多人数で会話をする場面の描き方について。
二〇二四年四月十日発売の、「春の真ん中、泣いてる君に恋をした」(佐々森りろさま著)におきまして、自作「3日戻したその先で、私の知らない12月が来る」の巻末広告を打っていただきました。
わー、嬉しい!!
実のところ、巻末広告を掲載していただいたのも、カバーの折り返しの部分に著書名を掲載していただいたのもこれが「初めて」でありまして……。
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佐々森さまの著書ともども、よろしくお願い申し上げます。
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などと浅ましく宣伝から入りますが、今回のテーマは、多人数で会話する場面の描き方についてです。
ひとつの場面に複数の登場人物がいるとき、発言者がf誰であるのか指図するのが難しい。そう感じたことはありませんか?
なぜ難しいのか。これ、答えはめちゃめちゃシンプルだと思うのです。
絵がないから。
小説ですからね。当たり前なんだけどこれに尽きるんじゃないかと。
絵がないので、文章の中から発言者を読み手が判断しなくてはならない。そりゃあまあ、伝える立場からしたら難易度が高く感じるのは当然です。
では、絵がなくとも端的に伝える方法が何かないか?
あります。答えは台本形式。会話文の頭に発言者の名前を記すあれですね。
佐藤「おはよう」
鈴木「おはよう、佐藤。今日もいい天気だね」
こういうものです。とても便利です。
しかしながらこの台本形式。小説という媒体ではあまり馴染みがありません。
なぜでしょう?
これ、発言者を指図されることによって、読み手の視点からだと逆にひと手間増えるからではないかと思っています。
小説における会話文の流し方には一定のルールがあって、読者は発言者が誰であるのかを予測しながら読みます。
一方で台本形式の場合、文の頭で発言者を指図するのですが、これによって情報が確定されてしまいます。
これは便利である反面、発言者の名前を直接見ない限りわからない(信用できない)、とも言えるわけです。ともすると、ひと手間が増えたように感じてしまうのではないかと。
これが、いまひとつ台本形式が浸透しない理由ではないかなあ、と思っています。
過ぎたるは猶及ばざるが如しとでもいうべきか。一長一短とでもいうべきか。いずれにもメリットデメリットがあるよ、ということですね。
つまり逆説的に言うと、会話文の流し方のルールさえ知っておけば、多人数会話を描くのは、そんなに難しくないのではないかなと?
では、会話文の流し方の一般的に認知されているルールについて、次に記します。
(これは私なりに「こうだ」と思っているまとめです。厳密にいうとルールはないとも思うんですけれどもね)
①会話の起点人物(発言者)を指図 → 以下Aと記す
②会話の受け手を指図 → 以下Bと記す
③特に指図がなければ、会話文は交互に流される。A→B→A→B→A…。この間、新たな指図はなくても構わない
④会話に割り込んできた人物がいた場合、指図する → 以下Cと記す
⑤新たな会話の受け手を指図する → ここではAとする
⑥特に指図がなければ、会話文は交互に流される。C→A→C→A…。この間、新たな指図はなくても構わない
会話文は発言者と受け手で交互に行われます。発言者が変わるときだけ、新たな指図を加える。
これが私の書き方です。人によって違うと思いますが、だいたいこのような感じではないかなと。
どうでしょう? 言語化してみると、そんなに難しくないはず。
これを踏まえて実践です。
私の作品、「見上げた空は、今日もアオハルなり」より、エピソード「桐原悠里のトラウマ①」の一場面を例としてあげます。
ここは、文化祭の演劇で主役を務める予定だった桐原悠里(きりはらゆうり)が突然学校を数日にわたって無断欠席したことで、クラスのみんなが心配して話題にしている、という場面となります。
登場人物は、ここに登場してこない悠里(ゆうり)を除いても七人もいます。多すぎです()
例題としては最適ですね()
【登場人物紹介(読み飛ばしてもいいです)】
