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子どもがいないことにつながる思考〜子なしの感覚

 子どもは元々大好きです。今も好きです。子どもの純粋な気持ちを大切にしたい、と思います。

 子どもがいない、ということに、そのうち慣れると思っていました。不妊治療終了後には、独身時代のような気分になれる、と思っていました。
 しかし違ったのです。
子どもがいない、ということを一生背負っていく、とまで考えていませんでした。

 不妊治療中は子ども関連のことや言葉に敏感で、どうか誰も聞かないで、と思っていました。しかし今でもその感覚が薄れてはいても、不意に子ども関連のことに過敏になることがあります。不意に、というのは、時間がある時や体調が優れない時です。

 しかし以前に比ると、今では友達の子どもさんの話も聞きたい、と思えるようになりました。でもその度合いが多いと……やはり苦しくもなる。。。ほんの少しの受け取りのつもりがドカンとくると、砂に埋もれて窒息しそうになるイメージ。ペシャンコに潰れてしまい、再生しにくいイメージ。アレルギーのように、キャパを超えるのでしょうか。
 やはり状況が違い、共有できる内容がないと、なかなか難しいのかな、と思います。お互いに相手の状況は未知の世界。想像はできても、体験をしたら、そこまで大変⁉️ と驚く状況なのでしょうね、きっと。しかし、共有できても、違いがあるにしても、共通することによって共感することが、お互いに近づく感覚なのかもしれません。

 親、子ども、子どもの人数、息子、娘、兄弟姉妹、甥、姪、孫など、家族体制は色々。

 相手に気を遣いながら互いの話をして、楽しく会話ができたら、その関係も楽しくなるのかもしれませんね。気遣いなしには、関係は成り立たない。夫婦と同じく、相手をリスペクトしてこそ、人間関係は成立するように感じます。

 どうして子どもができる年齢に結婚しなかったのだろう

 と、ふと若い夫婦を見ると思うことがあります。

 動物や植物の映画を観ると、生命の誕生、どうしてこんな基本的な、簡単な? ことがわからなかったのだろう、と考えてしまいます。

 これは、私にとって、簡単な、ことではありませんでした。

 20代の頃は、やりたいことが山ほどあり、30代は婚活で、理想の相手を追い求めていました。理想が高かったのでしょうね。何様、でしょうか。。見た目、仕事、雰囲気、とどれだけ自分の好き、を追い求めていたか。。それに疲れて、30代後半は、もう結婚を諦めました。そうしているうちに、怪我をしたことによって、婚活を再開。

 ようやく理想の結婚ができたその暁には、理想の家族像がありました。子どもは男と女、の4人家族、みたいな。4人家族を見ると辛い、と私と同様に子どもがいない方が言われていました。その方にとっても、理想だったのでしょうね。
 でも、現実の家族は夫と二人。私は夫と結婚できて良かったのですが、今でも夫には、子どもができなかった懺悔の気持ちが湧きます。子どもは好きですが、親子を見ると、辛かったりします。子どもを持てなかった、という嫉妬でしょうね。

 子どもが出てくる番組を観るのが辛かったり、一緒の時期に結婚した芸能人が子どものことを語っているのを観ると、過敏に反応して、勝手に傷ついたりします。夫には、気を遣ってよ! と思ってしまったり、それを伝えるのことに疲れて、電源を切ったり……。バラエティを観るのがしんどかったり。。。

 虚構が一番楽、な気がします。色々な人生を垣間見ることができて、参考にもなりますしね。
 ドラマや映画、本には救われます。

 自分の脳を操って、楽に過ごせるようにしていきたいです。


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