国創りFes2024に参加して
参加して本当に色々なことを感じ、気づかせてもらった。だから、noteに書き残しておこうと思います。去年の国創りFes2023に参加して感じたこと、とはまた違ったことを感じることが出来た今年の国創りFes2024。前回は参加者として、そして今回はCS(キャストサポートスタッフ)として参加した。
感じたこと、気づき、学び、そして感謝を書いていこうと思います。
①CS(キャストサポートスタッフ)として参加して
〇スタッフになるまで
私は3月くらいにリーダーの大地さんから「国創りFesに手話スタッフとして参加してもらえない?」と声をかけられ、スタッフになった。声をかけられた時、スタッフになるかどうか、本当は凄く悩んだ。理由は3つ。
1つ目「本当に私でいいのか」
不安が大きかった。「私の拙い手話のレベルでいいのか」「私が去年経験したような場にすることができるのか」「手話を通して伝えることができるのか」「私がした手話表現を『違う!!』と否定されないか」とても不安で、自信がなかった。手話を学び始め、少し話せるようになってきたかどうかの時、「全然会話についていけない」「私はいるのに、まるでいないような扱い」と感じるような経験をした。その時「あぁ、手話がスムーズに出来ない私とは話しをすることも、いることも許されないんだ」と感じた。それが正しい解釈なのかどうかは分からないけど、そう感じて、それから初めましての人と手話で話すことが少し恐くなった。「手話」を通して「知らなかった世界」を知ることは好きなはずなのに、「手話を好き」と素直に言うのが恐くなった。
2つ目「人前に出る」
人前に出る。すごく私にとっては勇気がいること。去年の国創りの時、足が震えていた。人前に立つと、声、足が震える。すごく恐い。失敗をして、笑われることが恐くて、出来ない自分しかイメージすることができなかった。それを3泊4日もできるのか。全く想像がつかなかった。
3つ目「初めての挑戦」
手話サポートスタッフ。通訳という仕事をする。ということ。
先に伝えると、私がしている手話は本で勉強した手話でも、何か講座を受けて学んだ手話でもない。ろう者と実際に関わって、話して、見て、分からない手話表現は聴いて、ということを繰り返して1年半かけて身に付けていった手話。手話の試験を受けるときに本を買って勉強したこともあったけど、全然動きが分からなくて、本は私に向いてないなと思った。ろう者とかCodaが心情や感じたことを書いた本や映画は見る。知らない世界を知るために。
そんなこんなで、手話はしたことあるけど、手話通訳はしたことない。「自分が言いたいこと」は伝えることができるようになったけど、他の人の伝えたいことを伝えることが自分にできるのか。経験がないのに、急に100人以上もいる人の前でする。初めての挑戦に対する、大きな不安と恐怖。
周りの人に相談して、「参加する」ことを自分で決めた。私が相談した人はみんな「行っておいで」と私の挑戦を応援してくれた。「行かないと後悔するんじゃない?あなたなら悩みながらも結局行くと思う」と言われ、不安もあるけど、行くことを決めた。本当に周りの人には恵まれているなと思う。あの時、背中を押してくれて、その後も相談にのってくれて本当に感謝です。
「やる」と決めたからには「できることはやり切ろう」と思った。
〇参加まで
大地さんとお話をして、今回の国創りを「安心して過ごせる場にすること」「私(スタッフ)が参加者の壁にならないこと」を話した。それから、参加者と話して、どういう風に手話サポートに入って欲しいのかを決めていった。話す中で「まあ、何かあったら臨機応変に!!」と言われた。「えぇ,,,」と戸惑った。だから「どうすればいいのか分からなくなったら、手話が必要かどうか本人に聴こう。」と決めた。本人の意思を優先して、勝手に決めつけないようにしようと。
前日スタッフでMTしたけど、当日何を話すのか、全く分からなかった。タイムスケジュールだけ。本当に不安だった,,,。でも、「自分にできることをやるしかないな」って思った。
〇国創りFes2024が終わって
