「精神科医だから、イライラしたりしないでしょう?」と言われまして。 人が何考えているのかわからないことについて
精神科医だとイライラしたりしないでしょう?と言われました。
そりゃあ精神科医を美化しすぎでしょう、とは思う。
その方は「いらいらした時の対処方法が知りたい、イライラしないで済むにはどうしたらいいか」と。
<どんなときに?>と訊いたら、「車の運転中に他のドライバーに対していらいらする」と。
運転中は、ドライバーの攻撃性が出やすい状況です。
お互いの表情が見えず、でも相互の運転操作が周囲に脅威を与えやすいため、煽り運転であったり、ヒヤリとしたり、イライラしたりの状況が生まれます。
イライラさせられる一つのパターンは、やたらに急いでいるのか、煽ってきたり、急な追い越し、車線変更などをする車。
いったい何を考えてそんな振る舞いができるのか。
ホントに不思議になりますよね。
私のここしばらくのお気に入りの方法は、そんな時にはこうつぶやくことです。
「ああ、あの車のドライバーはきっとウ〇チがしたくてしたくて、漏れそうでどうしようもないんだなぁ」と
人には誰にも守らなくてはならない尊厳というものがあります。
ウ〇チが漏れそうでどうしようもない時、それはまさしく人生の一大事。
交通ルールや周りの車がどう思うかなど気にしてはいられません。
全てを水に流したい、そんな思いでいっぱい。
傍若無人なその運転にはそんな訳があるに違いありません。
とまあ、たわごとはさて置き。
相手が何を考えているのかわからないのだから、こちらがどう考えたって、バカにしたって知られる理由もありません。
こちらも力が抜けてしまうような、そんな情けない想像でこき下ろしてやりましょう。
でも、相手の考えていることがわからない、どうしたらいいのかわからない、そんな場面は運転中ならず他にもあります。
妻や夫、仕事仲間、あるいは部下
こいつ何考えてるんだろう?
なんでこんなこと言ってくるんだろう?
どうして拗ねているようなんだろう?
何考えてるのかわからない。。。
はい。わからないです。
どんなに親しくても、他人ですから。
わかりません。
でもね、
「分かるはず、分かり合える」と思うのが苦しくなる大もとなのだと思うのです。
極言しますが、人と人は本当にお互いのことを理解する事なんてできません。
できるのは、分かろうと努力する事と、分かりたいと努力する事。
そしてそのお互いの想いが通じたときに、「お互いを理解できた」という感覚が生まれるのかもしれません。
だから、相手の考えがわからない、と思った時に、
そこから「わかりたいから教えてほしい」「どうしてほしいのか教えてほしい」「こうしたらあなたの気持ちに沿うだろうか」と歩み寄ろうとすること、
それが分かり合うことにつながるのかもしれません。
でも、そこまで分かろうとしなくても、
「分からないのが当たり前」ととらえることができれば、
少なくとも自分からむやみに悩んでしまうことは減るはずです。
とまあ、自分に言い聞かせるために書いているような今日の話題でした。
この項ここまで。
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