谷川岳と牧水の湯
夫婦で谷川岳に登ってきた。水上駅からバスとロープウエイで天神平まで行き、二つの耳を経て奥の院に至る初級のコースである。
天神峠では、早くも霧が出ていて山頂は全然見えない。ハクサンチドリやマイヅルソウ、イワカガミなど高山植物を楽しみながら、霧との競争で登って行くと、下ってくる人が「山頂は晴れているよ」と教えてくれる。
それでも、肩の小屋のそばでおにぎりを食べながら休憩していると、ガスがどんどん登ってきて、視界がとても悪くなった。
急いだ方がいいと思い、歩き出すと、一旦は視界が回復する。そして、山頂に着いた時には、山頂から奥の院が見えるくらいまでは明るくなった。
どうも、今年はついてないな、三つ峠でも富士山は全然拝めなかったと思いながら肩の小屋まで下りてくると雨が降り出し、そして程なく、本降りになってしまった。その後は、本降りのなか、ひたすら滑らないように気をつけながら下山するしかなかった。
朝、電車で水上駅が近づいてくると、廃墟のようになった、ホテルの大きな建物が沢山目についた。これだけ大きくて堅牢な建物だと、取り壊しにも何億円という単位の経費がかかるだろう。そういう建物がいくつも並んでいる。
繁盛したときは随分繁盛したのだろうが、今は無残な姿を曝している。
人の世の移り変わりを見事に映し出しているのだ。
今日、自分たちが止まるホテルも、こういう建物のような感じかなと思った。
ところが、面白いことに、今日の宿に入ってみると、建物の外観とはうって変わって、広くて綺麗な空間が広がっていた。内装や設備は年季がいっているが、綺麗に掃除されているようだ。こういう、時代を感じさせる旅館というのも風情があっていいものだと思いながら風呂に行ってみると、更によかった。
太い大きな柱が2本、それに太い梁が組まれた、天井が高くて随分広い浴室である。窓からは、利根川の急な流れと両岸にせり出した木々の緑が見える。
この湯に浸かっているだけで、谷川岳で霧に追われるようにして登ったことや、土砂降りのなか下山して、バスを待っている間、震えていたことなど、すべて忘れてしまうのだった。
この湯は「牧水の湯」という名がつけられていて、昔、若山牧水が浸かったことがあるという。そして、牧水の『みなかみ紀行』が紹介されていた。
そこで、帰宅してから『みなかみ紀行』を読んでみたら、水上温泉が出て来なかった。牧水が利根川の水源、すなわち、みなかみを求めて色々な温泉を巡る文章なのだが、あろうことか、水上温泉についての記述はないのである。
でも、それでもいいということなのだろう。
牧水が、この宿の湯に浸かったことは間違いないのだろうから。
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