ポール・ウェラーの作る音楽は、ある時期から薄い靄のようなものを纏うようになる。それは別になにかの比喩というわけではなくて、実際に浮遊感漂う80年代的パーカッションがエッジの効いたパンキッシュなドラムに取って代わり、シンセサイザーが多用される一方で切れ味鋭いカッティングギターは鳴りを潜めいった。そしてミュージックビデオの映像には、曇りガラスを透かしたようなぼんやりした光が常に付きまとうようになった。
当時の音楽シーンをある程度体系的に知るようになってから、それがMTVをはじめとするMV専門チャンネルの開局により生まれた、「ニュー・ウェーブ」と呼ばれるジャンルの音楽であることがわかった。
70年代の後半からThe Jam(ザ・ジャム)というバンドを率いて活動していたポール・ウェラーは、パンクバンドに付きまとう攻撃的で反体制的なイメージを払拭し、ファンタジックで(現実逃避的なまでに)きらびやかな80年代当時のムーブメントに歩調を合わせようとしていたわけだ。
今回紹介する1曲目はそんな時代のThe Jamが放ったヒット曲、「悪意という名の街」。
英詞の下には僕の日本語訳も付けたので、できればミュージックビデオと歌詞の両方に目を通して、転換期のウェラーサウンドの試行錯誤感を味わってみてほしい。
Town Called Malice from『The Gift』,1982 ☆ Better stop dreaming of the quiet life, 'cause it's the one we'll never know And quit running for that runaway bus, 'cause those rosy days are few And stop apologizing for the things you never done, 'cause time is short and life is cruel but it's up to us to change This town called malice ☆ Rows and rows of disused milk floats stand dying in the dairy yard And a hundred lonely housewives clutch empty milk bottles to their hearts Hanging out their odd love letters on the line to dry It's enough to make you stop believing when tears come fast furious In a town called malice ☆ Ba-ba-ba-ba... Ba-ba-ba-ba... Struggle after struggle, year after year The atmosphere's a fine blend of ice, I'm almost stone cold dead In a town called malice, ooh yeah ☆ A whole street's belief in Sunday's roast beef Gets dashed against the Co-op To either cut down on beer or kid's new gear It's a big decision in a town called malice, ooh yeah ☆ The ghost of steam train, echoes down my track It's at the moment bound for nowhere Just going round and round, oh Play ground kids and creaking swings Lost laughter in the breeze I could go on for a hours and probably will But I'd sooner put some joy back In this town called malice, yeah In this town called malice...
<訳詞> ☆ 平穏な暮らしを夢見るのはやめた方がいい 俺たちには縁のないものだから 過ぎ去ったバスを追いかけるのもやめにしよう バラ色の日々なんてあってないようなものだから そしてやってもいないことに対して謝るのをやめるんだ 時は短く人生は残酷だけど それは俺たち次第で変えられるんだぜ ここは悪意という名の街 ☆ 打ち捨てられた牛乳配達車が列をなして 酪農場の隅っこに死んだように並べられている 数多の孤独な主婦たちは空っぽの牛乳瓶を胸に抱え 昔もらったラブレターを洗濯紐に吊るして乾かしている 涙が溢れて止まらないときには 信じることすらできなくなるね 悪意という名の街では ☆ 何年にもわたって続いた争いが 氷を混ぜ込んだように冷ややかな雰囲気をつくった 俺も石ころみたいに冷たく死んでしまいそうだよ 悪意という名の街では ☆ 日曜日のローストビーフを信仰する連中が みんなして生協に押しかける 子供のおもちゃとビール どちらを切り捨てるべきか それが大きな問題だ 悪意という名の街では ☆ 蒸気機関車の亡霊が通り道で反響してる 今となっては行き先もなく ただ同じところをぐるぐる廻っているだけ 公園で遊ぶ子供たち ブランコの軋む音 風に吹かれて笑顔も消えた もう少しならこのまま歩けるし そうするつもりだけど 本当はすぐにでも喜びってやつを取り戻したいんだ この悪意という名の街にね...
