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私は左派が好きになれない

 主体思想、というものをご存じの方は少ないと思う。

 簡単に言えば、北朝鮮の金日成が提唱した独自の社会主義理念であり、現在はそれに加えて金一族への礼賛・崇拝も含む。
 
 まったく日本と関係のない、北朝鮮国内において完結していそうなこの思想だが、日本で生まれ育った私に大きな影響を与えたということをここに書いておきたい。
 具体的に言えば、私の通っていた公立の小中学校の教員らはこの主体思想を信奉し、児童生徒をも教化していたのだった。

 私の大学・大学院での専攻はどちらも理系と呼ばれる分野であり、恥ずかしながら未だに政治主張や思想というものについてはまるで詳しくない。
 どういった主義主張が現代日本にあり、それぞれがどのような変遷をたどって今に至るのかについて、勉強せねばと思いつつまったく触れることができていない。不勉強の極みである。
 しかしながら、人より思想に触れる機会だけはあった。嫌な思いをしたことが大半だったが、勉強にはなったと思う。
 学習のスタート地点として、動機として、この記事を書き残したい。

 余談だが、この記事を書こうと思いたったのは数週間前だったものの、書いている間に安部元総理が銃撃されるという事件が起こってしまった。
 犯人曰く、安部元総理が関わっていた『特定の宗教集団』が影響を与えたと供述しており、そのことでネットもテレビも騒然となっている。
 しかし、私はこの記事を通じて伝えたい。左派も強い思想をもつ集団が関わっているのだと。

違和感、そして

 2000年代初頭、私は大阪のいたって普通の公立小学校に通っていた。
 朝鮮半島にルーツをもつ子らが通う学校でもなく、在日外国人が多い地域でもなかった。
 なぜか学区内に児童が少なく、6年間1クラスであったことを除いては、本当にどこにでもある公立小学校だったと思う。

しかし思想はヤバかった。
 小学校も中学校もヤバかったのだが、小学校の指導は群を抜いてヤバかった。

 当時感じていた微かな違和感、そして今となっては大きな問題と感じることを列挙していく。

  • 描いてよい自画像は私服かチマチョゴリ姿だった

  • 韓国・北朝鮮のことは『ウリナラ』と呼ばされていた

  • 音楽の時間に韓国・北朝鮮の民謡・楽器を教えられていた

  • 総合的な学習の時間は配られていた副読本『にんげん』を基に、外国人差別と太平洋戦争についての問題を取り上げて日本は間違っているという旨の感想文を書かされていた

  • 国歌は歌ってはいけない、国歌斉唱の時間は立ち上がっても座ってもどちらでもいいと教わった

 ガチガチのゴリゴリに思想である。よく保護者から問題提起がされなかったなと思う。(本当はなされていたかもしれないが、恐らく教育委員会なども思想を同じにしていたため握り潰されていたではと思わないでもない)

 各項目についてもう少し詳しく書く。

チマチョゴリ姿の自画像

 私の出身小学校では、伝統的に、卒業式には5,6年生が参加し、4年生は等身大の自画像を書いて体育館の壁に張るという形態を保っていた。
 この自画像は図工の時間に作成された。2人1組となり、A0くらいの大きさの画用紙に全身が収まるよううまく横たわり、もう1人に輪郭をなぞってもらう。そこから自分の顔を描き、服も描き、最後は切り抜いて掲示する、という手法だった。
 そこで指定された服装が、普段着か、チマチョゴリ姿であった。
 チマチョゴリって何ですか?とクラスの誰かが先生に聞いた。先生は、「ウリナラの伝統的な衣装です」と答えた。
 別の誰かが先生に聞いた。「日本の伝統的な衣装は着物だけど、着物はダメなんですか?」
 先生は驚くほど怒って答えた。「絶対にダメです!着物は戦前から続く悪しき日本を代表する云々…」
 小学4年生といえば10歳ごろである。先生は親にも等しく、先生なんか怖かったね、とか言いながら大半の子は普段着を描いた。
 クラスで変わり者の女の子ひとりだけがチマチョゴリ姿で描いていたことを妙に覚えている。

韓国・北朝鮮は『ウリナラ』だった

 韓国・北朝鮮をまとめて『ウリナラ』と呼ばされていた。どの先生も、元々ひとつの国なんですよ、親しみを込めてウリナラと呼びましょう、と言っていた。
 ちなみに韓国・北朝鮮の言葉で『ウリ』とは『私たちの』、『ナラ』は『国』という意味であり、つまり『ウリナラ』は『私たちの国』を表すことも教えられていた。これは小学生であっても皆困惑していたように思う。海を隔てている別の国が、なんで私たちの国なんだろう?
 しかしそこは小学生、すぐに違和感などなくなり、普通にウリナラと呼ぶようになっていった。

