後期高齢恋愛化社会
待機児童、高い学費、教師の減少、増税…。子どもを育てる為の環境が極めて劣悪な日々が続き、多くの人が子どもを持たなくなった。
子どもたちの笑い声が消えた今、日本国は六五歳以下の人間がいない、超高齢化社会となっていた。
カフェで取り扱う飲み物は全て前茶、ほうじ茶、白湯となり、若者の街原宿は、巣鴨と化した。
皆一様にどこかしらが痛く、昔流行したスポーツジムは、今や全てリハビリテーション施設となった。
そんなよぼよぼ国家になった日本だが、世界でもまれに見る幸福度指数の高い国で、その理由は恋、恋愛であった。
午前四時。ご老体にとってのこの時刻は、令和の若者で言うところの午前十一時頃に価する。
萌香ばあさんと、朝陽じいさんは、神社の境内で挨拶を交わした。
「あーら。お寝坊ね。今起きたの?」
「いんやもう。最近はずっとこの時間よ」
朝陽じいさんの寝つきの良さに、萌香ばあさんは目を細めた。
「こんなに眠れるなんて羨ましい。私なんかもう、自然と目ェ、覚めちゃうもの」
「なあに。そのうち一生起きてこなくなるわい」
朝陽じいさんの冗談に萌香ばあさんは小さく笑い、伏し目がちにじいさんの顔を窺った。
萌香ばあさんは実のところ、深夜二時からこの神社で朝陽じいさんを待っていた。
彼女はこの、ひょろひょろとしたハゲ頭の、朝陽じいさんのことが好きなのだ。
朝陽じいさんは、そんなことを少しも知らず、日課の散歩を終えて帰路につこうとする。
「最近、うちの猫が盛んでね。興奮して私の手に噛みついてくるのよ」
ばあさんは、じいさんとの時間を少しでも長く共にすべく、他愛もない話を振った。
「そりゃいかんな。そうか萌香さんとこは去勢しとらんかったか。じゃあなに、様子を見に行ってやろうか」
萌香ばあさんは、はっと顔を上げると、朝陽じいさんは入れ歯をもごもごとさせながら照れ臭そうに頭を掻いた。
「それじゃあまあ。行こうか」
ばあさんとじいさんは、互いに互いを支えあいながら、手を繋いだ。
高齢者にとっての転倒は死を意味する。一度、怪我を負ってしまうと、そのまま寝たきりになり、天国へ召してしまうケースが非常に高いのだ。
萌香ばあさんは
「この手の繋ぎは介護の一環。この胸の高鳴りは不整脈」
そう自分に言い聞かせて、先立ったの夫に贖罪し、しかしそれでもトキメキを止めることはできなかった。
ばあさんと、じいさんの顔は不思議にも、神社を訪れる前よりも明るく艶めき、瞳の中は満点の星空のように光り輝いていた。
このような事柄が日本の至る所で行われており、そんな日本国の平均寿命は男女共に、二百五十歳である。