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そうたの小さい頃の話し

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#癇癪

③3歳

③3歳

3.4歳で通ってた療育場は
そうたは癇癪はありましたが
行きたくないはありませんでした。

朝の送迎はいつも寄り道が
多く療育場所に連れて行くのも
大変でした。

自動販売機を
自分が気がすむまで
眺め、触り、
側溝も1っこずつ穴をのぞき
小石を探して、穴に落とすのを
気がすむまでやって
いました。

あの時はため息ばっかりして
まだ終わらないの!と
イライラもしてました。

車から療育場まで徒歩

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④2歳ごろの話し

④2歳ごろの話し

そうたが療育に通って
6ヶ月たっていました。

癇癪が減って
いました。

でも私の心と体はボロボロ
週5は大変でした。

暴れてたんこぶはできるし
足にはあざができるし
頭から血が出た時もありました。

それなのにそうたは体調を
クズすことは
ありませんでした。
体力ありすぎ!

風邪ひいたら療育
休めるのに笑

私は毎日ほぼ連れて
行ってました。

私が頑張って連れて
行けたのは
先生たちがそ

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③2歳ごろの話し

③2歳ごろの話し

療育がはじまり3日間だけ
一緒に通いました。

私は心配だったので
しばらく付き添い
したかったのですが
他の子も親と通ってないので
断られてしまいました。

嫌なことがあると
勢いよく頭を地面、床などに
頭をぶつけるので
いつも手で支えていました。
泣くとえび返りも酷く
骨が折れないか毎日心配してました。

お母さん!心配しないで!
私たちはプロです!
離れるのも大事ですょ!

言われた時はほっ

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①2歳ごろの話し

①2歳ごろの話し

最初の赤ちゃんから3歳ごろまでは
私は障害をみとめたくなく受け入れませんでした。自分の子は普通だよと思っていました。
でも上の子たちと全然違うし、名前を読んでも
振り向いてくれない、おもちゃで遊べない
歩くのも転んでばかり、ご飯も全然食べない
じっとする事ができない
言葉もなにもありませんでした。

現実を受け止めないといけなと実感し
私は前に進もうと決意しました。
2歳児ごろには専門医に見てもら

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