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漫画原作「カメレオン」三話シナリオ

【シナリオ本文 三話】

〇瀬戸家 二階の葵の部屋

物置代わりだった部屋を片付けている玲司と葵。
葵は玲司が会社から持って帰ってきたダンボールから、ノートPCやお絵かきタブレットやカツラ、メガネなどを取り出した。
(以下、二人で部屋を片付けながらの動きで)

 「(カツラを手にして)なんですかこれ?」
玲司「家の中で帽子ってのも変かなと思って」
 「外出用にわざわざ買ってくださったんですか?」
玲司「いや……」

玲司が葵からボブカットのカツラをとりあげ頭にかぶせ、目測でメガネを葵につけようとして。

 「そここめかみです」
玲司「ああ、横向きなのか」

葵がカツラをぐるっと半周させ、メガネを自分でかけた。
玲司はカツラの乱れをなんとなく直す。

玲司「うん、それでいい。これは俺のためだ」
 「玲司さんの? 必要ですか? 服着てるし、死んだばあちゃんは気配でなんとなく位置を察してましたよ」
玲司「おばあさんは目が悪かったんだろ? だから仕方ないけど、俺はおまえと話す時、どこを見て話せばいいのかわからない。視点が定まらないんだ」
 「あ、あぁ……」
玲司「ガキの頃、人と話すときは相手の目を見て話せって言われたろ? でも、おまえの場合それができない。だからせめて、メガネでもあれば目の位置がわかるなと思って」
 「……なるほど。でもこのカツラ、ボブ……」
玲司「商店街の店でそれが一番短いのだったんだよ。まぁ、ニット帽でもいいけどな」
 「……」

二人の間に短い沈黙が流れているが、メガネにカツラだけの葵は何を考えているかわからない。

玲司「……その、不安なんだよ」
 「不安?」
玲司「うん、俺は口が悪いから、無闇におまえを傷つけてるんじゃないかと思って」
 「え……」
玲司「(作業しながら)人って言葉通りじゃないだろ? 言葉ではキツイこと言ってても、本当は逆なこともある。嘘もごまかしも本当のことも、そういうのはみんな、声のトーンとか表情とか目つきとか仕草とか、いろんなものを見てなんとなく察する。なのにおまえには肝心の顔がない」
 「……」
玲司「(傷つけたかな?)あ、えっと……」
 「……なんか、すみません」
玲司「(苦笑して)なんで謝るんだよ? おまえは何も悪いことしてないだろ?」
 「……」

〇安アパートの一室(葵の過去の回想)

水商売風の派手な身なりの葵の母(28)が、携帯に向かって泣き喚いている。

葵の母「なんでよっ! ひどいよ! ねえ、まーくん、考え直してよっ!」

そばでヒヤヒヤしながらお絵描きしている七歳の葵。
母親が唐突に携帯を投げつけた。
葵がびくっとなる。

葵の母「(泣きながら)ねえ、あんたどっか行ってくんない? あんたさえいなければママは幸せになれるのに!」
 「ご、ごめんなさい」

〇葵の祖母の家(回想)

古ぼけた和室の居間で、中学校の制服を着た葵が、目が白く濁った祖母にきつく小言を言われている。

祖母「テスト? 今日はあたしの病院だって言ってたろ! 思いやりのない子だね! あんたの母親もそうだったよ! いつもいつも男のあとばっか追っかけて、誰の子かもわかんない子供産んだ挙句私に押し付けて家出だ。こっちは年金暮らしだっていうのにまったく……」
 「……ごめんなさい」

〇回想戻る 再び瀬戸家 二階の部屋

葵、過去の思い出からハッと覚めて、箱の中身を見て首を傾げる。

 「……ん? なんすかこれ?」

葵が手にしているのはピンクローターなどのアダルトグッズ。

玲司「(見て)ん? ああ、ピンクローターだ。資料で持ってきた」
 「ピンクローターって? (ディルドなどを手に取り)これは?」
玲司「なんだよおまえ知らねえの? アダルトグッズだよ」
 「あ、ああ……」

実は凍りついているが玲司は気づかない。

玲司「まあ、23じゃまだ必要ないか。ん?(ふと考え込み)高二で完全に透明になったって言ってたよな? じゃあ、初体験がその前だとして、まさかおまえ……」

 「な、なんすか?」
玲司「中学生で!?」
 「い、いや、その……」
玲司「マジかー。やるなー」

言いながら荷物を持って部屋を出て行ってしまった。

 「……」

玲司、すぐ戻ってきて。

玲司「でも逆にそれ以来ご無沙汰ってことだよな? よし、わかった。その中から好きなの使っていいぞ!」
 「あ、あー……、ありがとうございます」
玲司「それ、おすすめだ」

葵、手にTENGA(オナホール)を持っていた。

玲司「それと、髪剃るのも禁止な。犯罪者じゃあるまいし、無闇に隠れるな。なんかあったら俺が全力で守ってやる」
 「(胸を打たれて)……はい。ありがとうございます」
玲司「ん。うちの社員だしな。さー、こんなもんか?(周囲を見渡し)」
 「はい」

葵の目元と頬の辺りで一瞬ビビっとエラーが起きているが、玲司は見ていない。
やっと部屋らしくなった葵の部屋。ベッドもある。
と、インターフォンの音。

玲司「お?」

階下に降りてゆく玲司。
葵が片付けを続けていると、階下から賑やかな声。

玲司の声「お、なんだおまえら?」
マサトの声「おじゃましまーす! 新人の歓迎会に決まってるじゃないっすかー!」
黒田の声「酒と食い物持ってきたぞー」
玲司の声「ちょちょちょちょ待ておまえら!」
佐田の声「二階っすか? 相馬葵くーん! 一緒に飲もーぜー!」

