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我が家へようこそ、猫さん

 昨年7月、取材のために鹿児島県の阿久根市を訪れました。正午過ぎに無事に取材が終わり、その後スタッフ全員で、現場近くにある海鮮の食堂へ。そこでおいしい海鮮丼をいただいた後、「いや〜、今日も本当に暑いですね」などど話しながら店外へ出た時、店の前に子猫がいることに気がつきました。生後4ヶ月ほどの、ひどく痩せた茶白の子猫です。その子猫は、店の前に設置されたベンチ下の、わずかにできた日陰にぐったりと体を横たえていました。
 ひと目見た瞬間、子猫の様子がおかしいことに気がつきましたが、近づいて様子をうかがってみると、呼吸がとても弱々しく、すでに瀕死の状態にあると予想できました。子猫に病院での治療が必要なのは、誰の目にも明らか。幸い、飛行機の搭乗時刻までまだ余裕があったので、スタッフ同士で相談し、そこから車で30分ほどの場所にある動物病院へ子猫を連れて行くことにしました。バスタオルは持っていなかったので、着替えとして持ってきていたTシャツで子猫を包み、車の後部座席に乗せました。
 正直、瀕死の猫を拾って病院へ連れていくというのは、私にとっては人生初の出来事。病院へ向かう道中、どぎまぎしながら子猫を見つめていました。かすかに息をしながら、ときどき苦痛に襲われたかのように、体をのけぞらせる子猫。そんな姿を見ながら、これまで子猫が歩んできたであろう辛い人生が脳内に浮かびました。おそらく、生まれてから1〜2ヶ月間は、母猫から乳をもらいながら守られて生きていたはず。けれども一人歩きができるようになった頃、母猫や兄弟たちとはぐれてしまった。獲物を捕まえる能力は十分に発達しておらず、また生ゴミにもほとんどありつけず、いつしかガリガリに痩せてしまった。意を決して、前から気になっていた海鮮の食堂に行ってみたものの、店の周囲で残飯を見つけることもできず、ついに店の前で力尽きてしまった..。この経緯は想像でしかありませんが、子猫のそれまでの人生は、飢えと暑さにひたすら耐えるだけの、ひどいものであったのは、間違いないでしょう。
 また、子猫が回復した後のことも考えました。地元の保護団体にコンタクトを取り、子猫を引き受けてもらえるよう、お願いするか。あるいは保健所に連れていくか。複数の対応について考えましたが、どれもピンと来ませんでした。そして、自分が引き取って飼うのが一番いいのではないか、と思いました。自分の目の前に突然、現れた小さな命に運命を感じたのと同時に、「ずっと苦しんできたこの子を、幸せにしてあげたい」と思ったんです。

動物病院に入院した子猫。入院中は毎日、看護師さんが写真を撮って送るなどして子猫の様子を伝えてくれました。

 病院では、若い男性の獣医師がテキパキと処置をしてくれました。また、血液検査や体温のチェックを経て、子猫は極度の脱水と衰弱状態にあるという診断が下されました。けれども「3〜5日間の入院が必要だが、きちんとした治療をすれば、回復する見込みがある」とのこと。子猫の細い腕には点滴用の針が刺され、痛々しい姿となりましたが、ひとまずは安心することができました。そして子猫が回復し次第、私が動物病院まで迎えにいく旨を伝え、病院を後にしました。
 次の日と、その次の日も動物病院に電話して子猫の様子を聞いたところ、「猫ちゃん、頑張ってくれていますよ」という回答がありました。また、「か細い声ではありますが、時々、鳴き声が出るようになりましたよ」というお話もあり、「きっとこのまま、子猫は回復するはず!」と嬉しくもなりました。
 ところが、子猫が入院してから4日目の夜遅くのこと。動物病院から着信があり、嫌な予感を覚えながら電話にでたところ、獣医師の暗い声が聞こえてきました。子猫の容体が急変してしまい、少し前に心臓が止まってしまっている。蘇生を行っているが、このまま亡くなってしまう可能性が高い、というお話でした。それから20分後、再度、動物病院から電話があり、子猫が亡くなったと伝えられました。
 電話を切った後、ベッドに横たわりながら、心のどこかが枯れて死んだような感覚を覚えました。また、出会ってからたった4日しか経っていないにも関わらず、子猫をまるで我が子のように思っていたことにも気がつきました。