阿久津斗哉(あくつとうや):ここでの視点主。野球部所属の熱血漢。悠里のことを気にかけている。
二階堂(にかいどう):クラス委員長。この場面において、会話の起点となっている人物。
広瀬慎吾(ひろせしんご):優しい性格だが朴念仁。悠里が片想いをしている相手。
佐薙果恋(さなぎかこ):バレー部主将で気の強い女の子。
相楽優花里(さがらゆかり):お嬢様口調のビッチ。派手な言動に反して気遣いのできる人。
渡辺美也(わたなべみや):慎吾のことが好き。ここではほとんどモブ。
太田(おおた):野球部所属の体育会系男子。モブ。
桐原悠里(きりはらゆうり):聴覚障害のある女の子。話題になっているだけで、ここでは登場してきません。
【ここから本文(これもぶっちゃけ読み飛ばしていいです ※そういうのばっかりだな)】
「ねえ。このままじゃ不味いのではありませんこと? 文化祭まであと四日しかありませんのよ? 本当に桐原ちゃん、学校に来るのかしら? まあ、いざとなりましたら、アタクシめが代わりにジュリエットを演じて差し上げても宜しいのですが?」
昼休み。どこかお道化た口調で声も高らかに宣言した優花里だったが、美也に「アンタに出来んの?」と真顔で突っ込まれると、すぐに口を噤んだ。
まあおそらくは、いつものように場を和ます為の道化であり、本心ではなかったのだろうが。
「でも、ヤバいのはホントだよ。ねえ、二階堂、ちょっと先生に事情を訊いて来てよ。なんで桐原が休んでいるのかさ?」
「いや、実をいうと、もう訊いてきたんだ」
果恋の不満そうな声に二階堂が答えると、とたんにクラス中の視線が彼に集中する。不意に注目を浴びたことで二階堂がらしくもなく狼狽える。
「初日こそ無断欠席だったらしいが、昨日、ようやく学校に連絡が入ったらしい。『体調不良で休ませてください』と」
「なんだ、体調不良か。なら大丈夫だな」と太田が安心したようにふんぞり返ると、即座に優花里が呆れ声で呟いた。「楽観的ですわね」
「体調不良って……本当? 風邪とか腹痛とか、そんな感じなの?」
と美也が、未だ表情を曇らせているみんなの疑問を代弁した。
「いやそれがさあ。体調不良としか伝えてこなかったらしい。だから桐原が、どんな症状で休んでいるのか、誰にもわからないんだ」
「なんだよ……親だったら、それくらい把握してろよな」
俺が二階堂の要領を得ない説明に不満を漏らすと、彼は苦々しい顔でこう言い添えた。
「それが……」
都合悪そうに二階堂が言葉を切る。一度周囲に視線を配ってから続けた。
「先生の携帯にメールで連絡を寄越したのは、親じゃなくて”桐原本人”なんだ。これを不審に思って、『どんな病状なんだ?』と先生は桐原に返信してみたらしいが、適当にはぐらかしてばかりで、ちゃんと答えなかったらしい」
「いや……それはオカしいだろ」と、これは太田。
「本当ですわ。本人が答えられない体調不良って、いったい、どんなものなんですかね?」
珍しく神妙な面持ちになって眉間に皺を寄せると、隣に座ってる慎吾に優花里が視線を送る。
「慎吾君。あなた、何か心当たりはございませんの?」
美也が心配そうに見守る中、慎吾は周囲を見渡しながら、慎重に口を開いた。
「いや、何で僕に話を振るんだよ? 桐原さんの体調のことまで、把握できてるわけがないだろう?」
「本当に、体調不良なら良いのですが」と視線を外した優花里を他所に、ここまで傍観していた果恋の怒りが爆発する。「なんで? 心当たりくらいないの!?」気の強い彼女が久々に上げる怒声に、みんなの視線が集中する。
「だって広瀬は、今でこそ美也と付き合ってんのかもしんないけど、それ以前は桐原さんと仲良くしてたでしょ? アンタが彼女のことをどう思ってようが勝手だし私が口出しすることじゃないけど……ちょっと冷たくない? 少なくとも桐原さんは、アンタのこと好きだったでしょう? 間違いなくさ!!」
「桐原さんが、僕のことを……? まさか、そんな」
自分の発言が、一方的で筋の通らないものだと思ったのだろうか。果恋は苛立ち混じりに机を叩くと、乱暴に椅子を引いて腰を下ろした。
ともするとそれは、果恋の一方的な感情の爆発、もしくは八つ当たりのようでもある。しかしながら、桐原が慎吾に好意を寄せている事実は、傍から見ててもわかるものだった。故に、果恋の発言を否定する者は誰もいない。