80年代的なお洒落サウンドに、都会人のやるせない日常を歌ったアイロニックな歌詞を載せるというズラしがなんとも言えずいい。
ポール・ウェラーの音楽性はThe Jamの解散以降も、Style Council(これもウェラーが率いたポップ・ロックバンド)期からソロ活動期に至るまで、当時の流行に合わせて何度も変わってきているが、不思議なことに歌詞だけはデビュー当初から一貫して都会人の不満や悲哀をテーマにし続けている。なんというか、彼の歌詞の中核にはいつも行き場のない「怒り」がどっしりと腰を据えているように思えるのだ。
その音楽性がきらびやかでお洒落になればなるほど、そして彼のスタイルやファッションが都会的に洗練されていけばいくほど、圧のかかった歌詞とのギャップは大きくなっていく。The Jam後期やStyle Councilの曲を聴く際は、このギャップをいかに面白がるかがポイントになってくる。
次に紹介するのはそんなThe Jam後期の名曲「That's Entertainment」。
ウェラーのシックな装いとは裏腹の激しいギターストロークや、ハードボイルドな歌詞の裏に潜むそこはかとない欲求不満感に注目して聴いてみてほしい。
That's Entertainment from『Sound Affects』,1980 ☆ A police car and a screaming siren A pneumatic drill and ripped up concrete A baby wailing and stray dog howling The screech of brakes and lamp light blinking That's entertainment, that's entertainment ☆ A smash of glass and rumble of boots An electric train and a ripped up phone booth Paint splattered walls and the cry of a tomcat Lights going out and a kick in the ball I tell ya, that's entertainment, that's entertainment ☆ Days of speed and slow time Monday's Pissing down with rain on a boring Wednesday Watching the news, not eating your tea A freezing cold frat and damp on the wall I say, that's entertainment, that's entertainment ☆ Waking up at 6 AM on a cool warm morning Opening the windows and breathing in petrol An amateur band rehearsing in a nearby yard Watching the telly and thinking 'bout your holidays That's entertainment, that's entertainment ☆ Waking up from a bad dream and smoking cigarettes Cuddling a warm girl and smelling stale perfume A hot summer's day and sticky black tarmac Feeding ducks in the park and wishing you were far away That's entertainment, that's entertainment ☆ Two lovers kissing amongst the scream of midnight Two lovers missing the tranquillity solitude Getting a cab and travelling on buses Reading graffiti 'bout slashed seat affairs I say, that's entertainment, that's entertainment That's entertainment...
<訳詞> ☆ パトカーと鳴り響くサイレン 空圧ドリルとひび割れたコンクリート 赤ん坊の泣き声と野良犬の遠吠え かん高いブレーキ音と街灯のちらつき これがエンターテイメント 余興なのさ ☆ 割れたガラスと地面を擦るブーツの音 地下鉄とぼろぼろの電話ボックス 落書きだらけの壁と雄猫の鳴く声 今にも消えそうな街灯へ ボールを蹴り上げる そう これがエンターテイメント 余興なのさ ☆ 過ぎゆく日々の速さと遅々たる月曜日 土砂降りの雨とともに流れゆく水曜日 ニュースを眺めて 君の紅茶には手を付けない 凍えそうなほど寒いアパートの湿った壁に俺は言う 「これもエンターテイメント 余興なのさ」ってね ☆ 午前6時の冷ややかで温かい朝に目覚め 窓を開け放ち 排気ガスを胸いっぱいに吸う 近所でアマチュアのバンドが練習してる テレビを眺めて 君の週末に想いをはせる これがエンターテイメント 余興なのさ ☆ 悪い夢から目覚めて煙草を吸う 暖かい女の体を抱きしめて 安っぽい香水の匂いを嗅ぐ ある夏の日のべたつく黒いアスファルト 公園でアヒルに餌をやりながら 君が遠くに行ってくれたらと願う これがエンターテイメント 余興なのさ ☆ 真夜中の叫び声の中 恋人たちはキスをする 二人とも独りだったころの静けさを恋しく思ってる タクシーを捕まえバスで出かけて 裂けたシートの上でヤってしまったなんての内容の落書きを読む これがエンターテイメント 余興なのさ...
