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「産業医入門 知っておきたい産業保健裁判例18の教訓」 

読み始めは果たしてこれは”入門”編なのだろうか?と思うが、
ぐるっと一周読み終えてみると、「入門というか、とっつきにくくはあっても、必修の基礎部分かもしれないな」と納得する良書です。
「産業医入門」としているので、産業医以外は手に取りにくいかもしれないけれど、
これを読むことで「企業はなんで産業医を利用したほうが良いのか」について納得がいくように思うので、
心ある企業の人事労務担当者にも読んでいただきたい。

産業医が関わり、係争となった事例について、
その事案の概要と、時系列での事案の説明が続き、
そして判決文の要旨と、産業医による解説、弁護士による解説がなされる、といった構成で18の事例が並べられている。

そして挙げられている18事例のほぼすべてがメンタルヘルス関連である(18例中14例)
私が産業臨床の世界に足を踏み入れた時の最初の師匠の言葉、「産業医の働きの7割はメンタルだ」が思い出される。

「産業医入門 知っておきたい産業保健裁判例18の教訓」
– 2023/9/20
林 剛司 (著), 髙木 道久 (著)
https://amzn.asia/d/gb5zSR3

挙げられているケースは、個人的にはほとんどがこれまでに触れたことのある事案であった。
つまり、産業医としては抑えておくべき有名なケースばかりが集められていることは間違いない。
そして教訓として示されている内容はおおむね妥当なものだと感じた。

「こうならないために事前にどう対処していたら良かったのか」という視点での言及は少し弱く感じるが、
そういった意見は後出しじゃんけんであり、この事例を提供してくれた先人への礼儀として、批判的ともとれる「かくあるべし」を避けたのだろうと私は読んだ。

事例については時系列でまとめられていて、
ともすると判決文だけが並べられがちな裁判事例の読み取りやすさは、「入門」というだけのことはあるかもしれない。

「入門」と題するからには、「初学者向け」ということだろう。
しかし、判決文を読むなど、
産業臨床以外の分野では、医療訴訟や司法精神医学に関心がなければ、ほとんど経験をしないことではなかろうか。
そういう意味では、「これは初学者向けなのか?」という疑問もわいてくる。

しかし、18の事例を読み進めるにつれて、
「これは押さえておかないと、『産業医でござーい』と企業で大きな顔をするには危うくてどうしようもないな」とお尻の据わりが悪い感じがしてくる。
そういった意味で、”入門”ではなく”必修”なのだと思う。

「産業医はすべからく係争に備え、判決文を読むことになれなくてはならない」が著者の主張かな。


目次

1章 復職判定
教訓1 業務が限定されていない労働者が復職する場合,従前の業務ができないことを理由に,復職不可と判断すべきではない。
片山組事件
教訓2 職種が限定された労働者の復職について,従前の業務に復職できなくとも労働者が復職を希望している場合には,復職を検討する必要がある。
カントラ事件
教訓3 必ずしも労働者自身から現病歴等について積極的な申告があるわけではないことを前提とし,適切に体調不良者に対応する必要がある。
東芝(うつ病・解雇)事件 東芝(うつ病・解雇・差戻審)事件
教訓4 職場復帰の際に,検討すべき従前の業務とは,休職前の軽減した業務ではなく,本来通常行うべき職務を基準とすべきである。
独立行政法人N事件
教訓5 常に録音されていることを前提に面接を行うべきである。
ワークスアプリケーションズ事件
教訓6 経営側に踏み込み過ぎた産業医意見は,産業医の信頼性を失わせ,自らも訴えられる可能性がある。
神奈川SR経営労務センター事件
教訓7 職場復帰には産業医面談が必須である。
X市病院事件
教訓8 労働者の復職について,単に休まず出社できればよいのではなく,休職前の職位に相当する業務ができることが必要である。その判断については,休職中に産業医が定期的に面接することも有効である。
伊藤忠商事事件
教訓9 復職の判断に際して,主治医の判断だけではなく,「リワークプログラム」の状態を重視すべきある。
東京電力パワーグリッド事件
教訓10 「復職可」の診断書に復職日が指定されていたとしても,必ずしもそれまでに復職可否判定をしなければならないわけではない。労働者の職場復帰の可否を判断し,復帰する職場と復帰日を決定するためには,相当の時間を要する。
大阪府保健医療財団事件
教訓11 試験出社開始時には,職場復帰の条件を明確にしておく。
日本電気事件
2章 安全配慮義務
教訓12 健康管理は福利厚生施策にとどまらず,リスク管理である。
電通事件
教訓13 精神的な不調で欠勤を続ける労働者に対して無断欠勤を理由とする解雇は無効であり,まず専門医を受診させる必要がある。
日本ヒューレット・パッカード事件
教訓14 労働者の既往歴・就業制限の既往は適切に管理する。就業制限について判断が難しいケースについては,安易に産業医単独で判断するのではなく,主治医の意見も確認する。
NTT東日本北海道支店(差戻審)事件
教訓15 産業医は専門分野外であっても一定水準の医学的知識を習得すべきである。産業医自身が不適切な発言により被告になりうる。
財団法人大阪市K協会事件
教訓16 新人などの経験の浅い労働者の労働強度は,高く見積もられる。自殺を示唆するようなケースは,本人が拒否していても家族に連絡し,まず安全を確保することが必要である。
積善会(十全総合病院)事件
教訓17 ハラスメントにより体調を崩した場合には,産業保健スタッフに相談しやすい体制を構築する必要がある。
さいたま市(環境局職員)事件
3章 プライバシーに関するケース
教訓18 雇入れ時の健康診断において,同意を得ずに法定外の健診項目を実施することはプライバシー権の侵害である。雇入れ時の健康診断で採用の適否を判断してはならない。
B金融公庫事件



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