バンドマンのエレジー7
■バンドマン、安らかに眠れ■
~このエッセイを酒を呑み過ぎて死んだ年下のアホな友達へ捧げる、アホめ~
前回打ち上げをテーマに書いたのだが、やはりいくら書いてもこの酒に纏わる話は書き切れないのかもしれない。電車と夜行バスで津々浦々と全国ツアーに回らせていただいて、運転のための禁酒の必要がない筆者としてはそれ相応のドラマがお世話になった各地にあるのだ。
関西在住の頃の拠点である大阪、現在の拠点である東京においてはもちろんの事、たくさんの土地で様々な伝説を目撃し、また、僭越ながら私自身も多少の伝説と宴会芸を残させていただいた。
その中で特筆すべき、というより、圧倒的に酒量が多い土地がある。
それが、群馬県の高崎市という街。
これは私の呑んだ酒の話ではなく、みるみるバーカウンターから飛び立っていくジョッキとグラス、そして次々と空になっていくボトルの話だ。
バンドマンとは何ともよくわからないアホさ加減で物事の優劣を決める癖がある。誰が一番カッコ良かったか、誰が一番お客が入ったか、誰が一番演奏が良かったか、等はまだ理解出来るのだが、
すべてが終わった後の打ち上げの席においては「誰が一番パンチがあるか」という一点に的が絞られる。もちろん腕力の話ではない、他の打ち上げ参加者にどれだけインパクトを与える事が出来るかどうかだ。
ここで女の子を口説いているようではいけない、今はそんな事をやっている時間ではない。大体朝までがタイムリミットで、皆が潰れず起きている間にどれだけ笑いをとれるかどうかである。
対バンは遠方から来た歴戦の猛者達や地元の屈強なベテラン大先輩バンド、最近メキメキ頭角を現している仲間のバンドや凄くタイプな娘がベースを弾いてるガールズバンド。
残念ながら今日はあまり出来の良いライブではなかった、せめて打ち上げだけでもナメられたくないモノだ。
本当にこんな事を考えながらやっているやつが実際にいるのだ。すべての打ち上げがこうだとは言わないが、大体こんな雰囲気の中で過ごしてきた。
突飛な言動や面白ビックリな小話は本人の腕次第でシラフの状態でも出来るのだが、まだそんな経験値もないヤツらが出来る事なんて酒を過剰なスピードで呑みまくるしかない。
カシスオレンジやカンパリソーダなんてジュースも同然、注目なんて浴びれない。狙うはビールのピッチャーかテキーラのボトルの一気呑みだ。完全に身を滅ぼすコンボの完成だが若い彼らには明日の事は二の次である。
群馬県高崎市にあるSUNBURSTというライブハウスがある。今は現場を退いて別の事業に勤しんでいらっしゃるが、
おっかないけれど粋で男らしい頼れる若いバンドマン達の兄貴分であるオーナーが切り盛りしていた。
違うライブハウスで出会ったバンドにイベントに呼んでもらったのをきっかけに、何度か出演させていただいた。
その最初の記念すべき一回目で、私はこの街の底知れない酒量に度肝を抜かれた。
今思えばとてつもなく熱量も高く内容も濃いイベントだったと思うが、それを作り上げて見事にやり遂げたのがBlack Rainというバンドでギターボーカルを担当していた堀口翔という男だった。コイツが私をこのイッキ飲みジャスティスのカオスワールドに引きずり込んだ張本人であり、度々それに巻き込まれるようになったのは紛れもなくこの男の責任である。
東京からのゲスト等も招き、お客も演者も気分は上々、大盛況で幕を閉じいよいよ打ち上げがスタートした。
SUNBURSTでは大量のお鍋と炊き込みご飯が格安の打ち上げ料金で飲み放題付きで振る舞われ、激しいステージを終えた若い腹ペコバンドマン達は我先にがっついていく。
みるみるうちに無くなって行く大量の野菜と肉と米、今日は楽しかったねーなんて朗らかにお互いを称え合い、緩やかな時間が流れて行く。
誰が何の話をしていてその流れになったのかはわからない。しかし、誰かが突然ビールのイッキ飲みをやり始めたその瞬間からバンドマン達のパンチ合戦が幕を開ける。ライブでつけられなかった決着をつける。第2ラウンドのゴングがなった。
次から次へとジョッキは空になり、まるでウイルスが酒を中心に感染していくかのように参加者の輪はぐんぐん広がって行く。バーカウンターのスタッフも面倒臭くなってきたのだろう、注文も入っていないのにありったけのジョッキに先にビールを注ぎ始めた。やりすぎだ、注いだからには呑まなければならない。そこで「あれー、ビール余ってるよー」と、ついにとある高崎名物に我が友、堀口翔が自ら犠牲となった。
手にしたジョッキの中身をするすると喉へ流し込んで行く翔。しかし、一向に減る気配がない。
