私的ジャズ論 歌ものジャズ <その2>ジャズ的な傑作
みなさん、こんにちは!前回のヘレンメリルの傑作を聴いていただけましたでしょうか?なんだか古き良きアメリカが感じられる作風でしたよね?(実際そんな時代に居なかったけど)。記事はこちらです ↓
今回は少し違うヴォーカルスタイルの傑作をご紹介します。こちらです ↓
Sarah Vaughan(サラ・ヴォーン):Crazy and Mixed Up(枯葉)
「えーっと、キャラメルマキアートのグランデ1つ!」と注文しているかのようなかわいらしいジャケット。なかなか印象的なアルバムジャケットで、彼女の絶好調度合いが伝わる生き生きとした良い表情をしています。彼女の顔ジャケの中でも一番良い写真でしょう。白と黒のコントラストも美しく、こちらもジャケ買い候補の1作。
このアルバムが発表されたのは1982年と、これまで「私的ジャズ論」シリーズで紹介してきた作品の中ではどの作品よりも圧倒的に新しいんです。でも中身はフュージョンでもポップスでもなくて王道のジャズ。時代が新しめなのでサウンドプロダクションは向上して音は良くなっていると思います。
サラ・ヴォーンのこのアルバムが前回ご紹介したヘレン・メリルの作品と決定的に異なる点は、より音や歌い方がジャズ的なところです。
ジャズ的というのは、自由に歌っているということです。スキャットもあるし、歌い崩しもある。もっと感情を表に出して生き生きと歌っていると言っても良いかもしれません。
ヘレン・メリルの作品はしっかりと考えられた演奏の上に自分の個性を載せている傑作ですが、毎回違う風に歌っているかと言えば恐らく違う。それぐらい行きつくところまで歌い込まれている感じがしますよね?
サラ・ヴォーンのこちらの作品は、ライブで演奏されたら少しずつ歌い方やメロディー、なんならバンドの演奏スピードも違うんじゃないかと思わせるものがあります。実際に、スキャットは完全にアドリブでしょう。
このアルバムの邦題は「枯葉」です。でもオリジナルの作品名は枯葉(Autumn Leaves)ではありません。それぐらい「枯葉」のインパクトが凄いんですが、それを語る前に1曲目から説明していきます。
1曲目は綺麗なピアノのイントロで始まる小粋でスウィング気味な曲。サラ・ヴォーンの太くウェットな声質とよく合っておしゃれな雰囲気さえ漂います。
この作品で演奏するバンドはピアノのローランド・ハナとギターのジョー・パスが有名どころで、共にソロアルバムが出ています。ピアノは可憐過ぎず、おしゃれ過ぎずで正にこの作品の軸となっていますし、上に乗ってくるジョー・パスのギターもインテリっぽくて良い。
2曲目もピアノで始まり、華やかで明るい曲。こちらも適度なスウィング感が心地よい。低いところから高いところに抜けるサラ・ヴォーンの歌声が印象的。細かい節回しは多分毎回違うんだろうな?なんて思って聴くと楽しい。やや長めのピアノソロも聴きどころでしょう。後ろで間を縫うように入るジョー・パスのギターフレーズも職人芸でかっこいい。曲の後半に行けば行くほど、バンドもサラもノってくることが分かる感じもジャズっぽくて好きです。
3曲目が問題の「枯葉」です。が、この曲は枯葉として聴かない方が良いですね。バンドの演奏もそうだし、サラは歌詞を歌わず全部シュビドュバ系のスキャットで歌い通しています(歌詞カードもスキャットと書いてあるだけ)。で、メロディに1か所も「枯葉」の有名なフレーズは出てこない。バックバンドの演奏もしかり。コード感も枯葉と言われなければ全く分からない。私は言われてもわかりません笑。
でも、これは「枯葉」なんてことを考えなければサイコーの1曲です。サラのスキャットは正にアドリブだし、楽器に全然負けていないし、声が楽器であることを証明している稀有な例です。このアルバムの最大の聴かせどころの一つであることは間違いありません。
個人的にこの曲の1分35秒ぐらいのところぐらいからサラが「シュビドュバァ~ウェエーイ、シュビドュバァ~ウォーオー!」と連呼するんですが、そこで鳥肌が立ちます。カッコいい!かっこよさは2分40秒当たりのギターソロ前まで続きます。
この曲でのジョー・パスの速弾きギターソロもエレガントかつジャジーでカッコいい。スウィング感というよりも白人ギタリストらしいフラットで端正なフレーズで音を連発するところは技術力の高さと彼の個性が炸裂しています。そもそもですがこの曲のイントロの速弾きからカッコいいんですけどね。彼のギター教則本も持っていますが、弾けたことはないです笑。
