嬉しいと思った事、それは全体の2割にも満たないであろう。
しかし、その2割未満の喜びが忘れられないバンドマン達が、残り8割以上の苦難を乗り越えて初めてセカンドツアーに出れるのだ。
まずツアーに出るという事は当たり前だが知らないライブハウスに出るということだ。
自分が住んでいる地域のライブハウスの場合ホームページ等を持っているならばライブハウス側からオファーが来る事もあるし、いつも練習しているスタジオにライブハウスの出演者募集のチラシが貼ってありそこからコンタクトを取る場合もある。そう言った場合は既にライブの日程が決まっている場合も多いので流れも早く分かりやすい。
しかし自分達の力のみでそれらを決めていこうとするならば話は別だ。
知人や先輩の紹介、現地のバンドと友達になってイベントを組んでもらう、もしくは自分達で連絡を取って直接ブッキングを取る。
ある程度こなれて来たバンドマンにとってこれが実は一番難しい。
やり方は前述の通りなんでも構わないと思う。初めてのツアーが全部友達のイベントだったり先輩に連れて行ってもらえるなんて素晴らしい事だ。
しかし、ツアーの規模が大きく長くなっていくにつれて47都道府県全てに仲の良い友達がいない限り現実問題そんな事は不可能だ。
どんなバンドでも最初は必ずそうなのだが、初めてライブする場所では自分達が知っている人も自分達の事を知っている人もほとんどいない状態だ。
それが更に行った事もない土地で、となれば今まで通りとはいかない。
自分達の売り方をわかっていないバンドマン達に取って最初の関門だ。
まずライブハウスに連絡を取る。
ブッキングマネージャー、及び店長と直接やり取りをし、自分達がどんなバンドなのかを分かってもらうために資料を送る、そしてライブの日程を決めるのだ。
全てのライブハウスのブッキングがそうだとは言わないが、会った事もなければライブ当日本当に来るのかどうかも定かではない見知らぬ人間達にライブがしたいと言われて気合いを入れてブッキングを組むライブハウスは少ない。これは実の所どうしようもない話だ。
何故ならこの世の中に存在しているバンドの全てが素晴らしいライブが出来るわけではないからだ。
お客をたくさん呼べるバンドはお客をたくさん呼べるバンド同士で同じ日に出てもらった方が良いに決まってる。ブッキングに当たりハズレがあって当然だ、どこの馬の骨ともわからない連中を最初から売りに出していこうなどとは思わないだろう。ろくでもないバンドばかりが集まる日を作られても仕方がない。
だったら本当に良いバンド以外出さなければ良いじゃないかと思うかもしれないが、そんな事が出来る程現代のライブハウスの経営は潤ってはいない。
そして何より成熟したバンドしか出さないライブハウスばかりになれば、そもそもダイヤの原石は育たないではないか。ライブハウスが長年抱えるジレンマである。
移動手段としてはバンドなら是非とも機材車にハイエースの1台も欲しいところだ。
そのお金はどこにある?誰が車を管理する?
レンタカーならいくらだ?問題は山積みだ。それなら電車?いやいや、それでは夢がないだろう。
ちなみに筆者は一人だったので電車とバスの旅だったが、車でどうしても行きたいというならば絶対に必要なモノがもう一つある。もちろん免許証だ。
3人も4人も集まれば誰かしら持っているモノだが過酷な長距離運転をたった一人でこなすのはなかなかきつい。打ち上げで毎回運転手だけ酒も呑めない出席も出来ないでは中々ストレスが貯まる。
最低二人は欲しいところだ、全員が運転出来ればもっと最高だ。
華やかなロックスター達のステージでの振る舞いや、何十万何百万の楽器や機材、
その裏ではそれの何十倍以上もの金が動いているであろう事は朧気ながら想像はつくだろう。
しかし、未来のロックスター達もとんでもなく金がかかるものなのだ。もちろん規模の話をしてしまうと悲しくなるような金額だが。
実際短期間でレコーディングをしてCDを作るというのはある程度金がかかるものなのだ。
録音作業というのはたかだか数時間や1日で出来るわけではない。基本的な動きとしては何日間かスタジオを借りてレコーディングを行う。連日か何日間か間を開けてかはバンドにもよると思うが。
当初の予定通りに進んでいけば一曲につき実質1、2日程で終わるのだがレコーディングとはそんなに簡単なモノではない。
多くのバンドマンはレコーディングをして初めて自分がいかにヘタクソなのかという事を実感するのだ。ライブで演奏するのとは訳が違う。
ヘッドフォンでメトロノームを聴きながらテンポに合わせて演奏する。それが思いの外難しい。何より慣れていないと固くなってしまい良いグルーヴが出せない。
何度も失敗してドツボにハマってしまったバンドマンの夜明けは遠い。オッケーテイクも出ないまま1日が終わってしまうなどざらだ。
1日10時間のレコーディングに大体4~6万ぐらいが相場だろうか?その日払った金額が全て無駄になった上に、更に上乗せされると考えた方が良い。
早く終わらせようと思えばミスをしたままでも構わない、簡単に終わらせられる。しかし、妥協の末に出来た作品などどれだけ情熱が込もっていようとリスナーからの評価などたかが知れている。
彼らはここで初めて、自分達がやってきた事は努力でもなんでもなかったのだと思い知らされる。
となると、レコーディングが終わった頃に彼らに残された財力など雀の涙ほどでしかないだろう。学生の小遣いの方がマシではないかと思う。
それよりほんの少しだけ上回ったリリース、ツアーに対するモチベーションだけでバンドマン達はバイトのシフトをこなして行くのだ。
しかし、それらが全てではないが、
そういった苦難を乗り越えてバンドマン達の元には初めて自分達の作ったCDが届く。私自身新しいCDが届いて段ボールを開ける瞬間は未だに胸が高揚するものだ。
バンドマン達がやっと、とりあえず報われた瞬間だ。これで後はツアーをこなしていくのみだ。始めの頃に感じた燃え上がるような気持ちが再び沸き上がってきた。このCDを、全てを捧げて作った自分達のメッセージを、一人でも多くの人々に聴いてもらうのだ。自分達のロックンロールを全国で轟かせ、この世界を変えてやるのだ。
体と心意気だけはいっちょまえのバンドマン達、世界は自分達を中心に回っているのだと信じて疑わない愚かとも言えるその若さを武器に、
彼らはいよいよスタート地点に立とうとするのだ。実はまだ始まってもいない、単なるプロローグに過ぎないかもしれない、はたまたそれは彼らのエピローグになるかもしれないとも知らずに。
初めての旅は彼らに何をもたらすのだろうか?彼らを待ち受けるモノは?
その先にあるのは栄光か破滅か。
今のところ、それは誰にもわからないのだ。