 それからというもの、痛んだ心を癒す糸口を探すような思いで、猫や犬について書かれたwebサイトをみるようになりました。おもにみていたのは、もともとは捨て猫や捨て犬だったけれど、現在は幸せに暮らしている仔について書かれたブログや記事です。そうしたブログや記事に触れるなかで、世の中には、人知れず亡くなっていく野良猫、虐待されたすえに保健所に持ち込まれる犬猫、そしてギリギリの状況下でこうした犬や猫の保護活動を行っている人々がいることを知りました。また、保護活動を行っている人から猫を譲り受け、我が家で穏やかに生活させてやりたい、とも思うようになりました。そうすることで、保護活動をしている人の負担も、わずかながら軽減されるのだろうから(おこがましい考えかもしれませんが)。

 都内で開催されている譲渡会に参加したり、保護活動をしている人のお宅を訪問したりするなかで出会ったのが、この仔です。この仔は今年の4月に10歳になる、猫としては高齢のメス猫です。また、「猫エイズ」とも呼ばれる「猫免疫不全ウイルス」に感染しています。ちなみに猫エイズは、猫の間だけで蔓延する病気。すでに猫エイズにかかっている猫に噛みつかれたのを機に、新たに感染してしまうケースが多いようです。ただ、猫エイズは致命的な病ではないようで、一生涯、症状を発症せず、健康に過ごす猫もたくさんいるそう。
 でも、猫エイズってれっきとした病気でしょ?なんで高齢で、しかも疾患がある猫をもらったの? よくこんなふうに尋ねられますが、その答えは単純で、この仔をとても気に入ったからです。初めて対面した瞬間から、ゴロゴロと喉を鳴らしながらすり寄ってきてくれ、本当に可愛かった。また、年齢を重ねているため行動に落ち着きがあるのも、私にとっては好ましい点でした。私は基本的に自宅で仕事をしていることもあり、自宅の環境には静けさを求めるタイプ。なので、やんちゃな子猫ではなく落ち着いた大人の猫を迎えれば、自分のペースを乱すことなく過ごせるだろうなと思いました。猫エイズについては、発症する可能性があるというリスクも承知のうえで、付き合っていくことに。もちろん、猫の食器やトイレを清潔に保つ、なるべくストレスをかけない、といった発症リスクを抑えるための習慣は、できうる限り取り入れていこうと決めました。

こうした経緯を経て我が家にやってきてくれたのが、この仔です。この仔をお迎えしたのは、2023年10月のこと。お迎えしてから2ヶ月と少しが経ちますが、毎日毎日、キュンとしたりほっこりしたり、笑わせてもらったりと、楽しく過ごさせてもらっています。


物置きのなかで隠れんぼ。段ボールから顔をひょっこりと出して、「まだ、見つかってないよね?」と確認。いやいや、見つかってますよ。


寝相にちょっとクセがあります。ある時は、飛び込み競技の選手のような姿勢で寝ていました。


寝ている時の、前脚のかたちが妙に特徴的だった日も。「いらっしゃいませー」とお客さんを迎える店員さんを連想してしまいました。


ボクサーを思わせる鋭い目つきとポーズで、私を見てくることも。私をボコりたいのでしょうか?何か気に食わないこと、してしまったか...?


起き上がるのが面倒くさいと、寝そべったままご飯を食べます。


キャットタワーからはみ出した後ろ脚を眺めていた時、両脚に1個ずつ、ピンク色の肉球があることに気がつきました。なんで1個だけ、ピンク色のままなの...?なんというか、可愛すぎます。



このようにどっしりと座っていると、気位の高い猫さんに見えます。「あなた、わたしの写真なんか撮ってないで、さっさと仕事しなさいよ。わたしのごはん代、しっかり稼いでよね」

 見てのとおりファニーで、とーっても可愛い猫さんです。この仔の姿を眺めていると「癒されるなぁ、幸せだなぁ」と思いますが、それでも時折り、鹿児島で出会った子猫のことが頭に浮かびます。前述したとおり、その子猫は飲食店の前という人目につく場所で倒れていました。具合が悪い猫や死期を迎えた猫は、多くの場合、草むらなど人目につかない場所に身を隠すそう。「なんで、飲食店の前なんかで倒れていたんでしょうね...」と、子猫を診てくれた獣医師も、不思議がっていました。きっと、その子猫は誰かに見つけて、助けてほしかったのだろうなと思います。「生きたい」という気持ちが、とても強い仔だったのだろうとも思います。
「生きたい」と願う犬や猫が、幸せに生きられる世の中になってほしい。一人でも多くの人が、行き場のない犬や猫をお家に温かく迎えてくれたらいいな、と思い、この記事を書きました。

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