当たり前である、飲んだ分だけ他のジョッキからビールを上から継ぎ足しているだけなのだ。作り方は簡単これだけ。人呼んで、無限ビールの出来上がりだ。
そこで誰かが高らかにテキーラのボトルを掲げながら輪の中心へと向かっていった。何かを察したかのように翔を含め何人かのバンドマンがそこへ群がる。翔はいつのまにかかなりの量のビールを飲み干していた。
バーカウンタースタッフが参加者分のショットグラスを差し出した。
1杯、2杯、3杯とショットグラスを空けていく。回数を重ねる事に更に増えていくショットグラスと犠牲者の数。
ショットグラスが無くなってしまったのが運の尽きで、これ以外で一番小さなグラスなんてロックグラスしかない。
追加されるグラスと増える一方の犠牲者、にも関わらず一向に無くなる気配の無いテキーラボトル。一体何本発注したのだろうか。
行方のわからない戦いに終止符を打つため再び翔が自ら地獄へ飛び込んだ。
これがデジャヴだろうか?手にはジョッキ、するすると喉へ流し込んで行く翔、減らない中身、注がれる酒。違うのは中身が度数が35度程高い酒に入れ替わっているのと翔の肉体へのダメージがビールとは比べ物にならない程にはね上がっているということぐらいか。
段々悲鳴を上げていく肉体に耐えられなくなっていく若者達は一人また一人と脱落していく。
吐く者、泣き出す者、気持ち良さそうに眠る者、まだ呑んでいる猛者もいるにはいるが大半はテキーラ地獄に参加していない者ばかりだ。かしこい。
突然トイレから何かを叩く騒音が聞こえる。泥酔者まみれの中、なぜかツアーで来ている余所者の私が駆けつける。
トイレで散々吐き散らかした女の子が鍵の空け方がわからなくなり大暴れしていた。介抱するため外に連れ出す私、なぜかヘッドロックをかけられて大暴れされながらも何とか安全地帯まで連れていって寝かせた。ラッキースケベなどあるはずがない。いくら相手が無防備だろうが吐瀉物まみれの髪の毛の匂いを嗅いで興奮するほど私はマニアックではない。例え仲間由紀恵よろしく黒髪ストレートの可憐な美女だったとしてもだ。
疲れ果てて私も一眠りしたいところだが、楽屋やソファーは戦死者達でもう一杯だ。仕方なく上着を羽織り床で眠る。
参加者ではないにせよ私もかなり呑んでいた。寝心地の悪い汚れた床で、遠く離れた土地での孤独に苛まれる事なく、何だかとても良い気分のまま朝までしばしの眠りについた。
翌朝、こんな馬鹿馬鹿しい宴に呼んでくれたまだ一向に起きる気配の無い翔に別れを告げて、高速バスに乗るため高崎駅へと向かったのであった。
私は今後絶対に群馬県での彼が参加する打ち上げでイッキ飲みなどするものかと固く心に誓ったのだが、
彼がいない所でもどういうわけか毎回のようにろくでもない輩に絡まれて知らない間の一瞬で目の前のグラスが空になっている。
類は友を呼び、呼ばれた友は人懐っこく私に話しかけてくれるし、話しかけられたら最後、どんな話をしたかなどほとんど記憶にない。せっかく見知らぬ土地で仲間が出来たはずなのに次会う時にはまるで初対面のような余所余所しさ。申し訳ない、顔はなんとか覚えているが。
決して無茶な呑み方をしたいわけではないのだが、なぜかアイツが横にいて酒を勧めてくるとその盃を受けてしまう私がいた。
気づけばいつもアイツは笑っていた。明日の事なんて知らねぇよと言わんばかりに、アイツの周りは今だけをとことん楽しむ大馬鹿者の愛すべきろくでなし達で溢れかえっていた。
あれから何年の月日が流れ、何度酒を酌み交わしただろうか。
彼の訃報を聞いたのは自宅のバルコニーでタバコを吸いながらTwitterをチェックしていた時だった。
バンドのアカウントでの投稿で詳細は何も書いていなかった。すぐに群馬の色んな仲間に連絡をして何か些細な情報があれば教えてくれるよう頼んだ。思えば皆、アイツが繋げてくれた縁ばかりだった。アイツがいなければ一生知り合う事もなかったであろう。
死因は急性アルコール中毒。自宅にたどり着いて玄関先で眠って、翌朝ご家族に冷たくなった体で発見されたらしい。
最期の別れを言いに向かったお通夜の会場でも、何年ぶりかに会う面々がたくさんいた。まさかこんなにも知っている顔がいるとは思っていなかった。
そのほとんどが、アイツが出会わせてくれた人達ばかりだった。
ライブで共演する度に、打ち上げに参加する度に、酔い潰れてその辺で寝転がっていた時のよく見る顔でアイツは眠っていた。
一つ違うとすれば、もう目を覚ます事もなければ「またな」と声をかけてもそれは決して叶わない約束になってしまうという事だった。
友よ、叶うならば、名前も覚えていないあのラーメン屋に、もう一度一緒に行きたかった。最期までこよなく愛した酒と仲間に囲まれたアイツと過ごした時を、私は決して忘れる事はないだろう。