雑誌 『海 1970年6月号 創刊一周年特大号』

しばらく本が読めないでいたが、今回はどうやらNHKラジオ「らじる★らじる」で聴いた《朗読の世界 夏目漱石「坊ちゃん」》に救われたようだ。/

雑誌は「雑死」に通ず。
誰も知らずもはや誰も読まない物ならさらによい。/

ビュトールの作品が掲載されているので手に取った。
一瞬、幻の作品『モビール』の一部かと思ったが、特別寄稿とあるからどうやら違うようだ。解説にも『モビール』の一部だとは書いていない。
思いがけず、辻邦生の『背教者ユリアヌス』(十二)が併載されていたので、これ幸いと読んでみた。
辻邦生は『言葉の箱: 小説を書くということ』でリルケの「一輪の薔薇」※の詩を教えてもらったのにもかかわらず、肝心の小説は読んでいなかったのだ。/

※ 「一輪の薔薇」:
《Une rose seule, c’est toutes les roses. (注「ただ一輪の薔薇、それはすべての薔薇だ」) (略)》(「ただ一輪の薔薇 ― 辻邦生の啓示」/「カバの背中に乗って」森下辰衛の公式ブログより。)/


◯「雪 ブルームフィールドとバーナリーヨのあいだで」(ミシェル・ビュトール/清水徹 訳):

モルモン教と聞いて、最初に浮かんだのはコナン・ドイル『緋色の研究』だ。血の連鎖。
だが、モルモン教の歴史を間に詩を挿入しながら描いて行くこのエクリチュールを読んで行くうちに想起したのは、トクヴィルの『アメリカの民主主義』だ。
ひょっとして、これがビュトールの幻の作品『モビール』なのだろうか?
これは歴史書か?小説か?散文詩か?それともエッセイか?いや違う、『モビール』だ!/


【『モネルの書』にはこう書いてある。

雪、血、諸国民、奴隷 
白楊の葉の 
喪の、オリヴァー・カウダリーの署名、 
皆殺しの戦士たち、 
砂 轟く嘆き、雪。 

「このような有様は、すこしの光もなく三日のあいだ続いて、すべての民のなかにたえず大いなる哀悼の喪と轟く嘆きと泣き叫ぶ声とがあった。左様、襲いかかった暗黒と大いなる破壊のため、民ははなはだしく呻いたのだった。」】/


【雪、衣 疑惑の、署名 
フランソワ・ヴィヨンの 復讐の 
冠の、暗黒、版の 
接吻の
象嵌用黒金の 戦争の、雪。 

「禍あれ、禍あれ。この民に禍あれ。全世界の住民たち悔い改めずば禍あれ。わが民のうちの美しき男子(おのこ)と女子(おなご)との殺害を、悪魔笑い、その使いたちあいともに楽しみ喜ぶが故なり。しかもこの美しき男子と女子の亡びたるは、彼ら自身の為したる悪事と憎むべき行いの結果なり。(以下略)】/


【ミシェル・ビュトールはあるエッセーのなかで「自分はいまでは、各頂点がそれぞれ普通の意味での小説、(略)詩、(略)評論にあたる三角形の内部を、自由に散歩できるようになった」と語っている。ここに訳出した作品は、まさに、そうした三角形の内部を自由に歩きまわって書かれたものだ。
この作品のいわば地となっているのは、(略)ニュー・メキシコ州に滞在中のビュトールが、(略)ユタ州にあるモルモン教会所属の大学へと旅行をしたときの印象である。その生地の上に、モルモン教聖典、アポリネールの『坐った女』、マルセル・シュウォブの『モネルの書』などからのおびただしい引用(略)がちりばめられており、(略)詩のようなものまで挿入されている。】(清水徹「解説」)/


【この作品の末尾では降る雪が細かく引き裂かれた『モルモンの書』のページになぞらえられているが、この類比は「さまざまな書物の可動性を目覚めさせるモビールとしての一冊の書物」というビュトールの考え方を示していよう。】(同上)/


『モビール―アメリカ合衆国の表現のためのエチュード』(1962)は、『土地の精霊』(1971)とともにいまだ訳出されていない。訳出が待たれる。/

さて本書だが、僕が購入したことによって、Amazonのマーケットプレイスからも消えてしまった。
果たして、まだ誰か読む人がいるのだろうか?
拙い感想文しか書けなかったことの罪滅ぼしに、いるかいないか判らないが来るべき次の読者のために目次を引いておこう。/

◯ 「雪 ブルームフィールドとバーナリーヨのあいだで」(ミシェル・ビュトール)
◯「あなた自身のためのレッスン」(清水邦夫)
◯「聖なる岬」(高橋睦郎)
◯「世間噺・マルゴ王妃 四」(渡辺一夫)
◯「記憶についてーーS・ソンタグ『死の装具』/堀田善衛『橋上幻像』ーー」(粟津則雄)
◯「疑わしい人ーームロジェク『カロル』/飯沢匡『もう一人のヒト』/別役実『スパイものがたり』ーー」(種村季弘)
◯「書いていない時の作家」(金井美恵子)
《特集・終末論ーーあるいは時間からの脱出ーー》
◯「始原論と終末論」(青木保)
◯「終りなき終り」(高橋康也)
◯「ユートピアの精神」(E・ブロッホ)
◯「現代のアポカリプス」(F・カーモード)
《連載》
◯「富士」(武田泰淳)
◯「背教者ユリアヌス」(辻邦生)
◯「嫌悪の狙撃者」(石原慎太郎)

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