幻想の桜
少し前に書いたもの
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「小説のネタに……はい、構いませんけど……。とても、不思議な夢でした。高校の時に見た夢です。現実なはずないのにあまりにも現実味があって不気味だったんです。高校のとき、思い出せる限り書き出していたんですが、支離滅裂で。ちゃんとした時系列に書き直そうと思ったのですが、その文を読んでる時に気持ち悪くなってしまって、すみません。……今でも半分くらい覚えてます。違和感をどこかで感じてるはずなのに、理解できない感覚。そして、さっき通った時に話した家が、その夢で見た家に酷似していたんです。入ってませんから中までは分かりませんが……あの、参考になったでしょうか?」
「はい、ありがとうございました。こちらのメモはいただいてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます。これからあの家を調べに行こうと思うので先に失礼します。こちら、お礼としては少ないですが」
「いえいえ、こんな話のために」
「受け取っておいてください」
「……では、はい」
この地域の桜に関する都市伝説。『六月生まれのさくらちゃんが誕生日近くに自分の桜を咲かせる』大体六月の十日から二十日の間に満開になる赤い桜。それがあの立ち入り禁止の家の中にある。隣接している中学校のグラウンド方面から双眼鏡で見れる、保育園児程度の大きさの背の低い桜の木。あの家は戦後少しして立ち入り禁止になった。桜に触れた人間が次々不自然死したからだ。あの家の住人も出て行った。当然入ることはできないし、直接調べることはできない。ネタにするにはやっぱり図書館での情報収集がメインになるな。
『“さくらちゃん”は自分の血で桜を赤く染めている?』
『なぜ“さくらちゃん”の桜の木は小さいのか』
『都市伝説の“さくらちゃん”は桜の木に生まれ変わった?満開になる時期を元に考察』
そう使えそうな話はなさそうだ。誰でも集められる情報しか書かれてない。さくらちゃん関連で検索できた、ラスト一冊。ちょっとでも良い話があれば……。
『さくらちゃん』
薄い文庫本のような大きさで、中の紙が薄いピンクだ。挿絵があり、ジャンルとしては童話だった。期待はできなさそうかな。
『あるところにさくらちゃんという小さな女の子がいました。
さくらちゃんはとってもげんきがいい子で、よく走り回っていました。
さくらちゃんにはがかのお父さんとしょうせつかのお母さんがいました。
さくらちゃんはよく、二人のしごとどうぐをこっそり持ち出しては、それを使って絵をかいていました。
お父さんとお母さんはいつもにぎやかです。
さくらちゃんがねるじかんまでにぎやかなので、さくらちゃんはしずかにねれるように丸まってねます。
ほいくえんのおひるねのようにこもりうたをうたってくれる先生がいないので、自分でちょっとだけうたいます。
さくらちゃんは自分のうたがへたくそにきこえたので、とちゅうでやめてしまいました。
ある日おきると、お父さんとお母さんがめずらしくしずかでした。
「ほいくえんはおとなりのおとなりだから、ひとりで行けるね?もうねんちょうさんだからね?」
といわれて、さくらちゃんはげんきよくへんじをしました。
いつものようにふくをきがえて、はみがきをして、じゅんびがおわったところであれ、そういえばきょうはほいくえんはお休みの日だったとおもいだし、さんぽにいってみよう、とおもいました。
いつもお母さんとあるいてるみちです。
ほいくえんのリュックに赤いつつみがみのあめだまを二つと二十円の入ったおりがみでつくったがまぐちさいふとハンカチとティッシュを入れて、くつのひもをしっかりむすんでげんかんをひらきました。
「いってきます」
いつもお母さんととおるみちをあるきます。
ちょっとして、いつもとおるあきやにつきました。
お母さんはよくここで草むしりをしています。
さくらちゃんはお母さんがやっていたように草をひっぱってみますが、なかなかぬけない草や、とちゅうでちぎれる草にやるきをなくしました。
ここにはらいねんあたらしいかぞくがこしてくるから、中には入らないで、入ったらものをこわすでしょといわれているので中には入りません。
ちょっとつまらなくなったのであめだまをたべようとリュックをひらきます。
するとリュックからお父さんのパレットナイフが出てきました。
うっかりもってきてしまったのです。
さくらちゃんは、パレットナイフをしゃべるのようにもって、土をほりはじめました。
そして小さなあなにあめだまを一つ入れて、土をかぶせました。
あめの木ができますように、とおねがいして、さくらちゃんは、どこかへかえりました。』
これで、終わり?いまいちなんというか……?「……ぼ」
なんだ
「あ、そーぼ」
本が、赤く
……気を失ってたのか?
