ぬくもり
「ねえ 覚えてる」
「ん?」
「私が・・・・」
秋の夜入り
今にも 崩れ落ちそうだった
ちょっとでも歩みを止めたら
『ダメになる』
そう思いながら、駅への道をたどっていた
後ろから来たタクシーのライトが一つの看板を照らした
今灯かりがともったと錯覚してしまった
駅へ急いでいた足が助けを求めた
階段を上がり、ドアを開けた
バーテンダーが顔を上げ、ちょっと首をかしげながら
「いらっしゃいませ」
と言い、席を勧めた
「うどん 召し上がりますか?」
「ええ いただくわ」
『変わった チャーム?・・・・』
口には出さなかった
温かいうどんが体に温もりを移していった
美味しかった
「食べ終わりました?」
「ええ 美味しかったわ ご馳走様」
「じゃあ」
そういって器をさげた
「じゃあ ちょっと看板点けてきます」
そう言って階段を駆け降りていった
戻ってきたバーテンダーに
「まだ だったの?」
「ええ まあ」
「ごめんなさい」
「いえ」
その後、何人かの客がカウンターで過ごした
同じような会話が小1時間後に
「さっきの うどん メニューにないのね」
「ええ まかない」
「えっ じゃあ 私・・・あなたの・・・ごめんなさい」
「いえ」
ホワイトレディーのグラスをすべらしながら
バーテンダーが微笑んだ
さっきの うどんみたいな ぬくもり・・・が伝わった
「そんなことも あったなあ」
「忘れてたの?」
「ば~か」
目の上で紫煙が揺らめくのを眺めた
その揺らめきがいつまでもそこにある事を願いながら
額を腕に預けて目をとじた