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オペラシアターこんにゃく座公演 オペラ『アイツは賢い女のキツネ』

さっぱりわからないというのが、初日を観た時の素直な感想で、2日目・3日目の役替わりの舞台を観てもその印象は大きくは変わらなかった。原曲に忠実な舞台という方針なのだろうと推測するけれど、それでも、もっとやりようはあったはずである。

殊に第1幕がもたもたしていると感じられた。キツネが逃げ出すという一つの出来事だけでずいぶん時間を使っていると感じられる。そのほか、森の生き物たちが行き交う場面もやや冗長だった。音楽は美しいけれど、いつものこんにゃく座らしい、機敏な展開が見られない。後半は少しテンポが上がって観やすくなったけれど、依然として表現したいメッセージが伝わってこなかった。校長、神父、宿屋の女房はじめ、人間の登場人物たちが何を考えて行動しているのかが不明確なのも原因の一つか。

メッセージに関連してもう一点挙げると、森番に捕えられた女ギツネはなぜいきなり雌鶏たちに、蜂起するようたきつけるのか。その後幾度も「自由」という言葉を口にするけれど、このキツネにどのような信条があるのかが語られないので、一貫性が感じられない。「森は自由」とか、横暴なアナグマを排斥するとか、そういったトピックが出てきたら、ある程度掘り下げ、観るものに考えさせるのがこの座の基本姿勢だと思うのだけれど、いつものこんにゃく座らしさが全く感じられず、残念(同じく翻訳ものの「天国と地獄」は、元々風刺のきつい喜劇だったとは言え、かなり自由に伸び伸びと表現していたと記憶する)。

女ギツネは森番の家から逃走し、森の中で伴侶を得て家族も持つが、人間の放った銃弾で命を落とす。この女ギツネの物語は、ちょうど劇中劇のようになっていて、その前後に、あまり幸せではない人間たちの話が語られる。これら2つの物語は互いに交差することがない(端的なのは、女ギツネは撃たれてしまうともはや何の言及もなされないことである。生命サイクルのほんの一コマに過ぎないということでもあるか)。人間の社会には人間の社会の、森には森の、それぞれの時間が流れ、後者の真に「賢い」営みは前者の「小賢しい」営みに左右されることはない、ということなのかなあ……。否、いささか補足し過ぎだろう。

原作そのものが、必ずしも緻密に設計された構成ではなく、結果的にこうなったという感触が強い。というのも、終盤になって出てくる、森における死と命の再生というテーマが、とってつけた感が強いからである。おそらく、ヤナーチェクはその自然観を晩年を過ごした自然の中の住まいで得たのだろう。けれども、驚くほど素朴な思考で、正直に言えば奥行きがない。非常に魅力的な音楽とのアンバランスさが不思議である。(もしかすると、シャガールの絵画が土俗的な寓話や寓意を下敷きにしているのと同様、個々の生き物にそれぞれ寓意が込められているのかもしれない、などとも勘繰ったのだけれど、そうでもなさそう)

女ギツネの姿には、森番たちが心を寄せる若い女性が重ねられるし、校長がもつステッキは男性の陽物の比喩的表現として扱われているようだ。男ギツネと女ギツネの情交の場面もあり、性愛がストーリーの根底にあるものとみられる。が、そうしたことが全体のテーマとどうかかわるのかも明らかでない。

本作の制作は訳詞からスタートしたとのことなのだけれど、あまりにクリアすべきことが多すぎた感がある。原曲通りの歌詞のみでストーリーを牽引しつつ、状況説明も、キャラクターの心情も表現しきる、というのは無理があるし、日本語の自然さをとったために、説明がかなり薄くなった。ぼんやりしていると何が行われているのかさえ把握しにくくなる。

言葉そのものも気になった。例を挙げると、男ギツネに出会った女ギツネは「あたしってほんとは可愛いのかな」「(自分の)どこが可愛いのかしら」と歌うのだけど、いささかこなれず他人事に聞こえてしまう(「可愛いって言ってくれるかな?」とか、「あたしのどこを好いてくれるの?」のような感じか)。

ストーリーテリングの流儀は言語に大きく影響されるはずである。チェコ語と日本語のズレも含めて味わいとして楽しめるところまで持っていくのが理想だと思う。今回の脚本には相当に改善の余地があると感じた。慣例となっているタイトルを捨てたのだから、原作にない狂言回しを登場させる、原曲で器楽のみの部分に歌詞をつけるなど、原語の世界を日本語の世界にスムースに移し替えるためのしかけがもっとふんだんに用意されてもよかったのではないか。

率直に言って生煮えで終わった感がある。長々書いてしまったが、これだけ魅力的な音楽を伴う作品である。じっくり磨く価値があると思う。改訂版の再演を期待する。

音楽は、これでもかこれでもかのヤナーチェク節で、原曲のオーケストラが小さいアンサンブルに縮約されても味わいが変わらず、感心した(編曲は萩京子氏•寺嶋陸也氏)。本当に美しい。後半冒頭のコーラスはまだ彫琢の余地はあるけれど、力強く印象的だった。

小田女ギツネと鈴木男ギツネは伸び伸びとした歌いぶりが爽快。豊島女ギツネ・山本男ギツネはとにかく強くて、艶っぽい。島田ハラシタは怪演。
(2023年2月17日-19日 世田谷パブリックシアター)

◆出演 
森番:大石哲史     
森番の女房ほか:岡原真弓     
校長ほか:髙野うるお     
神父ほか:富山直人     
ハラシタ(鳥の行商人)ほか:島田大翼     
パーセク(宿屋の主人)ほか:佐藤敏之     
パーセクの女房ほか:鈴木裕加     
ビストロウシカ(女のキツネ):小田藍乃/豊島理恵
ズラトフシュビーテク(男のキツネ):鈴木あかね/山本伸子
ラパーク(犬)ほか:沢井栄次     
おんどり ほか:武田茂     
ホホルカ(めんどりのリーダー)ほか:彦坂仁美     
かえる ほか:沖まどか     
きりぎりす ほか   :齊藤路都     
こおろぎ ほか:冬木理森     
少女ビストロウシカほか:入江茉奈
    
フルート:岩佐和弘
クラリネット:橋爪恵一
ヴァイオリン:山田百子
ピアノ:寺嶋陸也

◆スタッフ
台本・訳詞・演出:加藤直
台本・作曲:レオシュ・ヤナーチェク
美術:乘峯雅寛
衣裳:太田雅公
照明:齋藤茂男
振付:山田うん
編曲:萩京子、寺嶋陸也
舞台監督:八木清市
訳詞協力:大石哲史
音楽監督:萩京子
宣伝美術:デザイン/小田善久、イラスト/波田佳子

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