「最期まで読んでくれてありがとう」
なにが起こったんだ?
「なにも、知らない。お兄さんは、なにも知っちゃいけない。見られているから」
見られている?
「行方不明のその先は、誰も知ってはいけない。幻だから。……あの、本はね、適当に書いてもらった出鱈目な本。黒い印字の下に、本当のお話が透明な文字で書かれてる。全部読むとここに連れてこれる。お兄さん、おかしい人だね。自分の安全より、小説のことしか、考えてないんだ。じゃあ、特別に教えてあげる。本当のお話だけだよ。それが終わったら約束通り遊んでね」
『一人の少女がいた。
少女は病弱で熱により、よく頬が紅潮していた。
父母は少女をなによりも大切にしていた。
少女の三人の兄姉よりも、二人の弟妹よりも大切に大切にしていた。
少女は、不治の病に罹っていた。
頻繁に高熱に魘され、わずか六歳で成長が止まっていた。
医師を呼んでも、熱を抑えることしかできなかった。
そして十回目の誕生日以降、回復したと思われていた容体が悪化した。
それまで少女をよく思っていなかった兄弟たちも、徐々に憐れむようになった。
少女は十二回目の誕生日、息を引き取った。
隣で少女の額に乗せる布を絞っていた姉が、荒い呼吸が聞こえなくなって不安に思い父を呼んだ。
父は少女の脈がなくなっていることを確認した。
少女は庭に埋められた。
次の年、少女が埋められた辺りから植物の芽が出た。
庭で遊んでいた弟妹が気づいた。
父母はすぐに周りを柵で囲んだ。
家族が代わる代わる水をやったり剪定をして大切に育てた。
五年ほど経って、その木は生前の少女ほどの大きさになった。
次の年の水無月には桜の花を咲かせた。
少女の肌のように真っ白だった。
母は桜を愛でるように撫でた。
末っ子の弟は他の兄姉にするように優しく抱きついた。
数日後、母が怪死した。
怪死、という以外表現がなかった。
洗濯物を干している時、一緒にいた長女が目を離した一瞬間で木乃伊のように痩せ細って倒れた。
体内の血液が全て抜かれたようだった。
そのまた数日後、弟も似たように怪死した。
母の次に早起きの弟が全く起きず、布団を捲ったら痩せ細った死体がいた。
翌年、また六月に桜が咲いた。
薄らと、桃色がかった桜が咲いた。
その年は風が強く、木に近い窓を開けていた兄二人の部屋に花びらが多く舞い込んだ。
その様子を見た姉が花びらを集めて桜の木の根元に戻した。
数日後、姉は亡くなった。
血が抜かれている死体だったことは変わらなかったが、今度は腕と腹の皮の中に、花びらが大量に詰まっていた。
死体を持ち上げた途端皮が溶けるように破れて中身が出てきた。
次男はこれを桜のせいだと言った。
だからあの桜を抜こうと言った。
父も長男も妹も桜のせいとは言ったが、木を抜こうとはしなかった。
周りを布で覆って桜に触れられないようにしようと言った。
次男は納得せず、一人で桜の木を退けようとした。
一人で抜くことはできなかったため、少しずつ枝を切って燃やした。
もう文月の終わる頃で、花びらが完全に散ってから手をつけた。
本業もあるため、毎日少しずつ枝を切った。
木は小さかったし、枝もほとんど細かったが、それにしては一本を切るのにかなり時間がかかった。
不気味に思いながら、いよいよ明日幹に手をかけようというまできた。
その夜、次男は死んだ。
また血を抜かれて、今度は四肢がか細い枝になっていた。
そしてとっくに散ったはずの桜の花びらが溢れるほど口いっぱいに詰め込まれていた。
父は、妹と長男を連れて、引っ越すことにした。
なにをしても意味がないと思ったからだ。
布で囲んでも、それが風で飛んだらどうしよう、うっかり木に当たって、布の上からでも同じ効果が出てしまったらどうしようと恐れた。
このことはすぐ広まった。
そうして、桜の周りに人が来ることはなくなった。』
物語としては下手くそだな。ただ事実の陳列のような文章だ。
「そうだよ。飴玉も画家も小説家も全然関係ない。お話、終わったよ。遊んで。無理だよ。帰れない。でも、ここで書いてもいいよ」
自分の手が小さい。体が小さい。
「もう、子供だよ。みんな、一緒。お金も時間もない。書いていいんだよ。……書けたら、読みたいな」
『……………………
少女は人を欲した。
自分と同じ人間を欲した。
長く苦しみ続け、ずっと、子供でい続ける人間。
同じ“病気”に罹っている、同志を探し、欲している。
それは、なにがあっても絶えず終わらない欲』