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夏の束の間

こんにちは、みんなのふぇれっと編集長です。
今日はみんなのふぇれっとには関係のないお話し。

何の変哲もない一日が、ほんの少しのいたずらで小さな奇跡が起こるお話しです。

※この物語はフィクションです。

夏の束の間

私は今、一人でコーヒー店にいて、席からの視界には3人の男性が見える。

みんなそれぞれに知り合いでもなければ
今後一生会うことも無いような
たまたま今この場所にいる人たちである。

一人はカツカレーを食べていて
一人は本を読んでいる。
一人はYouTubeを見ながらコーヒーを飲んでいた。

彼らにとって、わたしにとって、
今この瞬間に、たまたま同じコーヒー店にいるというだけのことだった。
この後の人生にも、一切影響しないのだろう。
その場を各々過ごして、次の予定に向かえばいい。
ただそれだけなのだ。

だけど私はなぜか、ここにみんながいることに何か運命を感じ、一つの行動をとった。

お手洗いに行くフリをして席を立ち、
テーブルの上に置いてあったメニューを落とした。
狙い通り正面にいる本を読む男性の足元に落ちる。

「すみません!」

焦ったフリをしてメニューを拾いに行く。

「いえ、あ、うまくとれないな。」

男性が拾おうとしてくれたメニューはラミネートされた下敷きのようなもので、拾おうと思っても滑ってなかなか拾えなかった。

私は思わず笑ってしまう。
「このタイプの、拾いにくいですよね。」

男性がなんとか手に取ると私に渡してくれた。

「ありがとうございます。」
「いえ。」

無愛想ではあったが、その一言に温かみを感じる。

するとカツカレーを食べていた男性が「あの」と言った。
その手には本。

メニューを拾ってくれた男性の本だった。
メニューを拾おうと本をテーブルに置いたつもりが、手が滑って床に落ちてしまったらしい。

本を受け取ると
「ありがとうございます。」
とまっすぐな声で言った。

すべて一瞬の出来事。

何もないただの夏の日、たまたま同じ時間にカフェにいた人間の人生にほんの少し介入したかっただけ。
きっとこの後の人生に何も影響はなく、明日も明後日も、10年後も、今この瞬間の出来事があってもなくても変わらない。

その程度のいたずらをしただけのつもりだった。

YouTubeを見ていた男性が「あの」と言った。
カツカレーの男性、本の男性がYouTubeの男性を見る。なぜか顔の横にキーホルダーのついたカギをぶら下げながら。

「「あ!」」

二人同時に声を上げた。

時が止まったように、誰が今声を出したのか、探るように。

「二人とも、久しぶり。」

YouTubeの男性が言った。

カツカレーの男性と本の男性が顔を見合わせる
「あなたも?」
とカツカレーの男性が言う。

何なんだ、これは。

カツカレーの男性が言う
「雅紀、だよな。」

YouTubeの男性が返事をする。
「やっぱり和樹だよな。そう。覚えててもらえて嬉しいよ。
 勇気も、久しぶり。中学校以来だな。」

本の男性は勇気というのだった。
「ああ、俺のこと、覚えててくれたんだ。」

どうやら、YouTubeの男性(雅紀)は
カツカレーの男性(和樹)は小学校の同級生
本の男性(勇気)は中学校の同級生
ということらしい。

私は三人の会話をじろじろと見ながら、そっと席を離れようとした。

「あの、すみません。ありがとうございました。」
雅紀が言った。

「え、なんで・・・?」
と戸惑う私に

「俺んち、転勤族で。小中は転校ばっかりしてたんですよ。
 だから、仲良かった友達ともすぐ離れちゃって。
 子供の頃だし会いたくてもすぐ会えなくて。

 ずっと東北の方に住んでいたんですけど、就職して、またこっちに戻ってきてたんです。
 ここにいる和樹も勇気も、仲良かったから、いつか会えるかなって思ってたら。今会えた。
 あなたがメニューを落としてくれなかったら多分気づかなかったので。
 ありがとうございます。
 しかもね、俺たちみんな「カワサキ」っていう苗字なんです。」

「え!」
私がびっくりしていると、

「あなたも!?」
和樹が勇気に向かって言った。

「そちらこそ。」
勇気が言う。

「横浜に、カワサキ3人衆が侵略してきたってことですか。」
私が言うと

「侵略って、そんなつもりはないですけど、そんな感じですよね。」
笑いながら雅紀が言う。

なんという偶然だろうか。

3人が一人を介してみな知り合いで、同じ苗字、しかも神奈川県の政令指定都市「カワサキ」を名乗り、もう一つの政令指定都市「横浜」で集合しているという奇跡。

しばらく私も含めて談笑し、次の予定があったので先に失礼したが、
なぜだか連絡先を交換し、また会おうということになった。

三人はこの後特に予定はなかったようで、これから思い出話に花を咲かせるという。

私がちょっとした思い付きでメニューを落としたりしなければ、雅紀はこちらを見ることもなく、旧友に気づくこともなかったのだから、不思議なことがあるものだ。

ちなみに小学校、中学校以来の再会で、なぜ一目で気が付いたかというと。

彼らはプロ野球チーム横浜ベイスターズのファンであった。
雅紀が転校するとき、いつか再会したときの目印に、とベイスターズの以前のキャラクター「ホッシー」キーホルダーを和樹と勇気に渡していたらしい。
今のキャラクターは「スターマン」に代わっているから、「ホッシー」キーホルダーを持っている人は珍しいのであろう。

私とメニューや本のやり取りをしているとき、雅紀はこちらが気になって振り向くと、二人が持っていたカバンに「ホッシー」キーホルダーが付いていてピンときたとのことだった。

それで、雅紀が話しかけてきたときに顔の横にカギをぶら下げていたのだ。
カギを見せたいのではなく、そこについていた「ホッシー」キーホルダーを二人に見せて気づかせようとしたのだった。

結局そのあと、私がその3人と会うことはなかったが、きっと今日もどこかで3人の「カワサキ」は横浜の街を笑いながら歩いているのであろう。

4人の人生が少しだけ動いた、夏の束の間のできごと。

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