オペラシアターこんにゃく座 オペラ「あん」
それぞれ異なる理由で社会から弾き出された千太郎と徳江、二人の人生が偶然交差したところから物語が紡がれる。
舞台には傾斜がつけられ、手前よりも奥のほうが僅かに高くなっている。ベンチや店の調理台など、最小限の小道具が都度持ち出される。舞台最奥の壁面に仕掛けがあり、上下左右の開閉と照明のみで豊かな表現が作り出される。こんにゃく座らしい舞台の構成である。
音楽は、冒頭の売り声のモチーフがさまざまに変形されて繰り返し繰り返しあらわれ、楽曲としての統一された世界を構築している。音自体にこの作曲家らしい透明感があり、非常に魅力的である。中盤、訪ねてきた千太郎とワカナに徳江が身の上を語る場面は胸に迫るものがある。ワカナと中学生たちによる四重唱など、ごく繊細で素晴らしい。
ところが、終幕近くの徳江によるモノローグは、あまりにも起伏が乏しく、非常に長く感じられた。徳江の一言ひとことに大切なメッセージが込められていることは痛いほど良く伝わるし、個々の言葉を重んじ、丁寧に音楽に載せていく姿勢は本当に誠実だと思う。しかし、終盤のこの場面は、後述の通り、歌役者にぎりぎりの試行錯誤を強いることとなった。これは決して正しいやり方とは思われない。あれほど長大なシークエンスをたった一人に担わせるのは酷だ。しかも、その間、千太郎とワカナを舞台上でただじっと座らせておくこともむごい。加えて観客に高い集中力を求めることは至難の業である。文字ならば読み手のペースで読める。映像ならばカメラの切り替えや回想シーンを挿入するなど加工のしようがある。だが、舞台ではそういった逃げ場がないのである。歌役者に対しても、観客に対しても、あまりにも配慮に欠ける。なんとかならなかったか。何回か観てもその印象は変わらなかった。
〈どら組〉(2/10、2/18に観劇)
初日はお披露目ということもあって、全員相当力が入っていたのではないかと想像する。上に記したような事情で、終盤は座っているのもつらく、モノローグの内容が全く頭に入ってこなかった。
梅村徳江は貫禄、「おじいちゃんの口笛」や「遠野物語」に続く当たり役であろう。力みの全くない声だけど、劇場の隅々までしっかり通る。初日を観た際、ごくごく表現を抑えた歌い方が強く印象に残った。2回目を観たとき、その理由がわかった気がする。極限まで表情を抑制し、声量も、ところによっては聴こえるか聴こえないかというレベルまで絞っていた。それは、あと僅かでも感情過多になると、自身も、そして観客も、終盤のモノローグに耐えられない、そういう配慮ではなかったか。
高岡ワカナは初日には力みが感じられ、もう少し淡々としているほうが素敵だと思った。2回目に見た際には、初日よりもずっと力が抜け、ごく自然な立ち居が魅力的で、本物の中学生が降りてきたように錯覚する瞬間さえあった。相原森山が好サポート、枯れ具合が素晴らしい。どこも力むことなく、それでいて大切なメッセージを余すところなく伝える。梅村・相原の二重唱は、「ザ・こんにゃく座」ともいうべきステージとなった。高野千太郎はさまざまのことが積み重なって駄目男になったという経緯に説得力があった。中学生(西田・金村・小林)たちのハーモニーがとても美しい。豊島奥さんの訳ありな人物も魅力があり、2回目はイヤな感じに磨きがかかっていて見惚れた。
〈春組〉(2/14、2/16に観劇)
春組はどら組と全く印象が違っていた。全員が、入れ込み過ぎず、かと言って冷めてしまうのでもない、作品世界とほどよい距離感を保っていると感じられた。組によって全く世界が異なるというおもしろさは、昨年の「さよなら、ドンキホーテ」でも、また、数年前の「犬の仇討ち」でも味わうことができた。春組のそういった姿勢のおかげか、徳江のモノローグも、自然に聴き手の耳に入ってくる。世界は私たち一人一人の前に立ちあらわれる、この世界に虚心に耳を傾け、素直に見つめよ、とのメッセージは、大森荘蔵の哲学にも通ずるのだと気付かされた。ただ、2回目に観た際は、終盤がやはり微妙に長く感じられたのが残念だった。歌役者たちの奮闘をもってしても、あの長大さには抗しきれなかったか。
島田千太郎は序盤の、いかにもやる気のない雰囲気が秀逸だった。島田大翼というひとはおもしろい。昨年暮れに「アルレッキーノ」を観た折、一つひとつの所作や表情が強烈なのに、観終わったあとに悪い形で残ったりしないので驚いたのである。作品や自らの芝居に対してとても真摯に、しかし非常に客観的に接しているのだろうと思った。このひとと、青木徳江の、抑えるのではなく、ちょうど良い距離のとりかたが全体の基調をなしていた。青木徳江の透き通った声は、重いテーマを、実にさりげなく、でもしっかりと伝える。飯野ワカナと声質が通ずるせいか、二人の面影が交錯する場面もごく自然である。飯野ワカナはさわやか。だけれど、聴く者の中に確実に存在を刻印する歌声である。花島森山が製菓部の活動に込めた思いを歌う場面、ふっと執念にも近いものが滲み出ていて印象的だった。山本奥さん、歯に衣着せぬ物言いが素晴らしい。この組も、中学生たち(沖、熊谷、泉)の澄んだハーモニーが清涼剤となった。(2022年2月10日-2月20日 俳優座劇場)
スタッフ
原作・台本 ドリアン助川(ポプラ社刊「あん」より)
作曲: 寺嶋陸也 演出: 上村聡史 美術: 乘峯雅寛 衣裳: 半田悦子
照明: 阪口美和 舞台監督: 大垣敏朗 演出助手: 谷こころ 音楽監督: 萩京子
宣伝美術: 信濃八太郎(イラスト)・片山中藏(デザイン)
キャスト
どら組
千太郎: 髙野うるお 徳江: 梅村博美 ワカナ: 高岡由季 奥さん: 豊島理恵 森山: 相原智枝 美咲: 西田玲子 あかり: 小林ゆず子 どんぐり: 金村慎太郎
春組
千太郎: 島田大翼 徳江: 青木美佐子 ワカナ: 飯野薫 奥さん: 山本伸子 森山: 花島春枝 美咲: 沖まどか あかり: 熊谷みさと どんぐり: 泉篤史
クラリネット:橋爪恵一 ピアノ:入川舜(2/10、2/11、2/13、2/16、2/18、2/19 11時)
クラリネット:草刈麻紀 ピアノ:五味貴秋(2/12、2/14、2/15、2/17、2/19 16時、2/20)
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