漫画原作「カメレオン」二話シナリオ
【シナリオ本文】
〇瀬戸家 居間
自室の襖を不機嫌に開け放つ玲司。万年床から起きてきたばかりの玲司は、髪はボサボサで明らかに寝不足が続いている様子。
散らかった居間に散乱している服の中から上着を拾い上げ、着替えながらソファで丸まっている人型の毛布をじっと見つめる。
そこで眠っている葵は頭まですっぽり毛布に潜り込み、でかい毛虫のようになってピクリとも動かない。よほど疲れていたようだ。
そっと顔を近づけ、そこから漏れる寝息を確かめると、静かに家を出てゆく。
〇賑やかに営業している商店街を歩いてゆく玲司 昼
惣菜屋の前で店主のおばちゃん(56)に声をかけられる。
惣菜屋のおばちゃん「れいちゃん、仕事かい? 昼飯は食ったのかい?」
玲司「まだ」
おばちゃん「しょうがないねえ。ほれ」
差し出された売り物のおにぎり。
玲司「おっ、さんきゅー、おばちゃん」
おばちゃん「お母さん、今度いつこっちに帰ってくる?」
玲司「(おにぎりを頬張り)んー? 年末、かな? 毎年じいちゃんの墓参りに親父と帰ってくるから」
おばちゃん「(ペットボトルのお茶を差し出し)そっか。急に夫婦揃って田舎に引っ込んじゃうなんて、寂しくなっちゃったわよ。帰ってきたら必ずうちに寄るように言っといて」
玲司「わかった」
おばちゃん「五百円」
玲司「え?」
おばちゃん「おにぎりとお茶代」
玲司「奢ってくれんじゃないのかよ」
おばちゃん「甘い!」
玲司「(渋々ポケットから小銭を出し)」
おばちゃん「まいど!(背中に向かって)早くいい嫁もらいなよ!」
玲司「(ぶつぶつと)大きなお世話だ」
玲司と幼なじみの居酒屋の店主ケンジ(30)が店の前で声をかけてくる。
ケンジ「玲司! 今夜寄ってけよ! コージが久々に来るぞ!」
玲司「すまん、ケンジ。また今度な」
ケンジ「なんだよ、ツレねえな!」
玲司が長い商店街を歩いていると、次々に声をかけられている。なんだかんだと短く応じながら歩いてゆく。根っから馴染んだ地元という感じ。
〇玲司の事務所ビル前
管理人(75)のじいさんが玄関を掃いている。
玲司「おはよう、じいちゃん。腰の具合はどうよ?」
管理人「おお、玲司か。重役出勤だな」
玲司「実際重役だからな」
管理人「ふふん、こんなおんぼろビルに事務所構えてるくせにエラそうに言うな」
玲司「おんぼろって、じいちゃんのビルじゃねえか」
管理人「おうよ、俺はおまえの会社があるせいで、この年になってもまだ引退できねえ。さっさと他に移らんか」
玲司「俺がいないとボケちゃうだろ?」
管理人「ぬかせ」
口は悪いが笑顔のやり取り。
〇同 『ゼロ』事務所の中
マサト「おはよーす、社長! 税理士の松浦さん来てますよ」
玲司「あ、そうだった」
来客ソファで、パソコンを開きながら帳簿を見ていた松浦(42)が「よっ」と手を上げる。
玲司「すんません、お待たせしました」
松浦「相変わらず忙しそうですね」
玲司が松浦の前に座り、暫し二人で収支報告。
松浦「うん、年々売り上げ伸びてますね。しかも安定してる。会社立ち上げて5年でこの伸び率なら文句ないですよ」
玲司「そうっすか。でもまぁ、忙しいばっかで毎日バタバタだ」
松浦「伸びてる会社ってのはそういうもんだ。でも、そろそろここも手狭でしょう? もっと広いところに移られては?」
玲司「いやあ……」
古株スタッフ黒田(32)が口を挟む。
黒田「無駄無駄。うちの社長はこのビルのオーナーのじいさんがいる限り、ここを動かないつもりなんですよ」
松浦「え?」
玲司「家賃が格安なんだ」
マサト「こんなこと言って、ここのオーナー、家族もいない独居老人で、ひとりにするのが心配なんですよ」
松浦「あー、なるほど〜」
玲司「優しくして遺産狙ってんだよ」
松浦「はいはい」
その場にいた全員がニヤニヤ
玲司「(真っ赤)やめろ!」
どの人々にも顔があり、表情があり、相手を見ながら話している。
そんな当たり前の日常を見ながら、玲司は今朝方の葵との会話を思い返した。
玲司M「やっぱ、表情があるから何考えてるかわかるんだよなぁ……」
〇瀬戸家 居間 同日早朝 回想
玲司の手が、そーっと伸ばされる。
その手の先には、首のないトレーナー姿の葵の頭。
手がゾリっと坊主頭の感触を捉え、ゾリゾリと頭を撫でた。
玲司「ん? 坊主なの? おまえ」
葵 「はい、実は、なぜか髪は透けないので。さっきお風呂場で剃刀借りました」
玲司「マジ!? じゃあ下も? 見せてみろよ!」
葵 「いやですよ!」
玲司「いいじゃねえかよ、減るもんじゃなし。つか、ちんこ見えないんだろ?」
葵 「そーいう問題じゃありません!」
玲司が目の悪い人がよく見ようと目をすがめるようにしてじーっと葵を見つめ。
葵 「な、なんですか」
玲司「おまえ、まさか眉も剃った?」
葵 「……」
葵は首にかけていたバスタオルを頭にかぶってしまった。
葵 「……」
