フットボールを生きる街 #12 世界について
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“No ciudad, eres orbe. En ti se admira junto cuanto en las otras se derrama; parte de España, mas mejor que el todo.” - Fernando de Herrera
「おまえは街ではなく、世界。おまえの中では、べつの街で落ちこぼれた者もみな賞賛される。おまえはスペインの一部でありながら、そのすべてよりすばらしい。」
2016年5月5日、ヨーロッパリーグ準決勝のセカンドレグ。セビージャFCはホームにシャクタル・ドネツクを迎えた。
昼のあいだセビージャの街を濡らしたこの季節に不似合いな雨も夕方にはすっかり上がり、まだ雲の流れが速い晴れ空の下にどっしりと構えるサンチェス・ピスフアンからは神々しささえ感じられた。その美しさに圧倒されつつ、このスタジアムには本当に女神がいるのかもしれない、という不思議な直感があった。
メインスタンドに夕日が沈んでいく中、360 度フラッグが揺れ、歌声が響く光景は壮観と呼ぶほかなく、わたしはいつもこのスタジアムに泣かされている、と思いながら、この日も泣いた。泣きながら、この景色とこの夕焼けを決して忘れぬように目に焼き付けようと必死だった。
ケヴィン・ガメイロの2ゴールと、マリアノ・フェレイラの決定的な3点目で、セビージャFCは死闘の末に決勝進出を決めた。ピッチも、スタンドも、今まで見たことがないくらいの温度で、喜びを爆発させていた。今日ばかりは、すぐに席を立ち帰路につく者は誰もいなかった。スタジアム全体がひとつの生き物のように叫び、歌っていた余韻が今も脳裏から離れない。
眼前に広がる出来事すべてのあまりの偉大さに、ただただ涙を流しているわたしの肩に手が置かれた。振り返ると、わたしと同じように目に涙をいっぱいに溜めたひとりの老人が “Eres la mejor. (きみは最高だね)” と声をかけてくれた。
セビージャ生まれの詩人、ドン・フェルナンド・デ・エレーラは、生まれ故郷について「街ではなく、世界だ」と書いた。コンクリートの壁と小さなゲートに囲まれ、いくつものブロックに仕切られたこの閉鎖的で巨大な世界の、なんと開放的で寛容なことか。
この街に暮らし、日常の中にセビージャFCが存在するようになって、友人が増えた。彼らも、週末のスタジアムも、スペイン的なバックグラウンドなどひとつも持っていないわたしのことを、家族のように受け容れてくれた。
いつの間にかセビージャはわたしにとってかけがえのない街になっていた。
クラブの勝利は自らの勝利のように、選手の痛みは自らの痛みのように感じていた。名前も年齢も知らない何万人もの人々は、自分に一番似ていて、一番近い存在だった。
こう思うのも、もう何度目かわからないけれど、今日が一番の試合だった。
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卒論本編は留学中の日記を参考に執筆しているものも多いですが、これは日記をほとんどそのまま使いました。いまでもこれを読めばあのときの景色がすぐに浮かんできて、たまらない気持ちになる。これは自分のための文章でもあります。