見出し画像

私的ジャズ論 歌ものジャズ <その3>和ジャズの逸品

皆さん、こんにちは!これまで2回に渡って書いてきた歌ものジャズの私的ジャズ論ですが、一旦今回が最終回です。まだ紹介したい作品もあるのですが、他にも書きたいことあるので笑。だいたいですが3回ぐらい1つのテーマをやると読む側も飽きてくるところでのローテーションという意味もあります。歌ものジャズはまたどこかで始めたいと思います。

今回は日本人アーティストです。世間的には「和ジャズ」と言ったりします。

笠井紀美子:TOKYO SPECIAL(トーキョー・スペシャル)

笠井紀美子 / TOKYO SPECIAL

1977年に発表された本作品は、近年のシティポップブームや和ジャズブームの流れもあって再評価されている人気作品です。アルバムジャケットの写真はかの篠山紀信の撮影だそうです。上手いんだか下手なんだかわからない感じですが、篠山紀信と聞くとなんだかよい写真のような気もしてきます。

この作品の音楽は個人的にはシティポップとは全く思いませんが、この音楽性は今の時代だからこそ際立つ特徴を持っていると思います。この作品の特徴を挙げますと、

・全編日本語歌詞で彼女の歌声や歌唱法が日本的で良い
・ジャズというよりはAORよりの歌謡ジャズで聴きやすい
・全曲どことなく浮遊感漂う雰囲気でオリジナリティがある

の3点でしょうか。

まず言っておかなければならないのは、このアルバムは米国の伝統的なジャズを土台としておらず、それと比較するものでもないということです。前2回で紹介したヘレン・メリルやサラ・ヴォーンの歌唱法とも全く違います。でもそこがいいんです。

まず全編日本語歌詞です。彼女のキャリア全般では英語歌詞で歌っている作品もありますが、やはり日本語の歌詞の方が歌いやすいに違いないでしょうし、言葉のはめ込み方やリズムが日本的なものになりやすい。声質や声量も決して米国のジャズシンガーほど太くないし、たくましくもない。どちらかと言えば声が高めで細い。でも、そんな彼女の声質と歌唱法、日本語歌詞とか絡み合って良い感じを出しているのが本作です。洋楽で言うとミニー・リパートン風とでも言いましょうか。。。

全体の作風もジャズと言うよりはAORとか、おしゃれ歌謡曲に近い。少なくともR&Bやブルースなどの影響は皆無。そもそもこの作品に曲を提供しているのが、山下達郎、筒美京平、矢野顕子(他は日本人ジャズ系ミュージシャン)などで、いわゆるジャズのスタンダードナンバーも入っていなければ外国人作曲家もいない。

ジャズじゃないとしても、ニューミュージックではないし、歌謡曲でもない、AORでもない。この中ではやはりジャズの方がしっくりくる。あえて言えばAOR風の歌謡ジャズ。この作品は歌謡曲とAORとジャズがミックスされているところがいいんです。収録曲もよく考えられていて、捨て曲らしいものが見当たらないのは素晴らしい。全曲がちゃんと個性と魅力を持っています。

以下は簡単に全曲の感想です。

1曲目は山下達郎の曲。やや黒いグルーブが感じられる曲。ジャズと言うよりは70年代ソウル的な感じもする。英語歌詞ならもっとグルーブが出るかもしれないが、これが日本語なのが彼女の歌声に合っていると思う。

2曲目はシックなバラード。これも彼女の裏声(ファルセット)ぎりぎりの声で印象的。作曲は鈴木勲でジャズベーシストだが、そこはかとなく流れる歌謡曲的なメロディとAOR的な作風が良い。なんとなく、マイケル・フランクスを思い出した。

3曲目は歌謡曲の大御所、筒美京平の曲。ただ、この曲はコード感やアレンジが歌謡曲のそれではなく、彼が考えるジャズ感・AOR感で構成されていると思う。1977年辺りの歌謡曲のヒット曲はもっとコードが単純でさびもわかりやすかったはず。この曲はコード進行が淡い割に良く切り替わり歌う難易度は高そう。だが、彼女は難なく歌っているところが凄い。

4曲目はメロディは歌謡曲っぽいが、バックの演奏はメロウグルーブっぽい感じもあるディスコ風な感じ。ライブでは盛り上がるんじゃないかなと言うわかりやすさが魅力。

5曲目はドラムなしのバラード。少しアンニュイで流れるようなストリングスの演奏に合わせた彼女の歌い方や盛り上げ方が上手い。4曲目と5曲目は横倉裕というキーボーディストでNOVOと言うバンドに所属していたとのこと。

6曲目はアルバムのタイトル曲。ちょっと不思議な曲で、途中で曲のスピードが変わるプログレッシブな展開が特徴。どことなく黒人アクション映画(ブラックスプロイテーション)音楽的な風味もある。刑事ものの雰囲気と言うか。なかなか野心的な曲という印象ではある。

7曲目はリズムがない5曲目のような曲調で、こちらはストリングスではなくバンドの音になっている。彼女の歌声の特に高音やファルセットが良く響く曲で、バンドや歌い手に高い技量が必要な聴かせる曲。

8曲目はAOR風の曲。ギターを含めて音全体の印象は2曲目でも指摘したマイケル・フランクスの音に似ているのかなと。突然入ってくるキーボードソロの音色は正にこの時代を感じさせる。

9曲目はいかにも矢野顕子の曲と言う感じ。10代のアイドル歌手が歌ったらシティポップだったかもしれない、そんな明るい感じの曲。ただ歌詞の世界はもうちょっと大人の世界。いずれにしても全然ジャズではない。

どうでしょうか?バラエティーがありながらすべての曲にそれぞれの力があって、一気に聴かせてしまう傑作だと思います。笠井紀美子の歌声に好き嫌いがあったり、ジャズファンは欧米中心主義で日本語歌詞はちょっと、という方もいるのかもしれませんが、それでも我々は歌謡曲の素晴らしさもわかっているわけで、食わず嫌いはもったいないと思います。

ちなみに、彼女はたくさんのアルバムを発表しています。例えば、彼女の作品で他にもハービー・ハンコックと組んだ「Butterfly」やモダンソウル風な「Fall in Love」も良いですが、どちらも英語歌詞で欧米カバー曲もあってで、どうしても日本人でもここまでできるよ風に聴こえてしまうので、オリジナリティの点で「Tokyo Special」を推薦した次第です。断っておきますと、欧米風2作品も非常にデキが良いので、洋楽が好き、英語歌詞が好きな方であれば、そちらの2枚も良いと思います。

気になった方はぜひ自分の耳で確かめてください。

今回の記事を面白いと思っていただいた方は「スキ」をクリックしてもらえると嬉しいです。

#Jazz
#ジャズ
#和ジャズ
#歌
#ジャズボーカル
#ボーカル
#Vocal
#ヴォーカル
#笠井
#笠井紀美子
#ヘレンメリル
#サラボーン
#サラヴォーン
#山下達郎
#筒美京平
#矢野顕子
#マイケルフランクス
#鈴木勲
#ブラックスプロイテーション
#私的ジャズ論

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?