そうだよ、何か聞いてないのか、心当たりはないのか、と周囲からも声があがるなか、ただ狼狽えている慎吾を見ているうちに、俺の心に暗い感情が湧きあがってくる。
「お前がそれを言うのかよ……」
「斗哉!?」
驚いた美也が俺の顔色を窺ってくるが、わき上がる負の感情は溢れ出し、既に歯止めが効かなくなっていた。勢いで立ち上がると、慎吾の胸倉を掴み上げる。
「なんだよ、手、離せよ」と抵抗する慎吾を無視して、俺は不満をぶつけていった。
「どれだけ……桐原がお前のことを見ていたのか、知らないなんて言わせないぞ。俺は……桐原と仲良くして欲しいと言うつもりも、好きになってくれと願うつもりも毛頭ない。それはあくまでも、お前の選択だからだ。でも……」
不意に、花火大会があった日の夜。泣いていた桐原の姿が脳裏に浮かぶ。
両の拳が、わなわなと震えた。
「……あの子の気持ちを知らなかったなんて言ってやるなよ。それをお前の口から……言うんじゃねぇよ……!!」
震える手で慎吾を突き飛ばすと、鞄を抱えて教室を飛び出した。「待てよ斗哉!」という二階堂たちの叫びも置き去りにして。
当てもなく駆け出しながら俺は思う。
──みっともねえ。
慎吾の奴もそうだけど、桐原の心の奥底にひそんでいた”深い闇”の存在に気づきながらも、目を背け続けてきた自分の不甲斐なさが許せなかった。
【本文(発言者の指図についての解説付き)】
「ねえ。このままじゃ不味いのではありませんこと? 文化祭まであと四日しかありませんのよ? 本当に桐原ちゃん、学校に来るのかしら? まあ、いざとなりましたら、アタクシめが代わりにジュリエットを演じて差し上げても宜しいのですが?」
昼休み。どこかお道化た口調で声も高らかに宣言した優花里だったが、美也に「アンタに出来んの?」と真顔で突っ込まれると、すぐに口を噤んだ。
まあおそらくは、いつものように場を和ます為の道化であり、本心ではなかったのだろうが。
→(最初の発言は優花里。ただし、彼女はこの先、発言の起点にいっさいならないので、ここでは発言者をすべて直接指図しています)
「でも、ヤバいのはホントだよ。ねえ、二階堂、ちょっと先生に事情を訊いて来てよ。なんで桐原が休んでいるのかさ?」
「いや、実をいうと、もう訊いてきたんだ」
果恋の不満そうな声に二階堂が答えると、とたんにクラス中の視線が彼に集中する。不意に注目を浴びたことで二階堂がらしくもなく狼狽える。
→(発言者と受け手を同時に指図。次の発言者が二階堂であることを、彼の反応から匂わせる)
「初日こそ無断欠席だったらしいが、昨日、ようやく学校に連絡が入ったらしい。『体調不良で休ませてください』と」
「なんだ、体調不良か。なら大丈夫だな」と太田が安心したようにふんぞり返ると、即座に優花里が呆れ声で呟いた。「楽観的ですわね」
「体調不良って……本当? 風邪とか腹痛とか、そんな感じなの?」
と美也が、未だ表情を曇らせているみんなの疑問を代弁した。
→(会話の流れ的に、メインとなる発言者が二階堂であると匂わせておく。最後の発言者が美也であることを個別に指図)
「いやそれがさあ。体調不良としか伝えてこなかったらしい。だから桐原が、どんな症状で休んでいるのか、誰にもわからないんだ」
「なんだよ……親だったら、それくらい把握してろよな」
俺が二階堂の要領を得ない説明に不満を漏らすと、彼は苦々しい顔でこう言い添えた。
→(発言の中心にいるのは二階堂であるといったん匂わせているので、会話の起点について指図をはぶいています。受け手のみ直接指図)
「それが……」
都合悪そうに二階堂が言葉を切る。一度周囲に視線を配ってから続けた。
「先生の携帯にメールで連絡を寄越したのは、親じゃなくて”桐原本人”なんだ。これを不審に思って、『どんな病状なんだ?』と先生は桐原に返信してみたらしいが、適当にはぐらかしてばかりで、ちゃんと答えなかったらしい」
「いや……それはオカしいだろ」と、これは太田。
「本当ですわ。本人が答えられない体調不良って、いったい、どんなものなんですかね?」
珍しく神妙な面持ちになって眉間に皺を寄せると、隣に座ってる慎吾に優花里が視線を送る。