 また、近畿圏内には、奈良県でなくても小地名に『奈良』とつく場所がいくつもある。
 小学4年生時の担任がもっとも思想色の強い人であったように思われるが、その担任はこのことに触れ、「半島から渡ってきた私たちの祖先が、ウリナラをしのんで奈良と名付けたんですよ」という知識を披露していた。

 しかし、最近になって主体思想を調べたときにこの話も調べたところ、確実にそうとは言えない、諸説ありという結論に達した。

音楽の時間は韓国・北朝鮮の民謡・楽器を学ぶ時間

 確か小学5年生時だったと思うが、音楽は担任とは別の先生が受け持っていた。
 大学を出たての、気の弱い女性だった。
 今考えると思想の強い先輩教師たちの中に自分から馴染もうとしたか、あるいは先輩教師たちから圧力がかかったのかと思うが、その先生が担当になった途端、音楽の時間は『ウリナラの民謡』を学ぶ時間になった。
 今でも覚えているのは、『ウリナラコ』(私たちの国の花)である。ムグンファムグンファ、ウリナラコ、という歌詞も覚えている。

 ウリナラコとは別に、忘れてしまったがまた別の韓国・北朝鮮の歌曲を教わり、教師らはどこからか韓国・北朝鮮の民族楽器の太鼓を借りてきて、私たちはそれを叩きながら歌っていた。
 小学5年生時の担任は「市のホールで演奏会をする予定なので、頑張りましょう」と言っていたが、急に太鼓の授業がなくなり、演奏会の話もどこかに消えてしまった。
 その理由は未だにわからない。

 6年生に進級すると、嘘みたいに普通の音楽の授業に戻った記憶がある。前半は音楽会のために色々とやり、後半は卒業式のために色々やった気がする。

総合的な学習の時間

 2000年代初頭といえば、ゆとり教育が取り沙汰されていた時期である。
 総合的な学習の時間(通称:総合)が新しくできたり道徳の時間が増えたりと忙しかったが、どちらも基本的に私の出身小学校では『にんげん』を読む時間だった。

 『にんげん』をご存じだろうか。

 Wikipediaによると『大阪府下の小学校、中学校に配布されていた、同和教育副読本』とある。道徳や国語の授業で読まれたりしていたらしい。妙にインパクトのある表紙であったし、これを持ってくるのを忘れると連絡帳に「『にんげん』忘れました」と書かなければいけなかったのでなんとなく覚えている。
 太平洋戦争がいかに悲惨な戦争であったか、その後在日韓国・朝鮮人が受けている差別の現状についてをひたすら読み、「日本がしてきたことは、いけないとおもいます」「ウリナラのひとには、もっとやさしくしないといけないとおもいました」といった旨の感想文を可算無限枚提出した記憶がある。最後の方は慣れてきて、自分の中でテンプレっぽいものまでできてきたので機械的に書いていた。

国歌斉唱について

 学校の授業で日本の国歌を習い、歌った経験はあるだろうか。
 私は、ない。
 小学校では国歌は戦争中にできた天皇賛美の歌なので歌わないようにしましょうと教えられ、中学校でも斉唱の時間は立っても立たなくてもよいという方針であった。
 現に小中学校どちらも、式典では教師・来賓含め立つ人と立たない人が半々くらいであった。
 高校に入り、入学式か何か、とにかく入ってすぐの段階で国歌斉唱の機会があり、周囲の子らが当たり前のように立って歌っている姿に衝撃を受けたし、なんで水上さんは歌わないの?と不思議そうに聞かれたこともある。
 社会人になり、コロナ禍に突入し、国歌斉唱の機会はほとんどなくなってしまったが、歌う自分も歌わない自分も未だに想像ができない。どちらの態度を取っても誤りのような気がしてならない。

なぜこの思想が『主体思想』であるかと気づけたか

 私は早熟だった。誤解を恐れずに言えば、聡明であった。
 そんな私に5年生時の担任がこぼした一言が決定的だった。

「水上さんなら、このすばらしい『したいしそう』がわかるかもしれないわね」

 したいしそう?
 しそう、は思想だと推測がついた。しかし、『したい』とは?
 このとき、担任に「『したいしそう』って何ですか?」と聞いていればよかったのかもしれない。今となっては聞かなくてよかったと痛切に思っているわけだが。
 当時はインターネットもさして発展していなかったし、奇跡的に我が家にあったパソコンで『したいしそう』と検索しても何も出てこなかった。

 そのまま時は流れ、つい先日、そういえばしたいしそうってマジで何だったんだろうと思い出した。
 現代のインターネット検索エンジンは非常に優秀になった。ついでに私も知識をつけた。
 『したい 思想 朝鮮』と検索すれば、すぐに『主体思想』がヒットした。
 私は聞き間違いをしていたのだ。したい、ではなくしゅたい、であった。
 幸いにもWikipediaに項目があったので目を通す。
『金日成の独裁を正当化する思想』とある。ゴリゴリのカルトやないかい。
 長年の疑問が氷解した私は、気が付けばなぜこの思想が海を越えて日本の教育現場へと根付いたのかを調べていた。
 日教組、および日本教職員チュチェ思想研究会全国連絡協議会がヒットする。

