バンドマンのエレジー22

■バンドマン、持ちつ持たれつ■

ライブハウスのスタッフでブッキングマネージャー、通称ブッカーという役職がある。
ライブハウスがイベントを開催する際に一から企画を立ち上げてバンドに声をかけ出演者を募り、出演順やチケット代金、日程に開場開演その他諸々全てを調整し、
お客がたくさん来てくれるような一日を作り上げるイベント制作のスペシャリストだ。
店長が同じ役割を兼任する事もあるが、
だいたいのライブハウスに在籍しているなくてはならない役職で、店舗によっては複数名存在している場合もある。

実は筆者も大阪のとあるライブハウスでこのブッカーの真似事をしていた時期があった。
私の場合は少し特殊で、ブッキングマネージャーとしての肩書きを借りて名乗らせてもらっていただけの、
実態はただのイベンターだった。
一年ほどの期間しかしていなかったし正式に雇用契約を結んでいたわけでもないので月に2、3回のブッキングイベントを企画するだけだったのだが、
そんな私でさえもう二度とやりたくないと思う程に、このブッカーの仕事というのは実に精神的にくるというか、まったくもって一筋縄ではいかない業務なのだ。

誤解のないよう最初に言っておくが、ブッキングマネージャーとは素晴らしい仕事である。
全国から集まってくるツアーバンド達や、地元のイチオシやまだ駆け出しのバンド。彼らに同じ日程に出演してもらい交流を深めさせ、生涯の仲間と出会う瞬間を目撃することも出来るし、
自分が作り上げたイベントを見に来るお客に最高のショーを提供し、音楽と酒に酔いしれるその笑顔と熱量を間近で感じる事も出来る。
是非とも売れて欲しいと応援している直向きな努力を積み重ねる若者を、時には厳しく叱る事もあれば時には涙を流して共に喜ぶ事もある。共に切磋琢磨して高みを目指す存在だ。
若きバンドマン達がたくさん集まってくるライブハウスにおいて、彼らの夢を一番身近で応援出来るポジションなのだ。

とは言うものの、物事はそう簡単には行かない。
ライブハウスも商売である。一日の内、最低限稼がなければならない金額があるのだから、
バンドの集客数も考えてある程度の出演者数を揃えなければならない。
例えば都内のライブハウスで2,000円のチケットで最低100人はお客が入らないと赤字になるというならば、
お客を3人しか呼べないバンドが3組しかいないのでは話にならない。
それゆえに以前エッセイに書いたチケットノルマを出演者側に課すのだが、
一度チケットノルマを課した出演者に、同じ月の違うイベントに同じ条件で出てもらうのは難しい。
1ヶ月30日として、一日に必要な出演者数は最低5組とする。チケットノルマは各バンド20枚。
一つのバンドが一度しか出演しないと考えるならば単純計算150組の出演者が必要だ。

すなわち、そもそもそんなにバンドが集まらないというのが最初にして最大の課題なのだ。
皆がみんな出て欲しい日程のスケジュールが空いているわけではない。当たり前といえば当たり前だ。
毎日毎日たくさんの出演者に電話やメールをしてスケジュールを確認する。
すぐに返信があるなら例えNGでもすぐ次の日程に誘えるのだが、
返信がめちゃくちゃ遅いバンド相手だと本当に困る。
やっとのことで全出演者が揃ってタイムテーブルを出したと思ったら「その日出演オッケーですー」なんて今更連絡が来る事もあるし、
なんだかんだいつも出てくれるから大丈夫かな?なんて油断していたら「遅くなってすみません無理ですー」なんて事もザラにある。もういい加減にしてほしい。

それにライブハウスによってはもっと出演者が必要なところもあるので何度も同じバンドに声を掛けなければいけないこともあるし、
ノルマの枚数がはね上がるところもあるのでバンドの負担がデカ過ぎるし、諸々嫌がられて敬遠される場合がある。
にも関わらず日程を埋めなければいけないのは一ヶ月だけで良いわけではない。
今月が終われば来月が、来月が終われば再来月が、毎日毎日埋まらない日程の山に悩まされる事となる。
そりゃ10円ハゲの一つも出来て当然である。

都内のライブハウスのように連日イベントを埋めなければならないのもなかなか厳しいが、これが地方のライブハウスだとまた別のベクトルで大変だ。
地方のライブハウスでは基本的に土日・祝日しか営業していない場所がたくさんある。平日のブッキングを埋めようとしてもまず間違いなく毎日は不可能だ。
理由は簡単、そもそもの人口が少ないのだ。バンドをやっている人間などもっと限られている。
それゆえに土日・祝日のイベントで、ダンスホールがスッカスカのイベントばかりだと、経営そのものがまったくもってやっていけない。ブッカーは躍起になってイベントを組んでいかねばならない。

