バンドマンのエレジー10

■バンドマン、学校へ通う■

筆者は高校卒業後、大阪の音楽の専門学校にドラムを学びに通っていた。
勉強も嫌いでそもそも偏差値の低い私立高校しか受けれず、大学へ行かせたところでまともに勉強などするはずがないので、だったら好きな事を学ばせてやろうという両親の理解と愛情のおかげだったわけだが、そんなにも手塩にかけて、ついでに金も手間もかけて育て上げた三人姉弟末っ子長男の成れの果てがこれである。
挙げ句の果てに専門学校卒業後、わざわざ大金叩いて学ばせてやったドラムをホイと捨てて、今やギター片手にシンガーソングライターだ。しかも本人がドン引きする程に売れてないときている。何とも浮かばれない両親である。ごめんよオヤジ、お母ちゃん。

とは言えやはりそこは専門学校というだけあって、素晴らしい経験もあったし後に繋がる出会いもあった。もちろん授業においてもたくさんの内容を学ばせていただいたわけだが、なにぶん座学が嫌いで理論的な話に拒否反応を示していたため、授業で学んだ実技以外はきれいさっぱり忘れてしまったわけだが。
何よりも授業で学んだ事より卒業までの過程で身に沁みて実感したことの方が後に大変役にたった。

私が通っていた専門学校の生徒募集のプレゼンやパンフレットにはところ狭しと夢や希望が散りばめられていた。
著名なミュージシャンが特別講師だとか、毎年有名なレコード会社が何社も新人発掘に来るとか、学校で運営しているレーベルに入ろう!なんて事も書いてあった。
メジャーデビュー後に卒業証書を送りつけただけで実際は卒業していないにも関わらず某プロミュージシャンの名前が卒業生としてデカデカと載っていたり、デビューに向けてのプロセスをまるで料理のレシピのようにさも容易に出来るかのように書いたりと、まさに夢と希望のみを若者達へ刷り込むように見せびらかしていた。
これら全てが決して嘘をついているというわけではないというのが専門学校の闇である。
まぁ学校側もビジネスなので多少ビッグマウスになってしまうのは仕方ない事なのだが、当たり前だが入学したからと言ってプロになれるわけではないし、音楽で飯を食っていくのは簡単ではないのだ。

大体最初の授業から夏休みに入るまでで数人が学校に来なくなる。
楽器を触った事などほとんど無いド素人もたくさんいたので授業についていけなかったのか、はたまた単純に面倒臭くなったのかは知らないが。
そして夏休みが明けると更にそこから半分に減る。地方から親元を離れて来る人もいたのでホームシックにでもなったのか、それとも自分の実力を思い知って早々に諦めたのかは定かではない。

残る人間も完全に二分される。音楽という夢に対して朧気ながらもビジョンを持って小さなチャンスでも一つずつ掴もうと行動する人間と、
これを続けていればプロになれるんだ!と盲信し自発的に行動するわけでもなく、ただ淡々と真面目に授業を受けているだけの人間である。

前者は早々に己の居場所を見付けて精進する。経験豊富な講師陣に弟子入りしたり、学校主催のプロジェクトに積極的に参加したり。授業で学んだ知識やテクニックを惜しみ無く自身のバンドで生かしたり、様々なオーディションに学生であるコネをフルに活用して卒業後の支援制度等でレコード会社に売り込み続けたりしていた。
その過程で自分の本当にやりたい事を見付けて全く方向性の違う音楽を追求したりと、果敢に可能性に挑戦していった。

後者はというともちろんミュージシャンとしての実力は向上している。
真面目に授業を受けて真面目に講師の言う通りのテクニックを実践して、毎日の課題をこなしているのだから当たり前だ。
しかしそういった連中の中に一緒にバンドを組みたいと思ったり、行動を共にしたりする人間は、少なくとも私には誰一人としていなかった。ハッキリ言わせてもらうと全く魅力が無かったのだ。
実力はあれど個性も何もあったもんじゃない有象無象など相手にしている暇など無い。テクニックも大事だが、それよりも一癖も二癖もある連中とつるんでいる方が何倍も楽しかったし有意義だったからだ。

とは言え私も現在の自身の活動の基盤からして在学中に思い描いた未来と全く違うプロセスを歩んでいるので、専門学校でどう過ごしたかが後にどう影響するかなどと断言する事は出来ない。
事実、当時の同期の人間や先輩や後輩達の中に未だ現役でミュージシャンとして活動し続けている人間は本当に数える程に減ってしまった。コイツは大物になるんじゃなかろうかと思っていた奴に限って、もうとっくにギターもマイクも置いてしまっていたりする。
脅威の就職率100%を誇る我が母校であるが、学生時代にあれだけプッシュされていたバンドのボーカルがそのコネを存分に利用しまくって学校近くのピザのチェーン店で社員として活躍している場面に遭遇した時は世知辛さについついトホホとため息をついてしまった。
しかし少なくともアグレッシブに行動する事がいかに大切かという事は、それを実践している連中よりもむしろ対極にいる連中から学んでいたような気がするのだ。

また春が来れば期待に胸を膨らませた若きミュージシャン志望者が専門学校の門を叩くのであろう。
専門学校はダメだという話を書きたかったわけではないが、ちゃんと自ら学ぶ意思を持って過ごさないと何も吸収することが出来ないどころか、
何の武器も持たないままに成人の烙印だけを押されて社会に放り出される事になる。

専門学校に限らず、社会という名の階段を登るのを億劫がっているだけの、現在のヒエラルキーに甘んじて惰性の青春を謳歌していたいだけの人間がこの世界には大勢いる。
別にそれが悪い事だとは思わないし、ただひたすら与えられた課題を淡々とこなしていく事も決して否定はしない。
が、その場所で地団駄を踏むだけでは到底生きていける世界ではないという事だけは覚えておいてほしい。いい歳こいて芽も出ず花も咲かずとエッセイのプロフィール欄に自ら書いてしまうような筆者に言われても説得力はないであろうが。

ただ、それに呑み込まれないために遮二無二邁進しようと決意を新たに歩きだそうとしているそこの君よ。
たまには横で同じように頑張る仲間達と、羽目をはずして夜通し遊び歩いたりするのも悪くないぞ。
学校で学べる事は君が思っているよりも遥かに多いがそれ以上に、時には100時間の練習よりも、たった一晩の酒の席での話が、君の人生において最も大切な一瞬にもなり得るということもここに記しておこう。例え隣にいたその友達が、音楽も友達もやめてしまったとしてもだ。
君の中には確かにその思い出が消えずに残っているのだから。

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