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シンガポールの葬送 3 分解者

 実際に使われている墓を見学させてもらった後は、2階の客間で引き続きお話を伺うことができた。こちらは高級車のディーラーといった雰囲気である。
「すみません。あまり他の利用者のことをお尋ねするべきでないのは承知していますが、先程のエレベーターフロアにいらっしゃった方々、ムスリムですよね?」
「はい、おそらく」
「その、ムスリムやカトリックの厳格なところは基本的に火葬を拒まないですか?」
「ああ、そのことですか。HPに非火葬というところがございます。こちらでは土葬もご選択いただけるようになっています」
「ビル型で土葬?どういうことですか?」
「これはヴィフィンテックスと呼ばれる微生物を大量に混ぜた土が詰められたケースに一旦土葬し、数週間かけてご遺体の肉を分解する手法が使われています」
「えっ?」
 一瞬、耳を疑った。
「経過でいくつかの処置が必要ですが、ほぼ完全に肉部分が分解された後、ケースから土を除き、丁寧に骨を取り出していきます。それを再度骨壺に入れ、火葬された方と同じ形になります。」
 言葉に詰まった。
「日本人からすると驚かれるのも無理はないですね。私も当初はその技術と使われ方に度肝を抜かれました。ただ、これは結構普及するのではないかと見ています」
「それって火葬を拒むような方からは結構受け入れられるものなのですか?」
「そこは本当に人によるとしか申し上げられません。火葬よりも強い拒絶反応を示す方も当然いらっしゃいます。しかし、都市国家で土葬というのは本当に難しいですから、代替手段として受け入れる向きがあるのも確かです。勿論、全体の利用者比でみれば、火葬を選択される方が大半ですが」
「ちょっと理解が追いつかないというのが正直なところですね」
「そうかもしれません。でもヴィフィンテックスを遺体の分解に最初に採用したのはイスラム教国家のアラブ首長国連邦ドバイです」
「もし、お金持ちであれば別の土地に土葬墓を購入するのではないですか」
「いえ、必ずしもそうではないみたいです。私もあちらに詳しいわけではないのですが、都市の中で生活を完結させたいという考えもあるようです。ご遺体の埋葬と教義の折り合いをつけることがイスラム教としても喫緊の課題になっているのです。それにこの技術が誕生する形で新たな形態の信仰も生まれています。完全に分解され清潔な形になった骨を高級な壺に入れ、自宅に陳列するというものです。ある意味では祖先信仰に近いのかもしれません。資産運用で成功した方のそれが威厳を示す道具にもなることもあるようです」
 亡くなった者が極めて物質的に扱われている。しかもそれは実際に物として遺族の元に置かれる。あくまで非イスラム教徒の押し付けに過ぎないが、イスラム教的死後とは乖離しているようにも思う。
「ヴィフィンテックスはまだ少し高いですから、導入も簡単ではありません。ただ、今後は韓国や日本、台湾でもこうした施設が建設される可能性は大いにあります」
「はぁ…」
 火葬を拒み、天に還る形で埋葬されたいという人はいるに違いない。最近ではそうした人々が土葬を受け入れる墓地を探し回っているという話が度々記事になる。しかし、ヴィフィンテックスのやり口には「こういう形であればどのような処理が施されても良いだろう」という意図が見え隠れする、ように私には思える。日本で同様の扱いを受けるのは、生ゴミや有機分解プラスチックくらいである。抵抗がないという方が不思議である。
「土に還る速度を加速させている、という考え方で受け止める方が多いです。ここは熱帯ですから、ご遺体の扱いの最重要事項は清潔と早さになります」
「何とも先進的というか、いや進歩的ですね」
「はい、これも都市国家の密集と多様性が成すものです」
そう締めくくられた時、私の元にアイスコーヒーが運ばれてきた。
「コーヒーは大丈夫ですか?」
 いよいよビジネストークが始まると思って少し身構える。
「いやぁ、そう長居はしませんから、お構いなく。コーヒーは好きですけれど」
「ははあ、さてはこちらに御父上を埋葬しませんかという提案をこれからされるとお考えでしょう。それはご安心ください。実は私、生前お父上と親交がありまして、大方どういう意図でこちらにいらっしゃったのかは承知しているつもりです」
「やはり、そうでしたか。そんな気がしていました。ただどういう意図かまで読まれているとは。ちょっと恥ずかしいですね。父とはどういった経緯で?」
「私が日系二世で元々は父の同僚でした。その後幾度か会食させて頂く機会もありまして」
「なるほど、思えば私は父がこちらでどのような交流を築いているのかあまり知りませんでしたね。父は私のことなども話していたのですか?」
「はい、いい大学を出たのに小さな出版社でニッチな記事ばかりを書いている、と」
「うわぁ、全くその通りだ」
「私は悪いようには捉えませんでした。いくつかお書きになられた記事を拝読いたしまして、とても興味深い内容が書かれていると感じました」
「色々とお見通しということですか。こちらがちょっと頑張ったつもりが、お恥ずかしい限りです。それでも御親切にありがとうございます。申し訳ありません。父の遺骨は予定通りに日本に送ってください」
「そうしましょう。でも、お見通しなのは私ではなくお父上です。こちらで自分の火葬を執り行えば必ず御方がお越しになって、興味を持つだろうと仰っていたのです」
「はは、父は思っていたより私を知っていたのですね」
「たまにお会いするだけでしたが、必ず日本の家族のことをお話になる方でした。初めてお会いするのに、少し不躾ですが、お世話になりました」
「私としても、何から何まで驚きの連続ですよ。奇縁というのはあるものですね」
「これもお蔭さまです。謹んでお悔やみ申し上げます」
「恐れ入ります」

 私は懸命に思案していた勧められるプランを断る文句を口に出さずに棄却して、アプリで呼んだタクシーに乗ってSFDを後にした。頂いた日本語の名刺に、今日が全て父のシナリオの上にあったことを知らされる。

 私の帰国後に、父の遺骨は故郷の先祖代々の墓に埋葬された。勿論、動きも回りもしない古い墓である。
 あのシンガポール流の納骨堂が今後他国でも広まるのか、日本ではまだ動きがない。しかし、ソウルでは新型納骨堂の設置に向けて都心部で用地取得が進んでいるらしい。

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