短編:喫煙所の布教者


なあ知ってるか。報酬系が死んでしまった人間は、廃人になるんだぜ。お前が毎日食べたくなるマクドナルドもコーラも寿司も牛ステーキも、何にも要らなくなっちまって、しまいには食べることもトイレに行くこともどうでも良くなって、大便小便は垂れ流し、1日天井を見てることすら気づかないまま半目で布団の上で終わりさ。俺はな、いつかそうなるんだよ。お前にはわからねえだろうな。知ってるか?芥川龍之介っていただろ。あいつもそうなんだ。それで絶望してるうちになんだかよくわかんなくなって自殺してしまったのさ。

俺の話を聞け。なんで俺がお前に話しているかわかるか?俺がわざわざお前に話しているのはな、実はお前もそうなるからなんだ。え?どうしてわかるかって?…勘だよ。お前は同類の匂いがする。俺たちは一種選ばれた人間だ。人間供物だ。生きてるうちに狂っちまって、人間に狂気というものを教える崇高な神の使徒さ。笑うなよ。お前もそうなるんだからな。

ところがだ。俺はおさらばしようって算段があるんだ。遠い国にはな、お釈迦様がおってだな。おいおい、そんな目で見るなよ。俺は大真面目だぜ。お釈迦様の教えにはな、俺たちの狂気を食ってくれる何かがあるんだ。ああ、ああ、そうだよ。正直言って俺は手遅れだ。もうすぐ狂っちまって、小便も大便も垂れ流すようになるだろうよ。まあ、そんなにすぐにはならないんだがな…狂うにも段階がある。まあいいんだ。俺がしてるのはお釈迦様の教えを守れとな、そう言いたいんだ。俺だってとっくに正気の向こう側に行っちまって当然だったんだ。それが助かっているんだと思えばちょっとは気になるだろう?

まあ、話は簡単だ。おばあちゃんが言うような正道、お天道さんに顔向けできる生き方するんだ。誤魔化すな。嘘をつくな。何事も望んで傷つけるな。何かを失うことを惜しむな。お前のものなんて、本当は一つもないんだからな。…いよいよお前、混乱しているな。そうだよ。狂気というのは何も荒唐無稽の虚構だけで出来ているわけじゃない。真実や理念を含むことだってあるさ。

じゃあな。せいぜいお前が長く正気でいられるように祈ってるよ。


―――彼のマルボロには火がついていなかった。


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