バンドマンのエレジー16

■バンドマン、叩きすぎるなよ■

ちょいちょい話には出しているが、
元々はギタリストとしてスタートした筆者の音楽人生。私は歌を本業にする前は実はドラマーであった。
二年生の時に辞めてしまったが、高校で入部した吹奏楽部のマーチングバンドでスネアドラムを担当した事がきっかけだった。
退部後、当時からドラマーは希少だったのもあって、しかもちゃんと基礎から勉強し練習しているまともなドラマーなどまったくいなかったので軽音部に行けば引く手あまたであったし、自分で言うのもなんだが当時からかなりセンスがあったように思う。
そのままの勢いで専門学校に入学し、更にどっぷりドラムにのめり込んでいく事になったのだ。
筆者がなぜ歌をうたい始めたのかというのはこの時出会った人物とバンドが後のきっかけとなっていくのだが、それはまたの機会に書こうと思う。

ともあれ私はスティックを置き、ギターを持ってたった一人で歌い出す事になったが、ドラムをかなり真剣にやっていたというのは素晴らしい財産になった。
弾き語りの際アコースティックギターを弾いていてよくよく言われるのがリズム感についてである。間の取り方やフレーズの入り方やブレイクのタイミングがまんまドラマーのそれであるし、バンドが演奏しているかのように心地よいリズムだとありがたい事によく言っていただける。
あとは自分の楽曲をレコーディングする際に自分で叩くので、ドラマーを雇ったり曲を伝えたりする手間が省ける。
これについては長所も短所もあるのだが、自分の思ったとおりのフレーズを当てはめる事が出来るので非常に都合が良いのだ。

とは言え普段は完全に引退している身ではあるのだが、ありがたい事に今まで何度かドラマーとしてステージに復帰させていただいた事もあった。
常日頃から練習しているわけではないしテクニック面では現役当時から比べるとひどく劣っているのだが、不思議な事に歌に専念し始めてからのドラミングの方が評価は高いのだ。
思うに今まで自分の担当だったドラムをバックに歌う立場になったからなのだが、シンガーがどんなドラムを求めているのか分かるようになってきたからだと思う。

若いドラマーにありがちなタイプなのだが、海外の超技巧派ドラマーの派手なプレイや機材のセッティング等を見て憧れだけで叩いているせいか、
まぁとにかく余計に手数を増やしたがるのだ。
いかに曲を生かすドラミングをするか、いかに良い音楽を奏でるかが一番大事な事なのに、
いかに難しく派手で自分の技量を示せるようなフレーズを叩くかで頭が一杯なのだ。
これは他の楽器にも言える事なのだが、いかに素晴らしい楽曲であろうとも各々の自己主張のためだけに好き勝手に演奏してしまったらせっかくの名曲が台無しになってしまう。
抑揚なんて関係ないぜと言わんばかりに余計なところでガシャガシャとシンバルを鳴らされたらこちとらたまったものではない。そういう事はたまーにやるからニクいのだ。風情もなにもあったもんじゃない。

まぁ筆者の場合は長年のブランクもあって難しいテクニックが出来なくなったというのもあるのだが、
ややこしい事はもう出来ないと諦めているので、いかにハイセンスでリズムとグルーヴに重きを置いたドラミングを心がけて、いかに歌を生かすかだけを考えて叩いている。
結局自分が自分のドラムで歌うと考えた時に、一番気持ち良い演奏をするのが最も良い方法なのだと、ドラムを辞めてから気付いた。

うまいドラマー程手数音数を増やす事よりも、減らしていく方に長けている方が多い。結局少ない手数で最低限のドラムセットでどれだけ幅を広げて演奏出来るかでドラマーのセンスは決まるのだ。

そしてそういう余計な事ばかりするドラマーに限って持っている機材を値段の高いものばかりで揃えている傾向があるし、そういう輩に限って肝心の音がしっかりと鳴っていない。そしてただただうるさい。
好き嫌いはあれども、もちろん高い機材なのだから素晴らしい音が鳴る。鳴ってくれなきゃ困る。
なので超一流のプレイヤーが探求心の末に高級な機材を持つのは当然の事だが、一流のミュージシャンは超安物の楽器を使わせても素晴らしい音楽を奏でる事が出来る。
結局機材に頼って音を出してもらっているようではいつまで経っても三流である。

音量に関してもそうだ。うるさい音とデカイ音は全く違う。
うるさい音しか出せないドラマーは観客の耳にまでしか音楽を届けられないが、デカイ音を出せるドラマーは体に響かせる事が出来る。
そしてうるさいドラムしか叩けないヤツは静かに叩かなければならない所では全く役に立たない。静かにどころか全く聴こえない。音がちゃんと出せないのだから当たり前だ。
「音が小さい」のと「小さい音を出す」のとでは訳が違う。
基本的な練習を怠って派手な事ばっかり練習すると、こういう風に赤っ恥をかくので注意だ。

派手な演奏に憧れる気持ちは非常にわかるし頭から否定するつもりはまったくない。そういうテクニック思考のバンドを組むのも良いし、ライブ中にドラムソロの時間を設ければ良い。十二分に欲求は満たされるであろう。
しかしドラマーの諸君。
自分のやりたい放題にするのも素敵だが、ライブハウスでの演奏において相手はその凄さの10分の1もわかっちゃいない。
大体のお客さんは素人さんだしドラムなんか叩けない人ばかりだ。
仮にウケていたとしても、「なんか難しい事やってんだろーなスゲーカッケー」ぐらいにしか思っていない。
そんな事よりも素晴らしい音楽を奏でる事に比重を置いて、お客を感動の渦に巻き込むために努めてみないか?

ドラムはバンドの心臓だ。
一番後ろにいて一番目立たない位置にこそいるものの、ドラムが地味だなんてとんでもない話だ。
筆者は歌を歌い始めた今でもドラムが一番カッコ良い楽器だと思っているし、全く難しい事をしていなくても強烈なインパクトを残している名ドラマーを何人も知っている。
そんな素晴らしい楽器を演奏出来る君なら素晴らしい音楽を奏でる事が出来るに決まっている。
一人で目立って歓声を得るよりも、メンバーそれぞれが演奏する曲を最も生かせるプレイを心がければ、きっともっともっと大きな喝采を聞く事が出来るはずだ。

ちなみに筆者が以前書いた専門学校の海外研修旅行で行ったロサンゼルスにて、姉妹校の授業でその時講師を勤めていたヴァージル・ドナティというドラマー。
部屋に着くなり挨拶もそこそこに我々さえも全く理解出来ないドラムソロをいきなり疲労し、
さぁ皆で練習しようと配った譜面の内容が難しすぎて本人も手こずるレベルで生徒全員まったく出来なかったりと、
明らかに常人離れしたド変態なテクニックの持ち主であったがために、偉大なドラマーを講師にもった私達はある種の何の役にも立たない時間を過ごす事になった。
もし知らないなら試しにYouTube等で見てみれば良い。
ドラマーは余計な事するな!と散々書いてしまったが、もし彼のレベルに達している方がいるならば土下座でも何でもして訂正しよう。
あんなの普通の人間には不可能だ。小さい頃からドラムの事しか考えてこなかったのだろう。

何事もやり過ぎて極め過ぎてしまえば誰にも文句を言われないが、誰にも止めてもらえなくなるのである。
練習するのは言わずもがなとても大事な事だが、
彼のようになってしまう前にたまには友達とテレビゲームでもして遊んではいかがか?
もちろん、リスペクトに値する偉大さあってこその皮肉であるが。道を極めし者というのは時に狂気の沙汰である。

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