バンドマンのエレジー3

■バンドマン、色々間違える■

憧れというものは何とキラキラと美しいモノか。
それ以上に、何と人の人生を狂わせるのか。良くも悪くも。見ようによっては最悪にさえなり得る。それはもう笑ってしまうほどに。

筆者が初めてギターを手にしたのはもう20年以上も前になる。
X JAPANのhideが亡くなったというニュースが日本のロックファンに衝撃を与えたその時、ポケモンと遊戯王カードとハイパーヨーヨーに夢中になっていた私は衝撃を受けたのだ。
初めて有名人が亡くなったというニュースを意識して見ていたかもしれない。告別式会場となった築地本願寺にてパニックに陥る現場。
hideとの別れを惜しみ溢れかえった何万人もの人達、中には泣き崩れて失神する者もいた。
出棺の際、余りにも集まりすぎた人々の混乱を制御すべく集まった警察官達の制止を振り切って霊柩車を走って追いかけるファンの姿。

「なんだこれは?家族でもないたった一人の人間が死んだというだけで、こんなにもとてつもない事件が起こるのか?」と、私はとにかく食い入るようにテレビ画面を見つめていた。
その後放送された特番を見ていた私はhideという人間の魅力と彼の音楽のどうしようもないカッコ良さに惹かれ、それまで何の興味も示さなかったギターが気になった。
姉が持っていたZO-3という象の形をしたスピーカー内臓ギターを借り、経験者である父親にまずドレミファソラシドを教えてもらい、独学で適当にhideの曲のギターをコピーし始めた。
少しずつ、少しずつおこづかいを貯めて翌年初めてギターを買った。確か30000円ほどのグローヴァージャクソンというメーカーの真っ黒のギターだ。
私はだんだんギターに夢中になり、ロック好きの姉が部屋にいない時間を狙って勝手にCDをテープに録音した。エアロスミス、ジェフ・ベック、ディープパープルにキングクリムゾンにレッドツェッペリン、ロックとはなんと輝かしいモノなのだと陶酔していった。
この辺りから、筆者に限らず全ての音楽初心者の少年達は間違いを犯し始める。
夢中になっていくというのはなんとも素晴らしいモノでもあるのだが、その反面視野が狭くなってとんでもない勘違いを引き起こすモノなのだ。
ギターを持つからには自身もカッコ良くなければならない、そう思った少年達に「ファッション」という最初に越えなければならない壁が訪れる。
それまで母親が買ってきたどこのブランドなのかもわからないシャツやトレーナーを着て、冬は暖かければ何でも良いというような着太り上等のよくわからない色のジャンパーを着ていたような少年達に、ファッションセンスなど欠片もあるはずがない。
運動が出来て明るく面白いクラスの先頭に立っている男の子が好きな可憐なアイアンメイデン達に対して、
そもそもファッションセンスなんてものはそれまで必要ですらなかったのだから、オナニーは覚えていたとしてもセックスなど程遠い童貞少年達には荷が重すぎる話だ。
私が最初の間違いを犯したのはここだ。

hideが好きになりギターを始めて、そのうち「バンドやろうぜ」という今はもう廃刊になってしまった雑誌を買い始めた。
今では考えられないが出版社に葉書を送り、自分の住所を送ってメンバーを募集するいわゆる「メン募」に実家の住所を送った。なんととんでもないことをするものだ、住所で電話番号を調べて連絡してくるまだ見ぬメンバーからの電話を受けた母親からこっぴどく叱られた。
勝手に雑誌に住所を乗せて親にこっぴどく怒られた筆者だが、なんとか応募してきた何人かと連絡を取り合う事に成功した。
しかし、いわゆるビジュアル系の走りである時代を生きたhideが好きと書いてしまえば当然寄ってくるのは同系統の人達ばかりである。
そして私も、ビジュアル系バンドを主に特集していた音楽雑誌を購読しているとそのようなファッションの広告をよく目にする事になる。
「これだ、これがカッコ良いんだ」
いや、違う。そういうファッションは素晴らしいとは思うがお前は絶対に違う。
しかし運の良いことに挫折はすぐに訪れた。

メンバー募集で応募してきた女の子と会う事になり四条河原町で待ち合わせ。
バンドがやりたくて載せたメン募記事だが、生まれて初めてのそういった初対面の女子との待ち合わせに胸が踊る下心満載思春期全開の私は、精一杯の気心を込めて服を選んだ。
グレーの半ズボンにバスケットシューズ、ニューバランスの白いTシャツ。残念ながらこれが限界だ。
待ち合わせ場所に来た彼女はそこまでコテコテのV系ファッションではなく、茶髪のショートカット、黒のTシャツに迷彩のベストというボーイッシュながらも可愛い女の子だった。
若さ故の無防備なのだろう、すぐにその子の家に行く事になり私は恥ずかしながら期待と興奮で一杯だった。もちろんバンドに対してではない。
男性読者諸君に過度の期待をさせないよう初めに言っておこう。残念ながら、当然ながら何もなかった。

その子の家に着き部屋に入るとV系バンドのポスターやグッズが所狭しと並べられており、私の好きなhideのグッズもたくさんあった。
色々話していくうちにV系のファッションに興味があるという話題になった。その子が持っている服を試しに着ても構わないと言われたので、太ってはいなかったがそこそこポッチャリだった私でも入るかもしれない服を選んで着せてもらった。
メイクをしてみてはどうかという提案を受けて着替える前にメイクを施してもらった。
白塗りに濃いめの黒いアイシャドウを付けてもらい、口紅はどうしても抵抗があったのでツンツンの長い鋲が口周りに着いたフェイクレザーのマスクをつけてもらい、ついでに髪の毛もスプレーでガチガチに逆立ててもらった。
なかなか悪くない、産まれて一度も手入れなどした事がないボーボーの眉毛が気になるが、それは追々なんとかなる。
いよいよ試着だ。これまた鋲が所々に着いたノンスリーブのフェイクレザーのジャケットに、太ももが15㎝程丸見えになって膝辺りからチェーンで繋がれているこれまたフェイクレザーのパンツを借りた。
全身フェイクレザーと鋲だらけで武装した私の心は踊っていた。今まで体験した事のない世界が私を待っているのだと、ワクワクしながら鏡を覗いた。

ハムだ。ヒモで括られたハムが四本見えた。
自分と全然体型が違う女の子の所有物なのだから服がパツンパツンになっても当然なのだが、
ノンスリーブの袖からはみ出す二の腕、そしてばっくり開いたパンツからはみ出す太ももとそれに食い込むチェーン。
フェイクレザーの上からでも分かる胸と腹の余計な贅肉。
私は何も感想を述べようともせず黙って服を脱ぎ、洗面所とシャンプーを借りて化粧と髪の毛の整髪料を落とした。とりとめのない会話をし彼女の家を後にした。それ以来彼女とは会ってもいないし連絡も取り合っていない。元気にしているのだろうか?
痩せなければ。日本中のロックファンから愛された輝かしいアーティストhideのようになりたかった私の願望は、将来X JAPANのステージに立つ事になるとは夢にも思わない、ロックを始めた頃の太っていた松本秀人少年のような気持ちになる事に見事に成功しただけで儚くくだけ散ったのであった。

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