「参加を決めて、挑戦して良かった」と。本当に「こんなのやったことないよ!!」って思う手話サポートをたくさんした。ファシリテーション、経験談、小説、歌、などなど、全ての手話で伝えた。分からない表現もあったけど、今回何より「伝えることを絶対に諦めなかった」と言いたい。そのことは私自身が私のことを褒めてあげたい。私が諦めたら、情報が消えてなくなってしまう。だから、指文字が多くなったかもしれないし、伝えたいことが全て伝わらなかったかもしれないけど、絶対に「伝えようとする気持ち」だけは持っていようと。それが、ろう者だけでなく、その場に参加していたみんなに伝わっていたのか「本当にずっと手話してるのすごいね」と言葉をくれる子がたくさんいた。そして「もともと手話に興味なかったけど、手話に興味を持った」「実は手話できるようになりたかったんだよね」「手話始めてみたい!!」という声がたくさん聴いた。
国創り2024が終わって、みんなに伝えたいこと。それは「1人ひとりが参加することを選んでくれたから、私が存在することができた」ということ。みんなありがとう。みんなのおかげで人は誰でも「つながることができる」ということを実感しました。障害というものは本人ではなく、周りの環境なのだと体感できました。初日はろう者の参加者に対して聴きたいこと、伝えたいことがあるのに、一緒にいた私に対して伝えてくる人が多かった。だから、その時に私が「こうすれば伝わるから、私じゃなくて、本人に伝えて」と伝えた。するとみんな少し戸惑いながらも、伝えることを挑戦してくれた。そして、最終的には私がいなくても伝え合っていた。私は「みんな繋がりたがっている。でも、繋がり方が分からなくて、繋がれないんだ」と。だから「みんなを繋げるパイプになろう。壁になるのではなく。繋がれたら、後は繋がる力があるから任せても大丈夫。」と、気づくことができた。この気づきを得ることができたのは、何よりも不安がある中、来ることを選んでくれた一人ひとりのおかげ。ありがとう。
➁残っている言葉
1日目、ある子に「まりなちゃんって今回はスタッフなんだね。参加者じゃないんだね」と言葉をかけられた。本人はそんなつもりなかったと思うけど、何だか私が参加者とスタッフという壁を創ってしまっていることに、私自身が気づかされた。そして、その言葉を貰ってから「私はみんなの目にどう映りたいのか」考えた。私は「国の1人でありたい」と思った。手話通訳をするために、みんなの前に出るから、スタッフとして映りやすいのかもしれない。でも、この国を創る1人でありたい。だからこそ、スタッフ、参加者と分ける立場ではなく、この国を創る1人として。だから、出来るだけ多くの人に話しかけた。WSには参加できないことが多かったから(唯一、エンパシートークはしっかり参加できた)、WSを通して関わることは出来なかったけど。スタッフだけど、国を創る1人になる。そんな大切なことを考えさせてくれた言葉。伝えてくれてありがとう。
そして、「受け止めることができた」という言葉。私たちは敵ではない。ただ繋がり方が分からない不器用なものたちなのだ。時に孤独を感じることがあると思う。そして傷つけ合う。傷つけられたい人はいなくて、誰もが誰かと繋がりたがっている。障害は個人にあるものではなく、環境がそう個人に感じさせてしまっている。でも、繋がることが出来れば、繋がれると感じられれば、受け取る感覚を知れば、きっと私たちは繋がることができる。それを教えてもらえた。
③学び
ここまで書いてきて、「学び」をまとめると,,,
1.すべての人は繋がれる力を持っている
2.声を聴く
3.違いこそが価値
4.考えて伝える
の4つかなと思う。
1.すべての人は繋がれる力を持っている。
今回に国創り2024には、全盲、ろう、様々な過去や背景を抱えている人、そんな149通りの人生を歩んできた人が集まった。私の目標は「壁にならず、参加者同士が繋がれる」ような国を創りたいと思っていた。だから、壁にならないように行動することを心掛けた。過ごしていく時間が長くなればなるほど、私の存在がなくても、参加者同士が自然と関わっている姿を見た。最初は私に「通訳をして伝えてほしい」という顔をする人も少なくなかった。でもその度に「本人に伝えてね。」と伝えた。みんなそれが分かると、自然に会話をするようになった。私という手話通訳の存在がなくても、繋がり、そして国を創っていた。「壁になりたくない」ということは全て、今まで関わった経験から、失敗から感じ、学んだこと。そしてそれを踏まえて、今の行動に繋がっている。全ては繋がっている。そして人々は、誰とでも「繋がる力」を持っている。私は、「繋がり方が分からない不器用で、やさしい人たち」をつなぐパイプのような人でありたい。そして、私自身も知らない世界に生きている人達のことを知ろうとする人でありたい。