しかし、例えば筆者のようなツアーを回っている演者からの連絡で平日にやらせてほしいと言われる事がある。鼻から断るライブハウスもあるが、決して断らずに二つ返事でオッケーしてくださる場所もある。
本当に感謝しかないのだが、あっさりオッケーしてくれた反面、裏を覗いてみるとかなりてんてこ舞いだったりする。
ただでさえバンドがいなくて困っているのに、埋めなければいけない日程が一つ増えたのだ。
当然平日にライブをやる習慣がない方が多いので、休日以上に出演者は集まらない。
内容の良し悪しは別にしてやっとの思いで形に出来たとしても、
演者ですら平日のライブハウスに来ないのに一般のお客さんがたくさん来てくれるはずもない。
フタを空けてみればホールはガラガラでろくに儲けもない。しかし人件費は休日と同じだけかかるのでライブを開催するだけで赤字ってこともあり得る。
10円ハゲがもう一つ出来て合計20円になったのに、抱えた赤字は比ではない。その20円ハゲが実際に硬貨として使えたところで雀の涙にも満たないのだ。

ブッカーの仕事がいかにライブハウスにおいていかに重要で、いかに面倒で神経をすり減らす業務か分かっていただけるだろうか。
場所により数の差はあれど、それだけ何本もイベントを組んでいるのだから失敗する時だってある。
そんな時、ライブハウスのいろはもわかっていない不届き者のクソバンド達からは、ろくなライブもやっていないくせに集客数の低さや対バンの質に文句を言われたり、ネットで二度と来るかと書かれたりする。
さすがにそんな奴らは滅多にいないが、そんなギリギリのイベントばかりが重なると評価に直結してしまうのもまた事実だ。

営業していく上で仕方のない事だとは言え素晴らしいブッカーの方ほどバンドマン達にノルマをかけたり何本も何本もオファーをするのを心苦しく感じるモノだ。
ビジネスライクに振り切っている人の方が実はこの職業に向いているのかもしれないが、
ブッカーには現役だったり、昔バンドをやっていたという方が圧倒的に多い。
仕事はしなければいけないが大好きなバンドマン達を苦しめたくないジレンマに逆に苦しめられ、心を病んでしまい現場を退いた人も少なくない。
しかし、彼らがいないとライブハウスで最高のロックンロールを体感することも、
まだ未熟なバンドがグングン成長していき、やがて誰かの人生を変える瞬間を目撃することも出来なくなるのだ。

若いバンドマン達にお願いがある。
どうかこのブッキングマネージャーという職業の人達をどうか嫌わないであげて欲しいのだ。
バンドをただの穴埋めの数合わせとしか思ってない、金づるとして扱ってくるクソみたいな勘違い野郎のブッカーももちろんいるのだが、そんな輩はほんの一部しかいない。
ノルマをかけられてお客を呼べなければ多額の金銭を支払わなければならないのはわかるが、このご時世でライブハウスが存続するためにはある程度理解を示さなければ始まらない。
たまには怒られたり聞いてもいないアドバイスをしてくるが、それは少しでも君たちのステージを良くしていきたいと思う愛があってこそなのだ。
ロックをやっている君たちに大人の言う事を聞けとは言わない。参考程度に聞き流しても良い。実のところ何も言われないよりよっぽどマシなのだから。

全国様々なライブハウスでツアーを回らせていただいた筆者にとって、
ブッカーの方や店長さん始め、ライブハウスのスタッフの方々というのは無くてはならない存在であったし、時にはその関係性の垣根を越えて衣食住まで世話になった事もあった。
ごちゃごちゃ説教を垂れられるのが嫌ならば、問答無用で圧巻のライブが出来るようになる事を目標にすべきだ。
ノルマを課されるのが嫌ならば、まずはお客をたくさん呼ぶ方法を模索するべきだし、ブッカーと相談していく道もある。どうか搾取されていると解釈するよりも、自分達がどうすれば金銭的に潤うかを考えていこう。
未だにまったく人気のない私が言うのもおかしい話であるが。

ライブハウスとバンドを裏方で支える縁の下の力持ちの筆頭であるのが、このブッキングマネージャーという仕事だ。
二人三脚で、過酷なスターダムへの第一歩を踏み出すパートナーとして、
どうか固い絆を築き上げていって欲しいと思う。
そのためにはまず、ブッキングを貰ったらすぐに返事を返してあげてくれ。
とりあえず「ちょっと待っててくれ」の一言で良いのだ。
ブッカーに30円目のハゲを作りだすのは何としても阻止しなければならぬぞ。一銭にもなりはしないのだ。
経験者として言わせてもらうが、返事来ないの本当にツラいんだよ。ぐすん。

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