クロード・シモン『アカシア』(平岡篤頼 訳)
立教大学で開催された 「20世紀フランス文学の検証—ミレイユ・カル=グリュベールの文学批評を中心にヌーヴォー・ロマンとその後の系譜を追う」のイベントに参加するので手に取った。
今回のイベントのメーンは、クロード・シモンだったから。
イベント当日まではなんとか根をつめて読んでいたが、終了とともにしばし本書から遠ざかってしまった。
読書を再開すると、ある時点から、このあまりにも晦渋な(けっして『フランドルへの道』ほどではないが)戦いの物語がもう一つの終わりなき敗走の物語と同期した。
それは、僕の人生の苦闘の物語だった。
果てしなき敗走、底なしの真っ暗な穴の中にどこまでもどこまでも墜落していく悪夢。/
【縦隊の先頭が十字路で右折し、ついで突然叫び声と、重機関銃の一斉射撃が起こり、縦隊の先頭が逆もどりすると、今度はべつの重機の音が後方でおこり、縦隊の後尾がギャロップをかけ、騎兵たちが入りみだれ、ぶつかりあい、混乱、騒ぎ、無秩序、さらに叫び声、銃声、矛盾する命令が飛びかい、ついで彼自身も無秩序、悪態そのものと化し、
ー中略ー
ついで突然なにも(略)わからなくなったのであって、まっ暗になり、音もしなくなり(略)、耳も聞こえず、目も見えず、わけがわからなくなり、そのあげくにやがてゆっくりと、(略)輪郭のぼやけたぼんやりとした色のものがあらわれ、(略)ついではっきりとしてきた。
ー中略ー
彼は叫んでいる最中の負傷兵を眺め、すぐそばの土手の斜面に、頭を下に、腕を十文字にひろげ、凝固した顔が不意を打たれ、信じられないといった間ぬけな表情を浮かべて、息絶えた死体を見つめていたが、】/
シモンの作品はまだ、『路面電車』、『フランドルへの道』と本書の三冊しか読んでいないので、あまり知ったようなことは言えないが、この物語はシモンの中では比較的読みやすい方ではないだろうか(といっても、もう『路面電車』の読み心地がどうだったかなど定かではないのだが。)?
訳者あとがきで平岡先生が披露してくれたような見事に明晰な読みには達するべくもないが、まあ一周目としては読めたことだけを喜びたい。