「慎吾君。あなた、何か心当たりはございませんの?」
→(やはり発言の中心にいるのは二階堂。なのですが、発言の中心がここから変わっていくので、各々の発言の後で指図。同時に、会話文の中で受け手が慎吾になったのを指図)
美也が心配そうに見守る中、慎吾は周囲を見渡しながら、慎重に口を開いた。
「いや、何で僕に話を振るんだよ? 桐原さんの体調のことまで、把握できてるわけがないだろう?」
「本当に、体調不良なら良いのですが」と視線を外した優花里を他所に、ここまで傍観していた果恋の怒りが爆発する。「なんで? 心当たりくらいないの!?」気の強い彼女が久々に上げる怒声に、みんなの視線が集中する。
→(優花里が口を挟んだのを指図しながら、感情の昂ぶりを見せることで発言の中心にいる人物が慎吾から果恋に変わったことを示唆)
「だって広瀬は、今でこそ美也と付き合ってんのかもしんないけど、それ以前は桐原さんと仲良くしてたでしょ? アンタが彼女のことをどう思ってようが勝手だし私が口出しすることじゃないけど……ちょっと冷たくない? 少なくとも桐原さんは、アンタのこと好きだったでしょう? 間違いなくさ!!」
「桐原さんが、僕のことを……? まさか、そんな」
自分の発言が、一方的で筋の通らないものだと思ったのだろうか。果恋は苛立ち混じりに机を叩くと、乱暴に椅子を引いて腰を下ろした。
→(発言の中心にいるのは変わらず果恋。受け手が引き続き慎吾であることは、ここでは指図しなくても通じる)
ともするとそれは、果恋の一方的な感情の爆発、もしくは八つ当たりのようでもある。しかしながら、桐原が慎吾に好意を寄せている事実は、傍から見ててもわかるものだった。故に、果恋の発言を否定する者は誰もいない。
そうだよ、何か聞いてないのか、心当たりはないのか、と周囲からも声があがるなか、ただ狼狽えている慎吾を見ているうちに、俺の心に暗い感情が湧きあがってくる。
→(心情を入れることによって、次の発言が視点主である斗哉であることを指図)
「お前がそれを言うのかよ……」
「斗哉!?」
驚いた美也が俺の顔色を窺ってくるが、わき上がる負の感情は溢れ出し、既に歯止めが効かなくなっていた。勢いで立ち上がると、慎吾の胸倉を掴み上げる。
「なんだよ、手、離せよ」と抵抗する慎吾を無視して、俺は不満をぶつけていった。
→(会話を挟んだのが美也であることをサポートしながら、受け手は変わらず慎吾なのだと指図)
「どれだけ……桐原がお前のことを見ていたのか、知らないなんて言わせないぞ。俺は……桐原と仲良くして欲しいと言うつもりも、好きになってくれと願うつもりも毛頭ない。それはあくまでも、お前の選択だからだ。でも……」
不意に、花火大会があった日の夜。泣いていた桐原の姿が脳裏に浮かぶ。
両の拳が、わなわなと震えた。
→(心情を入れることによって、次の発言も視点主である斗哉であると指図)
「……あの子の気持ちを知らなかったなんて言ってやるなよ。それをお前の口から……言うんじゃねぇよ……!!」
震える手で慎吾を突き飛ばすと、鞄を抱えて教室を飛び出した。「待てよ斗哉!」という二階堂たちの叫びも置き去りにして。
当てもなく駆け出しながら俺は思う。
──みっともねえ。
慎吾の奴もそうだけど、桐原の心の奥底にひそんでいた”深い闇”の存在に気づきながらも、目を背け続けてきた自分の不甲斐なさが許せなかった。
【おしまい】
発言の起点となる人物を、冒頭では二階堂で回しています。(二階堂→誰か→二階堂→誰か、といった具合に)
途中から発言の起点者が、果恋と斗哉に変わります。(果恋→誰か→果恋。もしくは、斗哉→誰か→斗哉、といった具合にですね。起点者を決めてしまうと、指図は最小限で済みます)
発言者の指図は、基本形として「言った」「言う」で良いと思います。
……が、代わりに心情やキャラの情報を挟むことで発言者が誰なのか、を明確にすることもできると思います。こうすると、地の文の読み応えがぐっと上がるのではないかなと思います。
それではまたお会いしましょう。
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