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【カサンドラ】 42. 2019-ブログ-アメ限

主死去、のためにどうしても読めないアメンバー限定記事について
大地が一つの案を提案してきた。

生前の渡辺優希がアメンバーとして承認しているアカウントが、2つある。
一つはアカウントのみが存在し、記事を書いていないアカウント
もう一つは「遥」という名でスピリチュアル系の記事を書いているアカウントだった。
その稼働している方のアカウントに
記事を読ませて欲しいと頼んでみてはどうかと言うのだ。

なるほど、と思い、僕は早速のそのアカウントに
事情を説明して、メッセージを送ってみた。
当日にそのアカウントからの返信があったが
そもそも「T」というアカウントとあまり関わりを持っていなかったので、
お断りしたい。との旨を、丁寧な文体で返信してきた。
なので、心情を書き加え再度送信してみたのだが
今度は返信がなかった。
ブログに慣れていない僕の文章が良くなかったのかもしれない、と
わずかな希望を失った僕は大地に「ごめん」とLINEした。

数日後に大地が再びLINEをしてきて驚いた。
稼働していない方のアカウントに、主の同級生であるという真実を伝えてメッセージを送ってみたところ
そのアカウントは、もしそういった連絡をもらったら
記事を読ませてやって欲しいと、渡辺に頼まれていたという。
意図的に受け入れたアメンバーだったのだ。
そのアカウントの主は渡辺のメインブログの読者で、この自伝ブログもリアルタイムで読んでおり
事件の直前に渡辺にメッセージを送っているが、返信はなかったということだった。
大地が、もらったメッセージをスクショして送ってくれた。
やはり渡辺の素性については知らないようではあったが、
メインブログを読み続けていれば、ある程度のことがわかる、
強い芯を持っていながら相対する弱さも背負っている人、というのが
このアカウントの方から見た渡辺の印象だったようだ。

大地から、その方のアカウント情報がパスと共に送られてきた。
記されたままに入力し、限定記事のボックスをクリックすると
真っ白い画面に、生真面目な性格を表すような文字が浮かんだ。

寝室の窓越しに揺れる木々をぼんやりと見降ろしながら、僕は小さくため息をついた。




読み終えた今
これは、遺書だったのだろうと思う。
書かれた日時は、最近ではあるけれど
かなり前から覚悟を決めて生きていたと思えた。


僕には、妻をはじめ、カッコつけたくてもつけられないほど
気心知れた友人がいる。
それほど多いわけじゃないが、少しの付き合いで人を信用して、何でも話してしまう性分だ。

渡辺には、
渡辺しか知らない自分というものがあった。
それは高校生の頃の明るい渡辺の中にも、どことなく垣間見えていて
他者が踏み込めないような壁があったという感触は、なんとなく思い出せた。
"自分"でいられない、という経験をしていない僕には、正直よく、わからないのだけれど
ずっと何かを演じているようなものなのだから、それは相当に疲弊するということは、想像に容易い。
もしかすると、大地も、そうなのかもしれない。

短く激しい渡辺優希の人生を使って、ネットという時代を象徴するツールと共に
現代を生きる人々の心に何かを強く訴えている。
どうかそれを受け取って欲しいと祈って止まない。
呑気に生きてきた僕がそう思うほど、渡辺の最期の記事が切なかった。

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