短編小説:あいつが嫌いだ

  嫌いなあいつと、あいつが嫌いな私と、あいつが嫌いな私が嫌いな私の話。

 小学6年生の10月末なんて、おかしな時期に担任から告げられた、
「転校生が来ます!」
の言葉。クラスのみんなは大喜び。もちろん私も嬉しかった。その日から、みんな転校生の話ばかり。どんな子かな?性格は?顔は?そんなわくわくの雰囲気の中、そいつはやってきた。第一印象はみんな一緒だろう。
「デカっっ」
クラスの誰よりデカい身長。ふわふわ系の服。肩より上の髪。そして中の下の顔面。
「はじめまして。南方 真琴です。」
若干悪い滑舌。なんとなく、微妙な空気。そのままクラスみんなの自己紹介タイム。適当に言っとけ、とでも言いたげな、雑な自己紹介。思ったより可愛くないとか、つまんなそうとか、色々思うところがあったんだろう。私も適当に終わらせた。でもなんだかんだ言っても、気になるのが小学生だろう。休み時間になったら、みんなが話しかけに行った。みんなの感想は、
「「おもろい子だった!」」
だそうだ。やれやれついさっきの態度はどこへやら。私も少しだが喋ってみたところ、確かに親しみやすそうな子ではあった。どうも中国と日本のハーフらしい。
 真琴が来て一週間。席は近くはないが、耳はいいので、よく会話が聞こえてくる。仲良くなった女の子達と喋っている。真琴がノートを出した。それを見て、妙にでかい声で、
「すごーぃ。めっちゃ上手いやん!」
なんて話していた。気になってちらっと見たら、絵が描いてあった。私も絵を描くのが好きだから、どんなもんだろうと思い見てみた。
 感想から言うと、凄く上手だった。ちなみに某人気アニメのピーナッツ好きロリだった。私も決して絵が下手な方では無い。アニメの絵も描くし、絵については結構勉強してきた。それでも、真琴の方が上手だ、と思ってしまった。何だかいい気分はしなくて、真琴の席を離れた。
 なんとなく真琴に話しかける気にならなくて、二週間がたった。返し忘れて、図書委員に急かされ、まずいと思い本を返しに図書室まで来た。その帰りに、音楽室の方から、ピアノの音が聞こえてきた。なんだろうと思い、見てみると、音楽の先生と、真琴の取り巻き達がいた。きっと、弾いているのは真琴だろう。微かに聞こえてくる「子犬のワルツ」。凄く上手だ。私もピアノは保育園の頃から習っている。 私が通っている教室では、だいぶ上手いほうだ。だけど、きっと真琴の方が上手だ。また、あの時と同じように、嫌な気分になって、もやもやして、なるべく音を聞かないように教室に戻った。その途中でずっと、ぐるぐると考え続けていたことがある。私がピアノを習っているということは、音楽の先生も知っている。なので、卒業式の演奏は私で決まりだと思っていた。先生もそのつもりだったと思う。でも、事実として、真琴のほうが上手なのだ。真琴がやりたいといえばオーディションになる。オーディションをしたら、真琴が勝つだろう。いや。でも私はやりたい訳じゃないし、別に真琴がやりたいなら譲るから。だんだん早足になる。ぐるぐる考える。オーディションをしなくても、べつに譲るし。考えて早足になる。考える。はやくなる。何も考えたくない。それでも、スピードは落ちなかった。
 その週のピアノのレッスンの日。先生に良すぎるタイミングで聞かれた。
「卒業式の演奏って、誰が弾くの?」
なるべく考えないようにしてたのに。思い出したくなかったのに。
「あー、なんか、こないだ転校してきた子がピアノ弾けるらしいから、その子かも。」
大丈夫。ちゃんと言えてる。何もおかしいとこなんてない。大丈夫。ごまかせてる。いやいや。ごまかしてるわけじゃない。あれ、わかんなくなってきた。でも大丈夫。大丈夫なはず。頭が真っ白になる。ずーっと真っ白。記憶がなくなっていくみたい。その日のレッスンの内容は、ほとんど覚えていない。
そうだ。もう認めよう。もう諦めよう。間違いない。これは、

ただの醜い嫉妬だ。ただの妬みだ。羨望だ。自分より、あらゆるところで優れているあいつへの。絵が上手くて、ピアノが上手くて、面白い。そんなあいつへ、こんな気持ちを持っている自分に吐き気がした。自分が気持ち悪くて、仕方なかった。

