バンドマンのエレジー15

■バンドマン、やめられない■

バンドの顔と言えばもちろんボーカルである。ある意味一番簡単なパートであろう、楽器が出来なくても譜面が読めなくても関係ない、声さえ出れば誰でも出来る。
曲なんて作れなくて良いし歌詞も書かなくて良い、金さえ払えば専門家が楽曲を提供してくれる。
なんならリズム感が無くても音痴でも構わない。歌詞なんて覚えてなくて良い、最悪ラララールルルーシャバダバで誤魔化せば良い。
本当に気楽に始める事が出来る素晴らしいパートだ。
ただし、そんなボーカリストに魅力を感じて協力してくれる人間がいるかどうかという話になれば別である。

以前書いた筆者が通っていた専門学校でもボーカル志望者なら腐るほどいた。
各パートで課題曲を練習してスタジオに集まって順番にセッションするアンサンブルの授業では、人が余りすぎて時間内に収まらないのでボーカルだけ3人ずつ歌わせて回していたぐらいだ。
しかし厳しい言い方だが、これほど有象無象がたくさん集まるパートも珍しい。当時筆者はボーカルではなくドラムを学んでいたのだが、私が歌った方がよっぽどマシであろう奴らがうようよいた。

まず何よりも、シンプルに声が小さくて絶望的に下手な奴らばかりだった。
それだけならまだ練習すればなんとかなったのかもしれないが、
シャツやズボンのワゴンセールのカゴからランダムに掴んだ物を着てるのかと疑うような服や、いつまで義務教育の校則を守っているのかと思うようなモッサリとした髪型。
覇気も自信も無さ気なショボショボの表情で、歌うとなったらもちろん棒立ち。
大学生がカラオケに来てるのであれば別に気になることもない出で立ちだが、少なくともマイクロフォンを手に取り人前で歌って飯を食っていけるようになりたいと願う人間とは思えない。
ファッションや派手さが全てだとは言わないにしても、そんな奴らにバンドを組まないかと誘われて一緒にやるヤツの気が知れないし、実際そいつらがバンドを組んで何かしらのオーディションを受けたなんて話すら聞いた事もなかった。積極性すらないのにバンドのボーカルなんて務まるわけがなかろう。(っていうかあの人達がライブやったりしてんのマジで見た事ないけど何のために来てたの?)
辞めろとまでは言わないが、無個性で消極的なままステージに上がってもすぐにメッキは剥がされる。向いてないのではとは思う。

どちらかと言えばボーカリストとしての実力は未熟であったとしても、
特別な雰囲気を持っていたり強烈に個性的だったり破天荒だったり、とんでもなく特殊な歌声や歌唱法だったりする人間の方が圧倒的に向いている。俗に言うカリスマ性ってやつだ。
だが、実はこういう人種のボーカリストの方がバンド活動においては苦労したりする。我が強すぎるからだ。
自分のやりたい音楽を書きたい歌詞で歌いたいように歌うなんて、まさにワガママの化身である。
その音楽を具現化するために理想のメンバーを探さなければならないのだ。
妥協すれば途中で嫌になるし妥協しなきゃしないでなかなか見付からない。
お前とやりたいんだ!と言ってくれる人がいれば良いが、そいつが自分の求める演奏が出来るかは別である。

筆者もザ・パイロッツというロックバンドを組んでいるのだが、このバンドを立ち上げてから最初のステージを踏むまでなんと6年もかかってしまった。
ハンパなライブをやりたくないという思いが強すぎて厳しい練習をメンバーに課した結果去っていく奴もいたし、現在のギタリストとベーシストが一緒にやってくれるようになるまで、何と9人もクビにした。そして未だに正式なドラマーは決まっていない。

もちろん当時の私に魅力が無かっただけの話でもあるし、人間的に難があった部分もたくさんあったのであろうが、
妥協無しに理想を叶えるというのは中々に大変な事なのだ。
おかげさまで私はなんとかライブ活動が出来るところまで持っていく事が出来たが、いつまで経ってもメンバーが見付からずに企画倒れするヤツだってたくさんいるし、
メンバーが脱退してボーカル一人だけになってからいつまで経ってもバンドでのライブが出来ずに知らない間にギター片手にソロシンガーとして活動している人も少なくない。

楽器を演奏する人間ならばライブのサポートの仕事をしてお金を貰うなんて事も出来るのだが、
ライブでボーカルがいないから歌ってくれよなんて話はほとんどないし、
コーラスやCMソングを歌う仕事なんて個性よりも圧倒的に歌唱力の方が必要になってくるので大体のバンドボーカルにはそんな仕事は入らない。そもそもそんな仕事を貰える奴は売れないロックバンドなんてやっていない。
変な言い方になるが、ボーカリストというのは圧倒的に不利な立場にいるのだ。

かと言って歌をうたう事は決して辞められない。きっと第一線を退いてライブ活動をほとんどやらなくなったとしても、歌う事を辞める事は少なくとも私には出来ない。
ステージに立って自分の心底歌いたい歌を思い切り叫ぶのは、
いつの日だったかテレビや客席から見ていたあの大好きなシンガーへの猛烈な憧れを体現出来る場所であるし、
その時に想像していた何倍ものエクスタシーを感じる事が出来るからだ。
もちろん毎回大勢の観客の前で出来るわけではないし思うように歌えない事だってたくさんあったが、
まるで魔法にかかったみたいに全てが自分の思うままになるのではないかと錯覚するほど自由に歌える瞬間がある。
どこまででも声を伸ばせる気がするし、息切れもしない。何もかもが自分の味方であるように思えるのだ。
そんな日のステージの終わった後はいつも以上に疲弊して、話すことすらままならない程フラフラになってしまうのだが、呼吸を落ち着けてから呑むビールの味は何物にも代えがたい。

あのロックスター達もこんな気持ちで歌ったのかな?なんて思いながら今日も私達はマイクに向かって思いを込めて歌をうたうのだ。
痺れるような宙に浮くようなあの感覚を、もう一度、もう一度と、いつまでも死ぬまで追い求めるために。
そして最高のロックンロールで踊り狂って涙を流す誰かが作り出してくれるその景色を、いつまでも焼き付けて忘れないためにだ。

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