ギターソロが終わりになることになると、サラはスキャットを続け、ギターもフレーズを弾き続けながら終わる。いやー、いいですねぇ。素晴らしい。
4曲目はバラードです。3曲目まで一気に来ましたから少しスローダウンしましょうということでしょう。美しい曲で、こちらもサラ・ヴォーンの太く優しくしっとりとした声が良く響きます。ピアノとギターのサポートも素晴らしい。
5曲目は少し出だしでしっとりとスキャットを挟みながら、イントロが終わるとリズム隊が出てきてしっとりとした大人のジャズになります。本来の歌のメロディなのかサラのボーカルラインなのかよく分からないところもかえってかっこいい。ややR&Bやソウル的な雰囲気も無くはない。
6曲目はピアノのローランド・ハナのオリジナルで、美しい曲。ピアノとギターのフレーズと絡み合うようなサラのボーカルが美しい。声がしっかり主張するから楽器に全く負けていない。しっとりとしたバックの演奏に朗々と歌い上げるサラの歌声が聴ける曲です。
7曲目は明るめのスウィング感のある曲。詳しくは知りませんが、映画やミュージカルで利用されていそうな曲で、ベースのソロも飛び出してご機嫌な黄金時代のジャズ的なノリがよい。
最後の曲はサラがピアノのメロディをバックに歌うバラードです。ひたすらしっとりと歌い上げるサラとそれをサポートするピアノの絡みが非常に美しい曲です。
以上全8曲、34分弱のサラ・ヴォーンの歌の世界。興味を持っていただけたでしょうか?
実はこのアルバムのプロデューサーはサラ自身です。ジャズで演奏家がプロデューサーというのはあまり聞きません。それは決めることが多すぎることが一番の理由です。アルバムの企画からバンドメンバーの構成、収録曲、予算、アルバムカバー、収録スケジュールや時には売れ線など販売面も意識する必要があるでしょう。多くのジャズメンはそういうことからは距離を置いていました。
サラはこのアルバムで自らプロデューサーを買って出たということらしいです。つまり、彼女にとってこのアルバムは自分が出したかったアルバムなのです。先の印象的なアルバムジャケットも、バンドメンバーも演奏曲も全て彼女が決めた(この辺りのいきさつはCDのライナーノーツ(解説)に書いてありました)。
1982年というのは既に米国ではMTVが始まっています(1981年開局)。ロックやポップスがこれまで以上に脚光を浴びる大衆音楽時代の始まりです。彼女もそんな大衆音楽の動向を全く知らなかったわけはありません。
ソウルで名を馳せたティナ・ターナーもアイクと離婚し、ソロになりロックテイストで大活躍し始める直前辺り。チャカ・カーンはルーファスを脱退しソロデビュー直前。その後、プリンスのカバー「フィールフォーユー」が大ヒットする。黒人女性がどんどんとキャリアチェンジとメディアの力によってスターダムにのし上がっていく時代の幕開けです(より正確には黒人音楽がMTVで放送されるにはマイケルジャクソンの登場を待たなければなりません)。
一方で彼女と同じく若くして女王の名をほしいままにしたソウルの女王アリサ・フランクリンはディスコブーム以降のトレンドに戸惑い混迷から抜け出せなくなっていたそんな時代。ジャズだけでなくソウルもどんどん時代遅れになっていく時代。
でも彼女はそんな時代でも自らプロデューサーを名乗り出て、ジャズの王道のようなアルバムを作った。堂々と高らかに歌い、ジャズのすばらしさをこうやって残した。彼女の長いキャリアの中ではポップスを歌っている時代もあったようですが、総じてうまく行かなかった。ジャズに愛され続けた女性がやりたかった音楽はジャズ。そしてそのキャリアの頂点がこの作品だと思います。
アルバムカバーの写真はそんな彼女の歌う喜びを表現した絵。サラはジャズを歌うことを心の底から楽しんでいる自分自身を表現したかったんじゃないでしょうか?
ちょっと長くなってしまいましたが、今回の記事はいかがだったでしょうか?ヘレンメリルとはまた別の良さが溢れる作品です。ぜひ聴いてみてください!
次回も歌ものを続ける予定です。
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