2.声を聴く
これは本当に色んな人から聴いて、実践していること。今回の国創りに参加するうえで、私の友達のろう者のみんなに「こういう時ってどうすればいいのかな」と訊いた。私の友だちはみんなそれに嫌な顔せず、応えてくれた。そして「雑談とかも、全部手話で教えてほしい。みんなが笑っているときになんで笑っているのか知りたいから」と教えてくれる人が多かった。そして何よりも「本人に訊くのが1番だよ」と教えてくれた。だから本人にとって「必要」か「不必要」かは決めてもらって、とにかく「私が分かる限り伝えよう」と決めた。そして、歌も手話でした。正直迷った。初めて聞く曲もあったし、表現方法も分からなかったし、何よりも伝えたいことと手話がミスマッチで手話歌反対の人もいると思うし。だから「今から○○するけど、手話必要?」と即座に訊いた。「必要」と言われれば、精一杯応えた。私が勝手に判断せず、本人に聴く。みんな1人ひとり必要としているものは違う。だからこそ、本人が何を必要としているのかは本人にしか分からない。それを出来る限り、意識できたのは、今まで関わってくれたろう者、友だちのおかげ。そして、今回の国創りで「本人の声を聴く」ことを体現することが出来た。
3.違いこそが価値
「違いこそが価値」。この言葉は今回の国創りで大切にしたいこととされた言葉の1つ。「違い」って目に見えるもの、診断名があるもの、目には見えないもの、それぞれが抱えているもの、本人そのもの。私はずっと「違う」ことを恐れ、「同じ」を強制され、「自分」が分からなくなっていた。でも、大学2年の時に「手話」「ろう者」と出会い、世界を知り、面白いと感じた。「違い」があるから「出会えた」と思えるようになった。でも、「違う」という言葉を使うと、まるでその人たちを自分と「分けている」ようで、何となく違和感があった。でも、今、みんなと国を創り、みんなが出会い、繋がることを共に体現してくれたから、言える。「違いこそが価値」。この事実を体感できただけで、私は最幸だ。みんなありがとう。
4.言葉にする
私は、今回もう1つ大きな挑戦をした。それはThe one crewチームとしてLes world liveの舞台に立つこと。最初は「英語の歌詞,,,」と戸惑った。でも、挑戦してみないと分からない、だからとにかくやってみようと思った。そして、ダンスもすることになった。ダンスはすごく苦手。なんだか、上手くできない。一生懸命しているつもりなのに、「何か違う感」があるものになってしまう。でもダンス班を募っているのを見て、「私なんか」と思ったけど「やるなら今しかない」と思ってダンスをすることにした。何度も曲を聴いて、歌詞を書きだして、意味を知って。そしてダンスを練習して。前日の練習、なんとか合わせて。緊張しているのか、分からないけど、不安そうなメンバーもいて。「どう?大丈夫そう?」と声をかけると「やばい,,,覚えてない」と不安そうに。「今から、みんなでやってみよ」と声をかけ、みんなで合わせた。みんな一生懸命で。そんな姿を見た。
本番はなぜか緊張しなくて。緊張よりも楽しかった。参加者として、そしてthe oneチームとして舞台に立てることが。それぞれ思ったことは違うのかもしれないけれど、私はみんなと一緒に挑戦をして良かったと思った。ぽんた、れい、そしてthe oneとして一緒に舞台に立ってくれたみんな。ありがとう。
今回はたくさん言葉を貰った。そして、たくさん言葉を伝えるようにした。今まで、伝えられなかった思いも言葉にするようにした。そして「伝えてくれてありがとね」と伝えてもらった。ただ、思っているだけでは伝わらないことを実感した。
