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2025.1.25 インタビュー記事で出会い直す

土曜日です。

毎週土曜日は京都ライター塾の講座から始まる。11時に講座を終えて、掃除をして片道1時間の歯医者に行ってボクシングジムに行って、と慌ただしくしていたらあっという間に夜。休日の時間の短さよ!

お昼は彼がホットケーキを焼いてくれた。絵本に出てくる見本みたいなホットケーキ。
わたしはいつも目分量で、火加減もテキトーに作ってしまうのだけど、こういうとき彼はきっちりと計量カップで牛乳を計り、温めたフライパンを濡れ布巾で一度冷やしてから極弱火でじっくりと焼く。性格の違いはホットケーキの表面に出る。

歯医者への移動時間では、みぞグミ絵璃さんの日記本を読んだ。


今日のライター講座では、インタビュー原稿の書き方についてを学んだ。講座のレポートは別で書くけど、インタビューってあらゆる文章の根幹なんだなっていうのがわかった。インタビューを原稿にする難しさも。
ただ、今まで主観的な文章ばかり書いてきた自分は、はたして黒子的な役割で文章を書くことを楽しめるだろうか?という不安もあった。そもそもライター向いてないんじゃないかっていう。

インタビュー原稿を書く楽しさってなんだろう、仕事としてやるなら楽しさを求めるべきじゃないのかな、なんてぼんやりとした迷いが頭の片隅にあった。

そんな中、偶然にもネット上でひとつのインタビュー記事を見つけた。
わたしが尊敬する大好きな先生、3年前わたしが通っていた職業訓練校で出会った先生へのインタビュー記事だ。

先生とは卒業した今でも交流があり、これまでも個人的にいろいろな話を聞かせてもらってきた。先生の前職、今講師をしている理由、何を大切にしてきたか。

そのインタビュー記事には、わたしがすでに知っている内容も書かれていた。
でも、見出しのフレーズや写真とともに紹介される先生の言葉は、新鮮な情報としてわたしの中に入り込んできた。先生の新たな一面を見せてもらっているようだった。わたしが知らない先生の過去と現在、大切にしたい思いがあった。
読み終わったあと、背筋が伸びる思いがした。

インタビュー記事って、こんな力があるんだ。

思わず記事の最後に記載されていた、ライターの方の名前を検索してしまった。

話を聞いて、まとめておわりじゃない。
わたしが今まで知らなかった先生の思いを知れたのは、このライターの方が取材をして、その中で大事な部分を的確に伝えてくれたからだ。

インタビューを通して新たな感動や体験が届けられるのなら、インタビュー記事を書くことは、なんて素敵なことだろう。
この素晴らしさを伝えたい!と思うから、ライターは自分を出せずに文章を書けるのかもしれない。

このライターの方は、読者が記事を読み終わったあと、どんな風になってほしいと思って書いたのかな。
背筋がしゃんとして、前向きな気持ちになった読者がここにいますよ、と伝えたい。


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