ガタガタと階段を上がってくる音。
とっさにニット帽とメガネにマスクをかけて、慌てて取り繕う葵。
バンとドアを開けて真っ先に笑顔で飛び込んできたマサトが、葵が手にしているTENGAを見て、

マサト「新人歓迎…かい……あ、あぁ、失礼しましたー」

そっとドアを閉じ出てゆくマサト。

 「(自分の手を見て焦る)わー! 違う違う違う」

ドタドタとマサトが階段を降りてゆく足音。

黒田の声「なんだよマサト?」
マサトの声「いーからいーから! 今取り込み中でした」
佐田の声「取り込み中?」
玲司の声「え? もう使ってた?」

〇同 キッチン 

しょっちゅうここに出入りしているらしく、黒田たちが慣れた様子で鍋の用意をしている。

マサト「社長と葵さん、もう飯食っちゃったあとでしたか」
佐田「じゃあ、俺らだけでいっか」

黒田がラップされた煮物をつまみ食いし。

黒田「やべ。うちの嫁より美味いぞこれ」
佐田「なんだよ社長、最高の居候じゃないっすか〜」
マサト「これで可愛い女の子だったら完璧でしたね」
玲司「あはは、そうだなー」

と、そこへおずおずとやってきた葵。
カツラにどこで見つけたのかサングラスをかけてマスクをしている。
その異様ななりに、一瞬気まずい沈黙が落ちる一同。

 「す、すみません、風邪気味でおまけにものもらいで……」
マサト「あ、ああ、俺らも急に来てごめん」
 「そんなわけで、せっかくなんですが、自分は二階の部屋で休ませてもらいますね。すみません」
黒田・佐田「どーぞどーぞ」
マサト「お大事に」
 「ありがとうございます。じゃあ、ごゆっくり」

二階に上がってゆく葵を見送る一同。

黒田「(小声で佐田に)あいつはあれだ。コミュ障拗らしてるやつだ」
佐田「(小声で)だな。まぁ、ああいうタイプはじっくりだ。じっくり」
黒田「まずは餌付けからかなー」
玲司「野生の獣か」

〇葵の部屋

ドアを閉じ、ほっと一息つく葵。

──時間経過──

階下で賑やかな宴の気配がする。時計はすでに深夜近く。ずっとタブレットで絵を描いていた葵だが、そろそろ寝ようとしてパジャマに着替えようと服を脱いだとたん、階下から誰かが上がってくる足音。
とっさに、全裸になって部屋の隅にじっと固まった。
小さくノックの音。

黒田の声「相馬くーん?」

酔っ払っているので少し大胆になって、「開けるぞー?」と言いながら部屋に入ってくる。

黒田「風邪に効くもん持って……あれ? トイレかな?」

手に持っているお盆の上にはキムチ鍋の雑炊。
それをテーブルの上に置いて。

黒田「ま、置いときゃわかるか」

黒田が部屋を出てゆく。
葵が雑炊を見て腹がぐうっと鳴る。

 「美味そ」

一口食べ、ビビッと身体中に走査線が入り、雑炊の美味さに身を震わす坊主頭の全裸の女性の姿が一瞬あらわになる。

 「うまーっ!」

雑炊を食い終わり、ペットボトルのアクエリアスを飲んで一息。「ご馳走様」と手を合わせて小さく呟くが、ほんのりその輪郭だけが見える。
着替えて盆を返しに行こうとして、再び人が上がってくる気配で慌ててベッドに潜り込む。
玲司がノックもせずに入ってきた。だいぶきこしめしている。

玲司「うぃ〜、酔っ払った。あおいー、泊めてくれ〜」

葵が寝ているのも構わずベッドに無理やり入ってくると、端に寄れとばかりにぐいぐい背中で押してくる。

玲司「俺の布団、マサトに奪われた。他に布団はこれっきりでって、あれ? おまえ裸で寝るタイプ? パジャマ着ろよ。風邪引くぞ」

葵は緊張で体を固くしたまま、できるだけベッドの端に寄ったが、壁際なのですぐに逃げられない。
すぐに玲司の寝息が聞こえ、もう少し待ってから逃げようとして、うかつにもそのまま眠ってしまう。

〇玲司の夢

なぜかギリシャ神話の神殿で、半裸の美人女神たちに浴びるほど酒を飲まされ鼻の下を伸ばしている玲司。
そのひとりを抱き寄せ、豊満な胸に顔を埋め至福。
が、女神にバシッと頬を張られ、スルッと逃げられた。

玲司「いてっ、あ、待って……」

だがその女神は、首のないニケの彫像だった。

玲司「あれ? ニケの彫像?(半分目が覚め)」

ところどころマダラの美しい全裸の葵が、月光に照らされ驚いたように玲司を見下ろしている。

玲司「(寝ぼけて)ああ、女神様の首見つかったんだなぁ。へえ、美人だ。よかったなぁ……」
 「……っ」

言ってそのままコテンと再び眠りについた。
その玲司を、真っ赤な顔で見下ろす全裸の葵。
毛布を胸に握りしめながら必死に落ち着こうとしている。


四話以降につづく──

一話

二話


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