夏の点描
海の近くのコミュニティFMでは、サーファー向けの波情報が淡々と読み上げられている。
ボヨボヨとかダラダラとかいう波用語を、意味のわからないまま聞きながら、外出の支度をする。
入道雲に向かって、雲見通りを進む。
「左ヶ丘」の大きな電波塔を横目に見ながら。
今日の雲は、刷毛で薄くはいたよう。
雲ラジオで雲情報も流してくれないかな。
フェンスで仕切られている川沿いの道に入る。
遠くには道路や電車の橋がいくつも見えるけれど、この道には何もなくて、それがいい。
この道を、一人で自転車で進む。
自転車の真ん中で、風を浴びながら進む。
川遊びをしている人たちがいる場所を通り過ぎたら、川の色が深くなって潮の香りがしてくる。
風の感触が変わってきたところで、カモメが隣にきて、速度を合わせるようにして飛んでいる。
自分も羽を広げているような心地がして、
なんだか一緒に風にとけているみたい。
カモメがふっとそれて行ってしまったところで、海が見えてきた。
遠くに船らしきものが浮かんでいる。
突き当たりの海を左に曲がる。
海沿いの大きな公園には、
いつもの顔の見えない雲売り。
小さな雲が風船みたいに浮かんでいる。
その風船をひとつ買う。
自分の上に、ひんやりした雲。
上から降ってくる小さな冷気が気持ちいい。
今日の風船は少し水色でフワフワしている。
その風船の紐を、カバンから出てきた君に渡す。
君はひとしきり冷気を楽しんで、それから手を離す。
風船は、ゆっくり海へ飛んでいく。
2人で、そっと手を振って見送る。
だんだんと小さくなる水色の雲。
遠くの船の、さらに後ろの入道雲のところへと
帰っていくみたい。
波の音は静かで、たぶんボヨボヨのダラダラ。
波乗りには向いていない波も、海で遊ぶにはいいのかもしれない。
雲のラジオが雲の中から放送されるなら、
波のラジオは波の中から放送されるのかな。
君はまたカバンに戻ってしまった。
雲のフロートドリンクを買ったら、また出てくるかな。
飛行機の後ろに、細い雲が伸びていく。
また、あのカモメに会えるかな。
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