玲司「なんか…透明っつーよりちょっと空間が歪んで見えるっていうか……、あれだ。光学迷彩か。押井守の『攻殻機動隊』の主人公が周囲の景色に溶け込んじゃうみたいな?」
〇アニメ「攻殻機動隊」の素子が消える有名シーンのデフォルメしたワンショット。
葵 「ああ、そうですね。正確には透明っていうより、皮膚が光の屈折を変えてるって感じですね」
玲司「素子みたいに義体じゃないのに驚きの特異体質だな。生まれつき?」
葵 「いえ、中学ぐらいから足の指とか腕とか、最初は目立たないところから気づいたら体のあちこちが少しずつマダラに消えて、それが徐々に広がって……」
玲司「そのうち全部消えた? 大騒ぎにならなかったのか?」
葵 「最初は少しづつで、自分でもどこから始まったのかよくわからなかったし、元々不登校気味で友達もいなかったし髪は残ったので……」
玲司「いや、それにしてもさ、家族だっているだろう?」
葵「え、えーと、自分はひとりっ子で、父は元からいなくて十歳の時に母が男と家出して、それからは目の悪い祖母と二人暮らしで……」
玲司「おばあさん? あ、じゃあ、今頃おばあさんが心配して──」
葵 「祖母も3年前に亡くなりました」
玲司「……ヤングケアラーってやつか」
葵 「なんですかそれ?」
玲司「まぁ、一言で言って大人の代わりに障害者やお年寄りを面倒みなければならない子供のことだな。学校にもろくに通えてなかったんだろ?」
葵 「それはこの体質もあったからで、高二の夏に完全に消えてしまったので、夏休みに入ってそのまま学校も辞めました」
玲司M「ダメだ。こいつがどういう感情で喋ってんのか全然わかんねえ」
玲司「病院には?」
葵 「……やっぱ自分は病気なんでしょうか?」
玲司「う? うーん……」
玲司は腕組みして難しい顔で考え込んでしまった。
と、突然葵が自分の透明な左手の甲をパチンと叩いた。
玲司「?」
すると、叩かれた左手の甲がモニターのエラー画面のようにビビッと小さく走査線が走り、一瞬肌色の手の一部が見えた。
玲司「!?」
葵 「こんなふうに、ぶつけたり怪我したり、具合が悪い時もうっすら現れることがあります。あと、すごく腹を立てたり怖かったりとか……」
玲司「つまり、肌に強い刺激があったり興奮したりってことか……」
葵 「でもそれって、逆に調子が悪いってことでしょ? 今はどこも悪くないです。自分にはこれが正常なんです!」
玲司「うーん……」
〇再び「ゼロ」事務所 回想戻る
玲司が会社のタブレットや備品のいくつかを箱にまとめている。
マサト「(それを見て)昨日の絵師にですか? 名前なんていいましたっけ?」
玲司「相馬葵。俺ん家に居候させることになった。行く当てがないんだ」
黒田「あー、ヤングホームレスってやつっすか。最近日本でも多いんですよね」
マサト「そんなの引き取って大丈夫なんすか?」
玲司「ああ。でも、極端なコミュ障だからうちで仕事させる」
佐田(28)「あー、どこにでもいるよなー、そういうの」
マサト「そうっすか?」
黒田「音大出のサウンドデザイナーのおまえにはわかるまい。このリア充め。男子校育ち舐めんなよ」
佐田「理系だと二十歳越えてんのに、中学卒業して以来、母ちゃん以外の女と口利いたことないやつとかゴロゴロいるんだぞ」
黒田と佐田はプログラマー。
マサト「あはは、やば。てか、相馬さんって理系じゃなくて絵師じゃないですかー」
玲司が笑いながらみんなの話を聞き流し、箱を抱えて事務所を後にする。
玲司「じゃあ俺は、自宅でこれから葵と打ち合わせするよ。みんなも適当に帰ってくれ。お疲れ!」
一同「おつかれーっす!」
〇瀬戸家 玄関から家の中 夕
鍵を開けて玲司が「ただいま」と言いながら自宅に入ってゆくと、あれほど散らかっていた家の中がきれいに片付いている。
玲司「おお」
台所の方から煮炊きのいい匂い。
匂いに誘われるようにダイニングキッチンに行くと、テーブルの上には素朴だが旨そうな料理の山。
玲司「おおお!」
と、洗濯物の山を抱えて葵が廊下の向こうからやってくる。
葵 「ああ、お帰りなさい」
玲司「ただいま」
葵 「ご飯できてます」
玲司「うん、すげえ美味そう」
葵 「ここ、商店街が近いので買い物が楽で助かります。お釣り、テーブルの上に置きました」
テーブルの上にはレシートと一緒に置かれた数千円と小銭。
よいしょと隣の居間に山盛りの洗濯物を置く葵。
葵 「ふう」
そう言って、こちらを向く葵にはやっぱり顔がない。
わかってはいたが、玲司はそれを見て鳥肌が立ってしまう。
玲司「……買い物、大丈夫だったか?」
葵 「はい。帽子にマスクしてればまずバレないので」
玲司「そうかぁ。レジの店員と一回も目合わないことあるもんなぁ。そんなもんかぁ」
葵 「ご飯にしますか?」
玲司「うん」
首のない透明人間が家の中を歩き回るその異様な光景を見ながら、玲司はこの先どうしたものかと考えている。
一話
三話につづく
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