ポール・ウェラーという人は、いくつ年齢を重ねても心のどこかにロンドンのパンク少年を宿し続けているのだと思う。英国紳士風のかっこいいスーツを着た長身でスタイルのいい男にこういう歌詞を歌われると、彼の内心の葛藤が理解できた気がしてつい嬉しくなってしまう。僕は音楽を聴くうえで、こういう内面が透けて見えるようなギャップやズレを重要視しているのかもしれない。
さて、最後に紹介するのはThe Jamがイギリスの先輩バンドThe Kinks(ザ・キンクス)の「David Watts」という曲をカバーしたライブ映像だ。
ここでは珍しくベースとコーラス担当のブルース・フォクストンがメインボーカルを張っている。学園の人気者をうらやむ歌詞の内容とあいまって、普段はウェラーの陰に隠れて目立たないフォクストンのハイライトともいえる一曲だ。
David Watts from『All Mod Cons』,1978 ☆ Fa fa fa fa fa fa fa fa... I am a dull and simple lad Cannot tell water from champagne And I have never met the Queen And I wish I could have all that he has got And I wish I could be like David Watts ☆ Fa fa fa fa fa fa fa fa... And when I lie on my pillow at night I dream I could fight like David Watts I'd lead the school team to victory And take my exams and pass the lot ☆ Wish I could be like David Watts (Wish I could be) I wish I could be like David Watts Conduct my life like David Watts I wish I could be like David Watts ☆ Fa fa fa fa fa fa fa fa fa... He is the head boy at the school He is the captain of the team He is so gay and fancy free And I wish all his money belonged to me And I wish I could be like David ☆ Fa fa fa fa fa fa fa fa fa... And all the girls in the neighborhood Try to go out with David Watts They try their best but can't succeed For he is of pure and noble breed ☆ Wish I could be like Wish I could be like Wish I could be like (Fa fa fa fa) Wish I could be like (Fa fa fa fa) Fa fa fa fa fa fa fa...
<訳詞> ☆ 僕は退屈で平凡な青年 シャンパンと水の違いもわからなくて 女王陛下にもあったことがない デイビッド・ワッツの持ってるものが羨ましいよ 僕は彼みたいになりたいんだ ☆ 夜中に寝転がって枕に顔をうずめると デイビッド・ワッツみたいに戦える夢をみる 僕が学校のチームを勝利へ導くような 試験なんか受けるたびに合格してしまうような ☆ デイビッド・ワッツみたいになれたらなあ デイビッド・ワッツみたいに デイビッド・ワッツみたいな人生を送れたら デイビッド・ワッツみたいに ☆ 彼は学校の首席で 彼はチームのキャプテンで とても陽気で奔放なんだ 彼のお金が全部僕のものだったらなあ デイビッド・ワッツみたいになりたいよ ☆ だから近所の女の子はみんな デイビッド・ワッツをデートにひっぱり出そうとする 彼女たちはベストを尽くして誘うけどうまくいかない それは彼が純粋で高貴な血統の持ち主だから ☆ 彼みたいになれたら 彼みたいに...
スリーピースのパンクバンドらしいポップで軽快なサウンドが耳に残るけど、この時期のお客さんの奇妙なノリ方(ポルカ?ロボットダンス?)はもっと印象に残るね。
余談だけど、僕は「I wish I could be like ...(~みたいだったらなあ)」という歌詞を繰り返し聴いていたおかげで、高校の英語の授業で仮定法過去完了が出てきたときは用法をすんなり覚えることができた。同時に「David Watts」という曲が「とにかくデイビッド・ワッツになりたい少年の歌だったんだ」と腑に落ちたのを覚えている。
フォクストンが歌詞の少年のようにウェラーに憧れを抱いていたかはともかくとして、彼のコーラスワークやベースのフレーズ、そして個性的な(独特な?)ファッションセンスはThe Jamに欠かせないものであったと思う。興味のある方は、裏方には収まりきらないフォクストンの魅力をぜひ他の曲でも確かめてみてほしい。