 ああ。私の先生だった人々は、恐らくほぼ確実に、こういった組織に所属していたのであろう。

 長い間、私の受けてきた教育は共産主義であると思っていたが、不思議なことに中国についてはまるで無関心であったことが引っかかっていた。
 そう、中国系の共産主義ではなく、北朝鮮に端を発した主体(チュチェ)思想が源流だったのだ。だからずっと教師らは、韓国・北朝鮮の話ばかりしていたのだ。
 2022年、主体思想を信奉する人々は激減し、日教組に加入する教員の割合もかなり減っていると聞く。どうかこのまま教育の場から姿を消してほしいと願ってやまない。

憧れのひと

 私には憧れの人がいた。
 私より2,3歳年下の女性である。
 何がどうして憧れの人になったかはまた別の記事で書くかもしれないが、彼女はネット上に小説を発表しており、私はその非常に美しい文体の虜となった。

 当時コミュニティを形成していた物書きたちの間でも彼女は一目置かれ、つまるところ高嶺の花であったわけだが、色々あって私と彼女は、友人としてTwitterの相互フォローになり、やがては通話するほどに関係を深めることができた。

 しかし彼女はバリバリの左派であった。
 それもラディカルな左派であった………

 私はことさら右派を信奉しているわけではない。右派を称する人々も一枚岩ではないし、これは嫌だなあと感じる方針もある。しかし、小中学時代を反日系の偏った思想のもと過ごした経験からすると、どうにも左派を支持することが難しかった。
 彼女はTwitterにおいても、通話においても、よく政治の話をしたがった。
 それはいい。いいのだ。政治のあり方を問い、日常の困りごとの解決を政治に求めることは非常に文化的で建設的な行為だと今でも私は思っている。
 しかし彼女は…右派の人々を中傷した。批判ではない。右派を称したり支持したりする人々の人格を否定し、嘲笑した。

 彼女は正義の人であった。
 彼女の正義に反する人は、すべて悪だった。
 彼女の中で、正義は悪に対して何をしてもよいことになっていた。
 なぜなら、正義だから。

 私は彼女の悪であった。
 彼女は私の悪であった。

 私の憧れた彼女は、もうそこにはいなかった。高邁な精神をもち勤勉で読書家の彼女は、彼女自身の手によって死に至ったのだ。
 私はそっと、彼女と繋がっていたアカウントを消した。
 人差し指の先で触れただけで、彼女との関係は消え去った。

私は左派が好きになれない

 10代半ばまでの経験と、憧れの人が失われていくさまを見届けた今の私は、諸手を挙げて左派を支持することができなくなってしまった。
 左派の中でも建設的な議論を行い、思想の異なる相手を中傷することのないまっとうな人はもちろんいる。こういった人々のことは大変好ましく思っている。
 
 私は中道を行きたい。
 嫌いや苦手や過去の経験といった感情で、本当の正しさを見失いたくはない。

インターネットでは誰もが自由に発言できる。だからこそ、目立ちやすい過激な主張が好まれる。声の大きい人が勝つ。

 私は趣味で文芸をやっている。短歌を詠み、小説を書く。
 しかし、歌壇や文壇の人々の多くは左派であり、自分が歌壇や文壇の主流に乗ることは非常に厳しいものがあると感じている。
 また、現与党はインボイス制度を推進しているため、クリエイタという括りで面識のある人々も与党に反発している人が多い。
 つまり、つながりのある人の多くは左派を称しているか、支持している。

 友人や面識のある人、尊敬する人がラディカルな主張をしているのを見るとどうしていいかわからなくなる。悲しくなってしまう。

 私は、私の好きな人たちを好きにさせなくした左派が、好きになれないままでいる。

さいごに

 noteに登録だけはしていたが、初投稿の記事が政治的なものになるとは思いもしていなかった。
 今日は7月11日。つい先日、安部元総理が暗殺され、昨日の参院選では自民党が大勝を収めた。
 ずっと書きたかったこの経験を書くのなら今しかないだろう。その気持ちだけで、半日で6000字近い記事を書いてしまった。

 元総理襲撃事件については、現在もリアルタイムで情報が更新されている状況であるので詳しくは言及しない。

 参議院選について。
 衆議院議員とは異なり、参議院議員の任期は6年で、3年ごとに半数が改選される。
 かつては良識の府と呼ばれ、識者を中心に据えることで衆議院を通過した法案をさらに吟味するという立ち位置であったが、近年は形骸化してしまっているのではという批判の声もある。
 襲撃事件や今回の選挙結果により、ただちに国が大きく変わるということに期待はできないかもしれないが、これを私が日本の政治動向について触れるきっかけとしたい。

この記事を最後まで読んでくれたあなたの、何かを考えるきっかけにもなりますように。

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