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パン屋の おはなし あのね  あるパン工場でのこと      

あるパン工場でのこと。
このパン工場には、日勤・夜勤を含めると30人以上の人が働いています。

ほらっ あの娘
彼女は働き出して3ヶ月あまりの、まだまだひよっこです。
とてもよく気が付き、よく動きまわる娘です。いつも彼女の赤い靴が、作業場のあちこちを休む間もなく元気パワーをふりまいていました。・・・・・・・・・・・・・・でもね
ある頃から、赤い靴の動きがだんだん少なくなっていったのです。彼女の表情もこころなしか沈みがちです。       どうしたのかしら・・・・
・・・たまたま休憩時間が他の人達とずれ、一人きりになってしまったときのこと。
彼女は深いため息をもらしたかと思うと・・・おやっ・・・泣き始めてしまいました。
『もっと仕事がしたい  パンを作ることがとっても楽しいのに・・・ だんだん私の仕事がなくなていく・・・仕事がないのなら、ここにいてもしかたがない・・・・』
こまっちゃいましたよ・・・・いえね・・・彼女勘違いしてるみたいです。
同期の仲間達はもちろん、先輩の職人さんも含めて、彼女の仕事振りには皆好感をもっているのです。だから『自分も頑張ろう!』って思ったり、『よし 少し手伝ってやるか』なんてね 思っちゃうほど。
彼女の動きがまわりを刺激して作業場の雰囲気をよくしているんです。
皆が楽しく一生懸命働く気になるものだから、・・・・・・少なくなっちゃたのネ・・・仕事。
彼女はここで働く人達にとっての『元気の素』なんですよ。
・・・・・・・・・気づきなさいっていうのは、今の彼女には・・・ムリ・・・・なんでしょうかねええ。

そんな勘違いを胸に一杯にしたまま、時が過ぎていきました。
あるときのことです。
彼女は成形室から鉄板にのって焼きをまつ生地たちをホイロ(醗酵室)へ運んでいきました。
ホイロの中には他にも焼きをまつ生地たちがたくさんいます。 
『あなたがいてくれて、とっても楽しいよ!』
『えっ!』
彼女はビックリしました。誰もいるはずないのに・・・ラックのむこうをのぞいて見ても、トビラが開いたり閉まったりした様子もありません。
『きっと、外の声を聞き間違えたんだわ』
そう思うと彼女は成形室にもどっていきました。.
成形とオーブンのおいかっけこが続きます。彼女は鉄板をいくつもかかえて、いったりきたり・・・。
・・・また鉄板が少なくなってきました。彼女は鉄板をとりに走ります。・・・本当によく気が付くんですよ。

重いのをがまんして10枚ほどかかえて戻ろうとしたとき、ちょうどオーブンから焼きあがったパンたちを出し始めたところでした。彼女は鉄板をかかえて、邪魔にならないようぬうように歩いていきます。
『ぼくたち  おいしく焼けたよ  ありがとう』
『!!!!!』
・・・あやうく鉄板を落としそうになりながら、なんとか成形室にもどりました。
『今のは・・・・何?・・・・誰?・・・・・』
いろんな問いかけが彼女の中にいくえにも、そうまるでデニッシュ生地のように・・・・・
間もなく一人の男の人が、練りあがった生地を、それこそ落としそうになりながら運んできました。
「よっ!」っと声をかけ、成形台の上に生地を置いていきます。
帰りがけ
「聞こえたんだね、パンたちの声が。パンたちが君に想いをつたえたんだよ。よかったね・・・」
そう言うと、ニッコリ微笑んで持ち場に帰っていきました。

『パンたちの声?・・・・・・・・・・』
彼女は心の中で繰り返してみました。
『???・・・・・君・・・・・・君にもって?・・・・・』
もどっていく彼の背中はまだ微笑んでしました。
           彼女の赤い靴も微笑んでいました・・・・・・・
                                   おしまい


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