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小説ですわよ第3部ですわよ6-3

※↑の続きです。

※田代マサヨ、愛助、渡部などについては、↑の第2部をご覧ください。

最初は虚空の中に、すぼんだアヌスだけがあった。
アヌスの皺が少しずつ広がり、穴から光があふれ出た。
光は小さなアヌスとなり、世界が形作られた。
光は世界に命を与え、次に知恵を、その次に欲望をもたらした。

マルチアヌス創世神話より

 双子の太陽に肌を赤く焼かれながら、田代マサヨが声を張る。
「渡部さん、そっちどう?」
 ハンチング帽の男が砂漠を踏みしめて振り返った。何度見ても、戦場カメラマンの渡部陽一に似ているとマサヨは感心する。それもそのはず、この男は渡部陽一の並行同位体である。
「大幅にぃ減少していますぅ。というよりぃ、ほとんどゼロですねぇ」
 本家と同じくゆったりとした口調で、渡部はスカラー電磁波の値を答えた。マサヨが持つ計測器も同じだ。アナログメーターの針が0の値付近でフラフラと揺れている。

「マサヨ~、助けてくれナリ~」
 マサヨは可愛らしい機械音声に視線を上げる。某レストランの配膳ロボットに手足が生えたような機械が、砂に足を取られて転んでいた。顔代わりのモニターに「((+_+))」と己の感情を表示させている。マサヨの相棒ロボット、愛助である。
 マサヨが起こしてやると、愛助は「(*'▽')」と感謝を示す。
「だから待ってろって言ったのに。パーツの隙間に砂入ってない?」
「平気ナリ! 砂漠や水中でも活動できるように設計されてるナリよ」
「さっそく活動に支障が出てるじゃん……」
 ぼやいていると愛助が歩き出し、またすぐに転倒した。

 それにしても暑い。というより熱い。いや、痛い。故郷であるアヌス01の日本とは質が違う。向こうに住んでいたときは湿気で天然パーマが爆発するわ、汗と湿気でシャツが張り付くわで最悪だと思っていたが、今となってはあの夏が恋しい。
 かつてマサヨはアヌス02の神沼工業に捕らわれて改造され、愛助と共にアヌス01侵略の尖兵に仕立て上げられた。だが探偵社のおかげで正気を取り戻し、神沼工業の野望を阻止した。その後、マサヨは02に移り住み、愛助や渡部らと共に荒廃した02の復興を手伝っている。盆と正月は綾子が迎えにきて、アヌス01で過ごすことにしていた。
 そして今年も、お盆が近づいている。あの蒸し暑い日本の夏へ、もうすぐ帰れる。みんなで花火でも見に行こうか。海もいいけど、お盆は波が高いからダメか。じゃあ女子組でナイトプールはどうだろう。うん、悪くない。……あれこれ夏休みの想像を膨らませるが、すぐにしぼんだ。
 スカラー電磁波は常に、あらゆるマルチアヌスへ降り注いでいる。綾子の魔法は、それを利用してアヌス01に繋がるゲートを開く。そのスカラー電磁波が0ということは、アヌス間の移動ができないことを意味していた。

 夏休みがなくなるだけなら、まだマシだ。常に存在するエネルギーがないという事態は、全マルチアヌス規模の存亡に関わる深刻な事態なのではないか。
「チンタマに戻ってからぁ考えましょう」
「ん、そだね」
 渡部がジープのドアを開ける。長い間、渡部たち人間は、神沼のロボットたちから逃れながら砂漠の各地を転々としていた。02の首都であるシティ・オブ・チンタマは神沼工業のロボットに支配されていたからであるが、渡部たちのクーデターによって人間の手に戻っていた。ごく一部の自然回帰派を除き、02の人間たちはチンタマを中心に文明的生活圏を再構築しつつある。

 マサヨは、トカゲと追いかけっこをしている愛助を抱え上げ、ジープの後部座席に乗せようとした。
「ま、待つナリ~!」
「子供じゃないんだから、トカゲと遊ぶのは今度にしな」
 愛助が手足をじたばたさせたが、それは帰宅を拒む抵抗ではなかった。その短い指は、双子の太陽が傾く空……そこにぽっかりと空いた穴に向けられていた。
「エッチな聖地!?」
 正式名称『エッチな聖地♪』。他のアヌスから漂流した物体の廃棄所である。聖地の上空には時折、異空間と繋がるゲート『神々の腸』の入り口が開き、そこから他アヌスの物体が流れつくことがある。しかしこの数カ月、スカラー電磁波の減少に伴い、神々の腸が開かれることはなくなっていた。
「どうして急に……」
「行ってぇみましょうぅ」
 マサヨは愛助を後部座席に乗せ、自身は運転席へ滑りこむ。すかさずエンジンキーを回し、アクセルを踏みこんだ。ジープが砂煙を上げながら、聖地へ爆走していく。

 漂着物の山々。その合間を縫いながら、マサヨたちは聖地の奥、神々の腸が発生した直下へと辿り着いた。穴から落ちてきたばかりであろう、漂着ホヤホヤのそれ・・に、マサヨは目を剥いた。
「光進丸……!」
 真っ白でモダンな船体が、聖地の最奥を占領していた。歌手・俳優の加山雄三が所有していたプレジャーボート『光進丸』である。2018年に原因不明の火災で全焼したはずの光進丸が、なぜ今になってアヌス02へ現れたのか。その答えを、マサヨたちは操舵室で見つけた。『リッツパーティーのお誘い』と書かれたピンクの封筒が、制御パネルの上に置かれていたのである。
 こんなふざけた招待状を送ってくる心当たりは、ひとつしかない。ピンピンカートン探偵社の連中だ。

 マサヨは桃色のシーリングスタンプを剥がし、封筒の中から便箋を取り出した。見覚えがある筆跡。綾子のものだ。
 手紙には、まず全マルチアヌスの危機であると記されていた。綾子はマサヨたちの力を借りたいという。だがアヌス01でもスカラー電磁波が減少しており、直接マサヨたちを迎えに行けない状態であった。どうにか魔法で最後の『神々の腸』を開き、光進丸を送りこんだという。本物ではなく、綾子が芸能界のレジェンドである加山雄三に憧れて作ったレプリカだった。光進丸は初代ピンキー(これについての詳しい説明は手紙ではなかった。綾子も焦っていたのだろう)と同等の時空間移動能力を持っており、この船でマサヨたちにイチコを救いに行ってほしいとのことだった。

 マサヨたちに迷う理由はなかった。操縦桿に手をかけると、光進丸のエンジンがひとりでに稼働し始める。
「待ってて、イチコ。今度は私たちが助ける番」
 マサヨは愛助に曲を流すようリクエストした。夏の海風を感じさせる歌詞を、若大将が雄大に歌いあげる。その曲の名は『光進丸』。

つづく。