国創りから帰ってきてからも、出来るだけ言葉にしようとしている。「今、変わる」を実行しようと。私は人前で話すことが上手くなくて、もにょもにょした話し方だったり、何を言っているのか分からないと思われていたりしていると思う。だから、伝えることを無意識に諦めていた部分があった。でも、伝えていこうと思う。今、私と出会ってくれている人は、すごい確率(80兆分の1)で出会っている。上手く伝わらないのかもしれないけれど、伝えていこうと。そして、私に伝えてくれてくれた人には「伝えてくれてありがとう。」と伝えることを忘れないでいたい。
④将来に向けて
私は、教師(特別支援学校)を目指している。教師を目指すうえで、本当に大切なことを今回、学び、気づくことができた。この経験は私にとって本当に財産。ここで満足することなく、今後出会う人、子どもたちに伝えていきたい。
国創りFesは3日目に「birth」という曲でMVを撮影する。「birth」という曲の中には「個性や強さや弱さも病気や障害それらさえも選んだの」という歌詞がある。去年まではあんまりそれらを選んだものとして受け止められていなかった。でも、今回すっと受け止めれた気がする。どんなつらい過去を辿っていても、どんなに「違い」を持っていても、私たちは繋がることができる。それを、みんなが私に見せてくれた。一人では気づけなかったものを、今回を通して気づくことができたように思う。
今回受け取れたものを、子どもたちに、私がこれから出会っていく人に伝えていきたいと思う。それは私にしかできないこと。やっと見つけた私が見つけることができたもの。
私は参加する前、「手話はジョウズではない」ことに対して不安を抱いていた。今もジョウズではないと思う。でも、少しだけ、前よりもほんの少しだけ手話を「好きだ」と自信を持てるようになった。手話という言語があったからこそ繋がれる人たちがいた。そして手話という言語を通して繋がっていく人たちの姿を見た。手話がなければ私は国創りにいなかったかもしれないし、繋がれなかったのかもしれない。みんなは「すごいね」と声をかけてくれたけど、まるで1人で3泊4日間「お金のいらない国」をしていたみたいだった。LES WORLDのみなさん、私を受け入れてくれてありがとう。そして、1年半前の私、「手話を通してろう者」の世界を知る挑戦をしてくれてありがとう。
これからも、少しずつ、挑戦をして、変わっていけたら。と思います。
⑤帰ってきてから
去年の国創り2023から帰ってきた時は「何でもできる!!」という謎の自信と元気で満ちていて、勢いよく溢れていた。今回の国創り2024から帰ってきた私は、なんだか静かな感じ。心から静かにゆっくりと溢れている。そんな感じ。静かだけど、人や子どもの見方が変わり、関わり方、言葉のかけ方が変わったように感じる。言葉が少しだけ自然と出てくるようになったような。そして1番少しずつ変わったのかなと思うのは「分からないことを素直にすっと聴けるようになった」こと。子どもと関わる時、「座って!!」と伝えるのではなく「ここに座っていいんだよ」「この椅子とこの椅子があるよ」と。もしかしたら「どこに座ればいいのか」を探すために立っているのかもしれない。明確にして、選択肢を本人に渡すと、自分で選んで座ってくれる。こちら側の要求だけではなく。本人の声を聴く。選んでもらう。そして明確に伝える。目の前にいるあなたと私は繋がろうとしていることが、本人に伝われば、きっと、私と繋がってくれる。初めて、こんなにも伝わった感覚を持った。それが、とても嬉しくて、愛おしくて、「こんな気持ちを、このことを教えてくれてありがとう。」と思った。あなたがいてくたから、あなたと出会えたから、私は気づくことができた。
帰ってきてから、そんなことがあった。
これからも、そんな風に、たくさんのことを気づかせてくれる誰かと出会っていくと思う。1つひとつの出会いには、きっと意味がある。
たくさんのことを受け取ることが出来た、今年の国創りFes2024。
行って良かった。行ったからこそ分かることがある。
それを再確認した。ありがとう。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。読みにくい部分もあったと思います。また詳しく聴きたい!!という人がいればぜひぜひ話しましょう。