 自分の気持ちに気づいてからは、真琴を避けるようになっていた。そんな自分も嫌いだった。ある日、真琴たちの会話が聞こえてきた。
「うち、やばいよ。親が暴力とか普通だし。」
私は、ルールや規則に縛られるのが嫌いだった。だから、親に縛られるなんてもってのほかだ。そういう考えだった。ましてや、暴力?ありえない。そう思っていた。だけど、あいつの欠点が見つかって、私は、真琴の親への嫌悪感より、私はまだ大丈夫だ、あいつに勝っている部分がある。そんな考えが真っ先に浮かんだ。最悪だ。最低だ。気持ち悪い。自分が嫌いだ。こんなことで嫉妬拗らせて、人の不幸を聞いて、ホッとしてる。あいつは嫌い。でも自分も嫌い。
 その後も、真琴の優れている部分がどんどん見つかっていった。頭が良く、成績も優秀。テコンドーや水泳まで習っているようだ。いちいちそれと比べる。自分への落胆と、汚い嫉妬。どす黒い感情がずっと脳と心にへばりついていた。
 ある日、初めて真琴のほうから、話しかけてきた。
「ねえねえ。絵描くの好きなんでしょ?私と、どっちが絵が上手いか勝負しようよ。」
なにかがぷっつりと切れたような気がした。今思うと、これが「堪忍袋の緒が切れた」というやつだったのかもしれない。
なんということだ。私が君に対してどんな気持ちでいたかも知らずに。今日も君に話しかけられたことが、どれだけ嫌だったか知らない癖に。久しぶりに「キレた」気がする。
「ごめん。私、どっかの誰かさんみたいに、人に自慢するために、絵描いてるわけじゃないから。それとも、勝てると分かってるから、言ってきたの?シンプルに無理なんやけど。」
早口でまくしたてる。きっと、そんなつもりはなかったんだろう。だけど、あの時の私には、そんなことを気にする暇も余裕もなかった。喋り続ける。他のことを考えなくて済むように。ハッと気づいて、やってしまったと思い、真琴の顔を見ると、びっくりしたような、ちょっと悲しそうな顔をしていた。
あぁ。やってしまった。ついに本人にまで、こんな気持ち悪いところを見せてしまった。ごめん、と一言謝って、逃げるようにトイレに閉じこもった。なんで、私っていつもこうなんだろう。なんでこういうことになるんだろう。悪いのは真琴じゃなく、私なのに。それを認めたくない。自分はまだ大丈夫だと思いたい。きっと大丈夫じゃなかったんだろう。最初から。もともとこういう人間なの。だからこういう言い方しかできないんだ。その程度。たったその程度。その程度の、器の小さい、頑固な、承認欲求が強すぎる、我儘な人間なんだ。だから、私は自分が大っ嫌いだ。私は、自分という人間がどんなものかを再確認した。そしてまた嫌になる。また、また、どんどん嫌になる。
 それからは、真琴と関わることはなくなった。相手も近寄ろうとしないし、私も関わろうとはしなくなっていた。つくづく自分が情けない。でも、きっとこの距離が縮まることはないから。もう、近寄ることも、交わることも、笑い合うこともないから。そうしないのが私達の一番いい仲直りだから。それでいい。それがいい。
  やっぱり、中学校に行っても相変わらず喋らないし、話しかけない。私にとって、それが心地よかった。私はあいつを見ないし、あいつも私を見ない。それがこんなに楽なんて。こんなに肩の力が抜けることなんて、知らなかった。だけど、自分で選んだことなのに、何故かこれからもずっとこのままだと思うと、少し寂しくなった。この距離は縮まることはないと思うと、少し、胸が苦しくなった。おかしいね。私達はこれを選んだはずなのに。変だなぁ。人間ってこんなにめんどくさい生き物だっけ。不思議なもんだ。

 私が、あいつのいない10月末を10回ほど過ごした頃、聞きたくないけど、聞きたかった、そんな名前がテレビから聞こえてきた。
「南方真琴さんが、テコンドー日本代表に選ばれました。南方さんは…」
そっか、君は数ある才能の中で、それを選んだんだね。何にでもなれた君は、その道を選んだんだ。その道を歩んでいこうと決めたんだね。ただ純粋に嬉しかった。親に染められることなく、自分がやりたいと思ったことをやることができたということが。そこにはもう、あの気持ちはなかった。日本代表に選ばれ、輝いている君が何より眩しかった。もし、あの時も、同じ気持ちをもてたなら。同じように、才能に溢れた君を、眩しいと思えたなら、私達の関係は今でも続いていただろうか。君はもう、私のことなんか覚えていないだろうな。テレビの中で、満面の笑顔を見せる君が、なんだか、皮肉っぽく見えて、憎たらしくなった。ぐーっと伸びをして、

「やっぱ、私、あいつ嫌いだぁ〜!」

大っ嫌いだった、君へ。

この時の私の笑顔はきっと、君ぐらい眩しかったと、胸を張って言える。



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