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愉快なパノプティコン見学 前半

 僕たちは四角い豆腐のような施設に通されました。中は冷房が効いていて涼しく、仄かに消毒液の匂いがしたと思います。埃一つないとは言いませんが、比較的綺麗な廊下が一直線に続いていて、両側に配置されている部屋はガラス張りになっています。一応、僕たちを迎えるということで、機密情報を扱う作業は一時停止されていると聞きました。
 奥から二番目のモニタールームに通されると、番号順で着席して、係員の説明を聞きました。
「皆さん、ヴァーチャル・パノプティコンへようこそ。受刑者でない方を迎えるのは、こういった機会しかありませんから、私たちも嬉しいです。受刑者が収監されているのは、この積み木のように突き出た建物ではありません。この地下です。とても深く、絶対に出られない構造になっています。僕たちは特別なルートで行き来できますが、受刑者を送り込んだり、出したりするのは、私たちの仕事ではありません」
 モニターには大人が二人は入れるくらいのカーゴが映し出されました。下には台車のようなものがついていて、時速は10km/hくらいで動くのだそうです。
「これで秘密のルートを通って受刑者を運搬します。出入り口もこれに格納されていないと通れない仕組みになっていますから、どんな脱獄魔でも抜け出すことはできません。今回は特別に見学用のカーゴに乗って、実際に受刑者がどのような生活を送っているかを確認してみましょう」
 僕たちのC班(ユウヤ・奥坂、ヒロキ・砂沢、マリカ・東雲、サナナ・寿)は無人タクシーのような小さな箱に乗せられました。外側はゴツく厳めしい雰囲気でしたが、中はゆったりと寛げるような作りになっています。
「中に入った皆さん、この声が聞こえていますか?」
 ここから案内は自動音声に切り替わりました。実況動画でも頻繁に使われるような機械音声です。
「皆さんにこれからご見学頂くのは、終身刑に処される重罪人の独房です。あちら側から皆さんを見ることはできないようになっていますので、ご安心ください。このカーゴは警備用のロボットに擬態して、パノプティコン内を動くことができます。警備用ロボットは普段から周回しているので、受刑者たちは興味も持たなくなっています」
 案内されながら、僕たちはゆっくりくだっていくのが解ります。カーゴがエレベーターに乗ったようです。続いて横方向にゆっくりと動き始めます。音はとても静かですが、たまにカタリと揺れます。
「これ、カーゴのキャビンだけ曲がっているんじゃないかな。どういう経路を辿ったか解らないように」
 マリカが言いました。確かに、密閉されていると実際に車体が曲がっているのか、座っている箱が意図的に回されているのか、判別がつきません。
「多分そうだね。そういう絡繰りのための軸があるという情報は公開されているから」
 ヒロキが補足しました。つまり、僕たちが感じている動きは実際のルートの凹凸や紆余曲折とは関係ないということです。
「このカーゴはかなり頑丈に作られている。噂によると、途中にレーザーエリアがあるらしい。これに乗っていないと体が焦げてしまうということだね」
 ヒロキの蘊蓄の真偽は定かではありません。ただ、説得力はあると思います。中もゆったりできる作りとは書きましたが、ガッチリとシェルターのような壁に囲まれていて、天井などは昔見学した潜水艦を思わせます。
「間もなくパノプティコンに到着します。このカーゴは独房を観察することは勿論、受刑者が見ている夢のプログラムまで覗くことができます。前面のスクリーンに映し出されますが、中には不快な表現を含んだものもあります。その場合は各々の判断で停止できます」
 自動音声の案内が終了すると、前面のガラスが開放されました。これでも音が遮断されているのだから、本当に不思議です。逆位相のサウンドを流すスピーカーでもついているのでしょうか。
「あ、第一号」
「そういう言い方は止しなよ」
 人差し指を向けるサナナを僕が制します。その「第一号」はゴーグルを付けています。彼は仲間と登山をする夢を見ていました。後に出てくる人たちに比べると比較的健全な映像だったと思います。
「結構彩度高めなのね」
 マリカが呟きました。それにヒロキが答えます。
「当たり前だよ。ゴーグルは彼らの生活のために与えられているからね。没入できるクオリティで、実現したい夢をそのまま映す必要がある」
「ここでの生活リズムがどんな感じなのかは解らないけれど、少なくとも午後3時の段階で軽く7割がつけている」
 生活リズムという言葉に反応したのか、自動音声が喋りだしました。
「ここでの生活時間について、決まっているものは、22時の就寝と7時の起床、それと3回の食事のみです。他は各員が自由に生活します。しかし、社会復帰見込みのある受刑者の中で、尚且つその意志があるものは作業所における業務やこのパノプティコンの自立管理業務に従事します。それの業績評価が積み重なって、刑期の短縮に繋がります」
 まとめると、僕たちが見回った時間を含め、受刑者は一日の大半を自由に使えるということになります。その中でゴーグルが作り出す心地よい映像に入り浸るか、自発的な行動が許される場に行くために働くかを選ぶわけです。
「じゃあ、今ゴーグルを付けている人はもうここを出ることを諦めているか、そもそも出られない人ってこと?」
 サナナが言いました。
「そういうことになるだろうね。でもいくつか生活感を残したまま閉められている独房がある。ああいうところの人は今のところ作業所で働いているのだろう。作業所というのはパノプティコン内に作られた施設だ。多分どこかに扉があるんじゃないか」
 ヒロキはキョロキョロしています。隠し扉を探す気分になって、僕も少し遠くを見つめました。はたしてそのような作業所の入り口は見つからなかったのですが、作業所から戻ってきた人の列を見ることができました。それはもう少し後のことです。

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